地域のフィールドワークから日本の未来を見つめるビジョンデザインとは RESEARCH Conference 2024
KOELのデザインリサーチャー 山本健吾です。5月18日に開催されたRESEARCH Conference 2024にて、ビジョンデザインをご紹介する講演とブースの出展をしました。今回のnoteでは講演のあらすじをメインでご紹介します。
「RESERCH Conference」とは、より良いサービスづくりの土壌を育むために、デザインリサーチやUXリサーチの実践知を共有し、リサーチの価値や可能性を広く伝えることを目的としたイベントです。
みんなの未来のためのビジョンデザイン
ビジョンデザインとは10年後・20年後の社会の在り方をビジョンとして描き、生まれるニーズの仮説からソリューションを構想し、具体的な事業として社会実装を目指すアプローチです。理想的な世界観を描く、つまり未来洞察でビジョンを描き、そのビジョンを実現するための具体的なアクションを計画します。
私たちは「情報収集」「仮説の策定」「検証」「ビジョン作成」のステップを踏みながら、未来洞察の部分でデザインリサーチの手法、特に「まだわかっていない領域に対してテーマを見つけていく探索型のリサーチ」の手法を活用しています。
「未来の暮らし」を考える上で避けて通れないのが、人口減少と高齢化の問題です。日本の人口は、既に2008年にピークを超え減少の傾向にあり、約25年後の2050年には、高齢化率が37.7%、つまり人口の1/3以上が65歳以上の社会がやってきます。
この問題に備えるために、デザインリサーチの手法で「これからの日本」を考えようと、2021年から2023年までの3年間でリパブリックさんと一緒に3つのリサーチプロジェクトを実施しました。そこで私たちが大切にしたのは、「人々の暮らし」に目を向けるということです。
1年目は「みらいのしごとafter50」人生100年時代の50歳以降の働き方について、2年目は「豊かな町のはじめかた」これからの時代の地方創生について、3年目は「多彩な文化のむすびかた」外国人を受け入れていくこれからの日本の多文化共生について考えてきました。
ここからは各リサーチプロジェクトの概要と、見えてきた未来の社会の《きざし》についてご紹介します。
働くことの意義に変化をみつけた「みらいのしごとafter50」
人口減少・高齢化というテーマでまず最初に気になったのは、「平均寿命が伸びて長くなる人生では、どう働き、どう暮らしていくのか」という点です。
そこで、「みらいのしごと after 50」では、「50代以降の働きかた、生きかたを、地域で創造的に暮らす高齢者に学び、構想する」と題して、人生100年時代の高齢者の仕事や生き方を探索しました。
人口の 3 分の1が高齢者の時代には、貴重な若者の力に頼らず、高齢者も主体性を持って社会の一員として活動するようになります。自身が培ってきた経験や知識・スキルを活かして社会に貢献することを、仕事の意義として感じるようになり、「仕事とは社会にスキルを還元すること」になるという仮説です。
現地では色々な方にお話を伺いましたが、「ほほえみの郷トイトイ」を運営されている、高田さんをご紹介します。
高田さんは地域で唯一のスーパーが撤退した後、その跡地に交流拠点としてほほえみの郷トイトイを作りました。移動販売車による地域内を巡回した買い物支援と見守りなどを通して地域づくりに取り組んでいます。
高齢化が進みスーパーまで頻繁に行けない人が増えると移動販売を始め、お客さんが本当に買いたいものが「手作りのお惣菜だ」と知ればお弁当販売にも業務を広げ、移動販売の本当のニーズが「日常のお喋り」だと知れば販売員を2人体制にしたそうです。
こうして地域に暮らす高齢者が求めるものに対応することは「未来の自分の暮らし」のための備えにもなっているそうです。「最後の一人がいかに幸せに暮らせるか、いかに地域を閉じていくかを考えている」とおっしゃっていたのが、印象的でした。
人口減少高齢化の現場で創造的に働く方々のお話を伺ってみたところ、6つの共通点があるという気づきがありました。
それらを元に俯瞰して考えてみると、年齢による働き方の変化というよりも、人口減少による社会変化、価値観の変容の方が大きそうです。
