心臓リハビリの現場をデザインで変える『みえるリハビリ』がグッドデザイン賞を受賞するまで
この度KOELがデザイン支援を行った、『みえるリハビリ』が2023年度グッドデザイン賞を受賞しました。
NTTコミュニケーションズが10月12日に提供を開始した心疾患患者の運動習慣獲得支援サービス『みえるリハビリ』ですが、KOELがデザイン支援を行い、ユーザーリサーチや体験設計を通じ高齢者にも使いやすいサービスを実現しました。KOEL公式noteでは『みえるリハビリ』アプリの特徴やデザインのポイントについてもご紹介しています。
今回は『みえるリハビリ』を提供しているスマートヘルスケア推進室のベルナール・ジョアニーさんと、プロジェクトに参加したKOELのデザイナーによる座談会をお届けします。
プロトタイプが「使われるデザイン」に変わるまで
—— 改めまして『みえるリハビリ』がグッドデザイン賞受賞おめでとうございます!今回『みえるリハビリ』にはKOELがデザイン支援の形で参加しましたが、そもそも今回のプロジェクトになぜKOELが参加することになったのでしょうか?
ベルナール:
ありがとうございます。元々『みえるリハビリ』は大学病院の先生たちと、心臓リハビリテーションに関する研究利用を目的に、スマホアプリの開発をスマートヘルスケア推進室が、内製で作っていたのが始まりでした。ですが、お世辞にも使い勝手の良いものではなかった…といいますか非常に使い勝手の悪いものになっていて…。私は昨年4月に、スマートヘルスケア推進室に来たんですが、それで初めてアプリに触れて、第三者的に見て、これはかなり使いにくいなと。
その時は、先生からの「こんな機能が欲しい」と言われたものをそのままアジャイルで開発したから、というのもあるとは思います。好意的に見れば、先生たちの要望を解釈して、一旦形にすることでプロトタイプができたとも言えるのですが…。
なので、これをそのまま事業に持っていったら、患者の皆さんに使ってもらえなくなってしまう可能性もあり、UI/UXの抜本的な改善は必須でした。私たちスマートヘルスケア推進室もSmartPRO®(※)や析秘の事例を通じてKOELのことは知っていましたから、これは絶対KOELに参加してほしいということでお声がけをしました。
——それを受けてのKOEL側のファーストインプレッションはどうだったのでしょうか?
舘:
そうですね、一番最初見せていただいた時の印象としては「このまま商用として出すのは難しいだろうな」という感覚はありました。もちろん機能としては先生方の監修を受けて作られたものが実装されていましたので、ここにKOELが入ることでUXとUIを商用レベルに引き上げていくことを一つの目的に設定しました。
徐:
当時のUIを最初に見たときは「すごくやりがいがありそうだな」と(笑)。なので、逆にこのサービスは絶対ここから良くなるぞという自信はありました。
舘:
ベルナールさんたちが医療従事者の方々と密に連絡を取ってらっしゃるので、既にリハビリテーションにおける課題点は把握されていたと思うんですが、当時のKOEL側は心臓リハビリに関してまったく知識のない素人だったというところもあるので、知識的な部分でもちゃんとキャッチアップしなきゃいけないなと。
徐:
UI画面も当初から相当数あったので、本当にやりきれるのかなっていう不安は最初のころはありました。ただプロジェクトが進んでいくうちに、その不安も徐々に解消されていきました。
同じ会社の人ならやっぱりすごく聞きやすいっていうのはあって。医療的な知識や専門用語を細かく聞いていきながら、密にやり取りしながらデザインに落とし込んでいけたのが大きかったです。
舘:
そこでKOELの力が活きるとすれば「患者さんの気持ちをどう汲み取るか」というところにあるんじゃないかと。スマートヘルスケア推進室の皆さんは先生たちと密にお話されているんですが、一方で患者さんのお話は先生からの伝聞でしか入ってこない、という話もお聞きしていました。
なのでインタビューを通じて実際にその運動療法をされている患者の方々がどんなことを考えているのか、どういう時にモチベーションが上がるのか、逆にやる気がなくなるシチュエーションは何があるか、といったどういうタイプの人がいらっしゃるのかリサーチした上で、体験設計していきました。
—— まず知識をスマートヘルスケア推進室の皆さんと合わせていく。その上でさらにスマートヘルスケア推進室の皆さんがまだ知らない部分を明らかにして…というステップが重要だったんですね。
舘:
そういう意味では、社外で制作をお願いするよりもコストパフォーマンスという観点では悪くなるかもしれませんね。社外でお願いすると、ベルナールさんたちが持っている知見をベースに「こんなアプリにしてください」と言われたものをそのまま形にしてしまうケースもあると思います。
KOELの場合はインハウスのデザイン組織としてしっかりと目線を合わせた上で、自分たちもしっかりとリサーチをして価値を見極めながら、事業部の皆さんと一緒に作っていくことを大切にしています。
ベルナール:
宇都宮さんや徐さんにはUIを細かく調整していくフェーズでかなり細かくお願いをしたこともあったんですが、それにすべて答えていただけるくらい密にコミュニケーションをとらせていただきました。
徐:
実は患者が使う『みえるリハビリ』アプリのUIデザインと並行して医師が使うWebシステムがあって、そちらのデザインは宇都宮さんが担当していたんですね。その両サービス間で機能の連携をしないといけないものがあったりして。例えばWebシステムの変更に伴ってスマホアプリの方を合わせるとか、アイコンを揃えた方がいいんじゃないかとか——といった意識合わせをKOEL内で行っていました。
