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70 騒乱の結末
「これは……一体? 何が起きたの?」
ショコリーは魔法陣に目が釘付けになった。先ほどまでの淡い光とは明らかに異なる強さの光を帯びている。
魔法陣が光ることなど気付きもせず、視界に入っていない他の者達は向かい合ったままだ。ティルスの構えに目を奪われている為、足元には気付かない。
リオルグは身体が硬直して動かない様子で叫び喚く。先ほど自分の命を奪いかけた技が脳裏をよぎる。
「その技は!? まさか、お前も使えるというのか!?」
ティルスが大きく息を吸い込んだ。
「いいえ、使うのはこれが初めて。以前一度、見せてもらったことがあるだけよ」
「はは、ならばなぜ今その技を使おうとする!? く、そ、この身体がここまで消耗さえしていなければ、おのれ!! さっき叩き落された一撃でまだ身体が動かせない」
ティルスにも分からない。気が付けば身体が自然とこの構えを取っていた。まるで、今目の前にいるリオルグを倒すには、この技でなければならないかのように。
『いいかい、一度しか見せないよ。ひよっ子のお前にはまだ早すぎる技だろうから使うなら、気を付けな。下手すりゃ腕ごと砕けるからね』
『プーラートン先生。その、身体の周囲に帯びているその光は?』
『ああ、いつからか出るようになってね。よくは分からないけど、この光がないままで使うと腕が持たないくらい強力な技なのさ』
『はぁ、この技を最初に見せるのはお前みたいな小娘じゃなく本当はあやつのはずだったんじゃがのう……」
そう言って遠い目をしたプーラートンの表情。その技を見せたかった相手が誰なのかはわからない。
けれど、なぜだかティルスには感じ取れてしまった。それはきっと自分と同じだから。
もう既にこの世にいない人を想う時の表情。それを隣にいるプーラートンがしていたからだ。遠い空に投げる視線にぎゅっと胸が締め付けられるような気持ちになる。
「ま、いいさ。もう一つ、とっておきはある事だし、特別じゃ。ティルス。お前には間違いなく戦いの才がある。そして、その才能に胡坐をかかない愚直な真面目さがある」
いつもの意地悪に皮肉の利いた言い回しではなく素直にプーラートンは話す。
「そして、双爵家の家柄の持つ地位を決して自己の利の為に利用しないという意思がある。だから、見せてやる』
なぜだかその時、プーラートンに言われた特別という言葉は特別なことではなく、単純に自分に向けられた単なる期待、そして、彼女にとっての心からの素直な普通の言葉であると思った。
自分がこの技を見せてもいいと、ただ決めただけの普通。
それはティルスが双爵家の娘だったからじゃない。
自分に師事し、全力でついてきた生徒への信頼と期待。
ティルスは瞬時に脳裏をよぎる過去に目を瞑る。
(そうか、私がこの地位が持つ力の呪縛を乗り越えるには。自身の力で道を切り開くために今必要なのは……双爵家では、一切必要とされていないもの。プーラートン先生のように国の民からの羨望と憧憬、信頼を集める確固たる騎士としての力、人々を安心させるあの強さなんだわ)
「先生、私もその頂へと、必ずたどり着きます……エニュラウス流、奥義、、、」
自分の生まれに嘆いている暇などない。ただ、前へと進むしかない。
ずっと、これまでもそうしてきたのだから。
どれだけ迷おうとあの日、ティルスは自分で決めたのだから。
忘れるな。忘れるな。と繰り返し呪文のように心の中で唱える。
《いつか、いつか、僕は、君の騎士になるために、戻ってくる。必ず、いつか》
二度と自分の元へと戻って来ることはない人の最後の表情が浮かぶ。名前
も知らない彼の言葉が、聞こえた気がした。
ティルスはその幻聴へと返事をするように呟く。
「ありがとう、ごめんなさい。もう待つことは私には出来ないから。私はこの国の貴族たちの在り方、身分制度を変える。そしていつか貴方の元へと行く事になるその時まで、強く生き続けると決めたのよ」
ティルスは大きく身を見開き腕を伸ばした。
「この国で、貴方のように夢を奪われる人達がもう、二度と現れないように!!」
そういうとティルスの身体がかすかな光に包まれる。
「まさか、貴様まで!?」
先ほどのフードの男の剣気、そして、プーラートンがこの技を使う時に身体に帯びていた光もおそらくは剣気であるとティルスはこの時、確信した。
彼女は集中し精神を研ぎ澄ませていく。魂から絞り出すような叫びが色を帯び、ティルスの身体を強く包んでいく。
トクン、トクン、小さな脈動がショコリーに届く。
「ティルス……あなたも魔脈の鼓動が鳴り始めたのね」
徐々に身体に帯びていくその光をみてショコリーもその姿を見守る。
「……私はまだ強くなれる。強くなる。この私自身の持つ力をこの国の皆が信じてくれるように、そして、その皆を救えるように!! 私だけが持つ全てを使って!」
ティルスは伸ばした腕で地に突き刺した剣を握り締めると力を込めた――。
その少し離れた場所でショコリーは両の掌を握り込んで魔法陣へ祈りを込めるように目を瞑り両の手を握り込む。身体はもう限界だ。