行政の支援が行き届かなくなったインフラの隙間を埋めるように、”地域と人との「関係性」と、その中で役割を見つけ出すこと”が、大きな意味・価値を持っていく。そんな未来の兆しを見つけられました。
持続可能な豊かさをみつけた「豊かな町のはじめかた」
「みらいのしごと」を通じて考えさせられた、人口減少が進む世の中における「豊かさ」や、暮らしを支える「関係性」の作られ方について知るために、2つ目のリサーチは「豊かな町のはじめかた」と題して探索しました。
事前のデスクリサーチで集めた情報をもとに、「地方創生には、豊かな土地の資源が必要である」という仮説を立てています。さらにその資源の価値を活かせるキーパーソンの存在も重要だと考えました。
「移住者が地域活性化に関わっている」「地域の資源を生かした地域活性化の取り組みがある」そんな場所を探し、長崎県雲仙市の小浜町をフィールドとすることにしました。
長崎県雲仙市 小浜町
小浜町は、長崎県の島原半島に位置し、約7千人が暮らす小さな街です。高齢化率も32%と、全国平均よりも10%程度高く、空き家も多い地域です。北端から南端まで歩いて約20分。温泉の湯量が多い古くからの温泉地で、海沿いに温泉宿が並ぶ、観光産業が盛んな町です。
小浜で「景色デザイン室」というデザイン事務所をされている古庄さんにお話を伺いました。一階部分が週末だけカフェになるのと、外から丸見えなことで、近所の方がすぐに声をかけてくれる場所になっています。
そのお話の中に、「豊かさを感じやすい町の大きさ」という気づきがありました。
小浜の町の狭さは、一人がちょっと何かをやると「町が良くなる」 実感が得られる規模感で、そんな狭さが小浜町の豊かさだと感じているそうです。
また、小浜町全体の人口で見ると移住組の数は少ないですが、移住者だけ固まったり、地元の人だけで閉鎖的だったりすることもなく、小浜では移住者も地域の人も自然に入り混じっているのだそうです。
これらの収穫を得た一方で「地域による違いや共通点はないのだろうか」と追加でリサーチを行ったのが秋田県の五城目町です。
秋田県南秋田郡 五城目町
日本海側特有の自然の厳しさのなかで人口減少が進む秋田県には、地域にインパクトと活力を与える人材の誘致を目指して力を入れている「ドチャベン(=土着ベンチャー)」という取り組みがあります。
山岳地帯から水田地帯まで変化に富んだ農山村であるとともに、中心部には約500年の伝統を誇る露天朝市が栄え、さまざまな製造業と商店街が発展した商工業都市を形成している町です。
ハバタク株式会社を立ち上げ、2014年に地域おこし協力隊として五城目に移住した丑田さんは、「程よい距離感、程よい関わり方」を大切にしています。お隣さんへのお礼に自分で釣った魚を渡すことで、お金ではないやりとりが関係性を育むことを学ばれたそうです。
小浜町と五城目町でのフィールドワークやインタビューで得た気づきから、
「町の豊かさは自然発生的に作られるのではなく、町自体に、関係性を紡ぐような仕組みがある」ことがわかりました。
こうした仕掛けで作られた地域と人の関係性が、暮らしの不具合や、行き届かないインフラを埋めていく部分も大きく、また仕組みがあることで持続可能性が生み出されていく、そんな未来の兆しが見えました。
共に生きることを目指す「多彩な文化のむすびかた」
「豊かな町のはじめかた」を通じて、地域コミュニティの重要性が見えた一方で、日本の人口減少・高齢化が進む現実を見ると、外の人たちを迎えていかないと成り立たない現実というのも感じさせられました。
そこで、3年目は「多彩な文化のむすびかた 」と題し、これからの多文化共生について探索することにしました。事前のデスクリサーチで集めた情報を元に、「これからの多文化共生」についての仮説を立てました。
多文化共生の失敗事例として多く見受けられたのが「受け入れ側が、自分たちの暮らしに合わせてほしい気持ちが強すぎる」というものです。
外から迎えた人、外国にルーツを持つ方々を日本人化するのではなく、お互いに真ん中の地点を見つけることが理想的な多文化共生なのではないか、という仮説を立て、フィールドワークへ向かいました。