でも、ティルスの姿を見てよろよろしながらも奮い立つ。
そして、魔法陣の大きな光、ティルスが地面へ突き刺した剣が自分の杖剣の果たす役割の代わりになっていると推測する。
彼女はすぐに詠唱に移った――。
今なら、出来るかもしれない。とそう、一縷の望みをかけて。
「閉ざされしその囲いより解き放たれんとする魂。地へと穿たれしその剣をもって、黒き檻を白く染めよ、自由を我らに。魔女の核たる慟哭と共に――命じる我が名は、ショコリー・スウニャ――」
「来たれ――インヴェーリデーション!!!」
「斬地鏡・黎明ッッッ(アストミラデイク)!!!!!!!!!!」
腕が重たい。硬い。腕が軋む。刃を食いしばり、ティルスはそのまま地面ごと剣を切り上げ振り切った。
両断されていく地面、その割れ目から吹き出すティルスの剣気がリオルグの身体ごと塵へと変えていく。
「はああああああああああ」
「お願いいいいいいいいい」
ティルスとショコリーの雄たけびが響き渡る。
凄まじい剣気の奔流が辺りに広がり、拡散していく。
「ギアアアア、こんな、こんなところ、でェェえええ、アアアアアアアアア」
剣気に呑み込まれたリオルグの断末魔がこだましていく。
ここまでに弱っていたリオルグでなければ、今のティルスに倒すことなどできなかったであろう。
プーラートンとの死闘で完全に消耗しきっていたリオルグでなければ。
同時に周りを覆い尽くしている透明な壁に大きな亀裂が走っていく、この区域を覆っていた透明な壁が砕けて飛び散っていく音が鳴り響いた。
その透明な破片が光を反射してキラキラと光る。
「なんだ? あれは?」
ウェルジアが遥か遠くの空の異変に気付く。暗雲が立ち込め日中にしては暗い空。その遠く離れた空にキラキラと光るなにか。彼の声に他の生徒も徐々にそれに気付いていく。
降り注ぐその光と共に、この区域一帯の怪物達もまた砂のようにウェルジア達の目の前から消えていく。
「はぁはぁ、お、おわった、の??」
リリアは立っていられない程の疲労が押し寄せてぺたりと座り込んだ。
「こ、腰が抜けたぁぁぁあ」
他の多数の生徒達も次々と倒れ込む。
切れた緊張の糸。生徒達の高揚していた気持ちごと身体の疲労へと変わっていったことが容易に想像できた。
そこかしこで地面へと生徒が倒れる音がしばらく響き続ける。
「う、うう」
小さなその声が耳に届き、いち早くウェルジアとドラゴがそれに反応する。疲労で重くなった身体に鞭打って声のする方へと駆け出す。
「プーラートン先生!! まだ生きてるぞ!!」
ドラゴがその身体でプーラートンを抱え上げた。
「早く治療だ!! 誰か怪我を見れるものはいないのか!!!」
ウェルジアが珍しく大声を上げ叫んでいた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
腕が軋んで痺れる。骨が砕けはしなかったものの、そのあまりの痛みからティルスは剣を取りこぼした。地面に落ちた剣は細かくバラバラに灰のように砕け崩れ落ちて塵となった。
「け、剣が、粉々に、上級の剣を砕くほどの威力の技って事、なの」
「……見事だティルス」
黒いフードの男はそういうと肩に優しく手を置いて労いの言葉をかける。ティルスも遂に身体から力が抜け落ち、その場にへたり込んだ。
視線をショコリーに向けた黒いフードの男はじっと見つめたまま思考に耽る。
明らかにティルスの剣技だけの威力ではなかった。ショコリーの力が作用したのかもしれないと考えたが、それだけでは説明が利かない。
自分の力をただの一度しか全力で剣を振れないほどに抑え込み干渉してくるこの力はどこから来ているのか不思議だった。
が初めてショコリーをこの距離で見てようやく気付けた。
彼女の持つ力が異質であることに。
両手の手のひらをじっと見つめて微動だにしないショコリーの瞳には涙が溜まっていた。
「そうか……俺の力をここまで抑え込んでいたのは彼女の力というわけか。彼女が欠陥、、、? 冗談じゃない。明らかにこれは触媒の問題だろう」
そういって崩れ落ちたティルスの剣の灰を眺めると杖剣に視線を向ける。
「ショコリーの力。あの杖剣ごときでは受け皿になどできはしない。今回はティルスの持つ上級剣を触媒にすることで力の一部を行使出来たという事だろうな。しかし、たった一部とはいえあれだけの力、、、これでは、特級の剣であったとしても持たないだろう」
ティルスがよろよろとショコリーの元へと向かう姿を眺めながら黒いフードの男は思考を続けていく。
「だからこそベルティーンは彼女を――ショコリーを継魂者に選んだのか。君の力はこの果ての地にまで、干渉し、皆を守っていた訳か……っと、これ以上は保てないみたいだな。今回はここまでか――」
フードの男はそう呟くと二人に気付かれないように静かにこの場を離れてていった。
その身体が徐々に半透明に消えていくところを見た者は、誰も居なかった。
こうして、西部学園都市ディナカメオス内での今回の大騒乱はようやく幕を閉じるのだった。
続く
作 新野創
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