フィールドワーク先として、多文化共生の歴史が深く、日常の中に多文化を繋ぐブリッジが存在している地域である、兵庫県神戸市長田区を選びました。約9万2千人が暮らしていて外国人率が高く、1995年の阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた地域でもあります。
海外から移り住んだ人たちも多く、特に朝鮮半島から移住してきたコリアンルーツの方々が産業の働き手として雇用されてきた歴史があります。
長田に暮らす外国人としては韓国・朝鮮の方が大多数を占めていましたが、2020年時点で 1/3 近くまで減少していて、その一方でベトナムやネパール・ミャンマー・バングラディシュ・インドネシアなど、アジア諸国からの流入が増えています。
写真は、新長田合同庁舎の案内板。中国語、韓国語、ベトナム語などの記載が並ぶ。公共の空間で母国語を見つけられることで、自分たちの文化が受け入れられていることが実感できるそうです。
外国人を雇用している日本人の方々にもお話を聞き、みなさんに共通して見えてきたのが、「できること」に目を向けて、共に働いているということです。
また、違う立場で多文化共生に向き合う方々のお話を聞く中で、「関係性を構築すための工夫がある」という気づきがありました。
特に、長田で暮らす外国人の方々は、地域の暮らしの中で楽器が演奏できる、野菜を育てられる、DIYができるといった、いわゆるそれぞれが持つ“得意技”を通して関係性を構築、お互いに信頼を獲得することで居場所を生み出しています。
「与えられる」ものがあるからこそ、お互いに「与え合える」。これは対等な関係性を築く多文化共生における大きな要素だと感じました。
こうした長田の多文化共生からの気づきについてじっくり考えてみると、「共存・共生にはレベルがある」ということが見えてきました。
文化的背景の違いを乗り越え、共生のレベルを上げていくために、それぞれのレベルで気をつけるべきこと・やるべきことがあります。共生レベルが上がるにしたがって、関わりの深さや、平等性も高まっていきます。そして、このレベルを跨ぐための、仕掛けや工夫があることもわかりました。
このレベルは、日本人/外国人という国籍の違いだけでなく、あらゆる異なる価値観・背景を持った人同士が関わり合う際にも適用できるように思えます。これからの社会は今まで以上に、違いを受け入れ共生していく態度が求められます。
暮らしの中で「違い」を乗り越え、お互いに豊かな暮らしを実現するために、共生のレベルを意識しておきたいと思いました。
みえてきた未来の暮らしの《きざし》
最後に、この3つを通して見えた未来の社会の《きざし》についてお話します。
リサーチを始める前は、人口減少高齢化の、特に「高齢化」に目が向いていて、今の社会構造を前提に、自分が年老いたらどう生きていこう、と考えていました。
しかし、リサーチを通して見えたのは、前提としていた社会構造そのものが大きく変化し、その上で人々の価値観が大きく変化していくということ、そして人々が暮らしに求めるものが変化していくということです。
そして、これからのインフラには、そうした基盤を整える意味でも、「関係性を育てる仕掛け」を付加できることを意識することが大切なのではないか、と思います。
ここまで、デザインリサーチの手法で、人口減少高齢化の進む日本の未来の社会を考えるプロジェクトについてお話ししてきました。
ここで見つけた未来の兆しをタネにして、これからのセミパブリック領域の課題解決に挑んで行きたいと思います。ご静聴いただき、ありがとうございました!
企業ブースにも出展しました
RESEARCH Conference 2024ではKOELがビジョンデザインを詳しくお伝えする出展も行いました。ブースでは他のKOELメンバーと一緒に、実際のプロジェクトに参加していたデザイナーから直接ご来場者の皆さんにご説明させていただきました。
インフラを支える企業の中でこのようなリサーチの取り組みをしていることに、来場のみなさまも大変興味を持って聞いてくださり、ブースの方も大盛況となりました。お越しいただいたみなさま、ありがとうございました!
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