もし両サービスを違う会社に外注してたら、きっとスマートヘルスケア推進室が間に入っていちいち双方に伝えないといけないですし大変でしょうね。
宇都宮:
以前私がデザインで関わっていたSmartPRO®のサービスの一部機能が、今回のシステムの認証認可機能に使われていたので、予めシステムを理解した状態で作ることができました。業務のつながりのおかげでスピーディーに進められるのもインハウスだからこそですね。
ベルナール:
行動変容のためのフィードバックメッセージが、細かなポイント・レベルルールと運動実績に基づいて動的に生成されるという、なかなか複雑な仕組みがあって、その設定画面のUI設計は宇都宮さん、すごく大変だっただろうなって。その設定画面に触れる先生たちは当然とても忙しい方々なので、そこが使い勝手が悪いと使ってもらえない懸念がありました。先生方からも改善要望のフィードバックをいただいていたところでもあって、なんとかしなければならないという意識も強かったです。
そういった実現したい機能を考えた時に「いろんなパラメーターがあってあれこれできるための柔軟性は必要」「だけど設定は楽にしたい」というジレンマの中で、どうUI/UXを作り上げていくかというのを皆さんと綿密に話し合って。
宇都宮:
結局情報の設計段階から全部考え直していきましたよね。
ベルナール:
そうですね、最終的にはマニュアルがなくても使える状態にする、というのが一つのゴールでした。もし注意が必要なところがあれば、それを伝える説明があればいいわけですし、それを読んでボタンを押した結果の挙動が予測できればいいわけですから。ボタンや警告の内容も本当に一言一句気を使って。最終的には実現したかった機能を破綻なく盛り込めたと思います。
制約のなかでも最適なデザインを行うチーム作り
——今回リハビリテーション(運動)を習慣化するためのUI/UXをデザインで実現するにあたって、具体的にはどのようなアクションがあったのでしょうか?
稲生:
まず最適なUXを考えていくために患者さんの声を直接聞いていきました。例えば先生からのフィードバックって患者さんにとってはすごい意味のあるものに感じますよね。なのでアプリから「運動しなさい」と言われるより、先生がそう言ってますよ、という方が信憑性が高く感じられるから真剣に運動しやすくなりそうじゃないですか。でもそれは「医療行為」になるからできないんです。そういった法令などのルールの中で、どこまで行動変容を促すことができるかは熟考が必要でした。
『みえるリハビリ』アプリの特徴で心不全手帳という機能があります。従来では紙の手帳に毎日記録するものをデジタル化したものなんですが、利用される方の多くに高齢者が含まれていますから、毎日ちゃんと記録をしていただくかにとくに気を使っています。他のケースを集めながら、どうしたら毎日ストレスなく記入してもらえるか考えながら作っていきました。
舘:
患者さんの普段の過ごし方から、スマートヘルスケア推進室の皆さんが思い描いている「患者さんたちのQOLを上げていくような行動」をいかに自然にとってもらうか、というところがポイントで、そこはKOELがデザイナーとして参加する大きな意義がありました。「みえるリハビリ」を初めて触るユーザーの皆さんに行動をとってもらうために、UI/UXとしてできることは何なのかを考えて作っていきました。
——ここまでのお話を聞くとやはりベルナールさんとKOELの関係性の強さが、そのままデザインの精度につながっている部分も多そうですよね。
徐:
今回は既存のアプリのUI改善だけでなく、実際にインタビューとかを行った後に新しい機能を入れていくことになりましたが、一方で「もし機能追加を入れたら開発にどんなインパクトあるのか」という開発目線での反応も気になるところがあって。ユーザーの体験を重視するのか、開発工数を重視するのか、天秤にかける状況でベルナールさんに相談させていただいたのを覚えています。
舘:
逆にKOELも事業部の方々と一緒に動いていくことで最大の価値を発揮する組織でもありますから、開発とデザインの歩調を合わせるためにベルナールさんがしてくださった配慮や調整に関してはすごい感謝してますし、もう感謝しきれないぐらいなんです。
ベルナール:
そんな褒めていただいても、何も出てきませんよ(笑)。
舘:
(笑)。まず前提の知識がないKOEL側に対して、1から懇切丁寧に教えてくださるというところが本当にありがたかったです。プロジェクトというのはどうしてもスケジュール重視に進んでしまうことも多いですが、今回のデザイン支援ではKOEL側から改善の提案させていただいた時には、実施するためのスケジュール立て直してくださったり、必要な仕様変更を考えてくださったりしていただいて。
ユーザーのために良くしていくのを一致団結して進めることができたのは本当にベルナールさんのおかげだなと思っています。UIに関してはFigmaもすごく細かく見てくださってますからね。
徐:
ベルナールさんにもFigmaにコメントをいただきながらデザインを進めていましたね。UIは一通り作りきっても「100%完成」ってことは基本ないと僕は思うんですよね。人が作ってるものである以上、どうしても見落としている部分や新たな発見が後からあったりして、納品後にも常にアップデートが必要になります。なので現在もユーザーの皆さんからフィードバックがあったところを中心に、『みえるリハビリ』アプリのUIの改修は続いています。
あとベルナールさんから依頼をいただく時に、PowerPointにUIを改修する背景などの情報も載せた資料をまとめてくださるんですよ。「スマートヘルスケア推進室としてはUIをこういう風に変えた方がいいと思ってます」とデザイン案まで作っていただくこともあって、そこまでやっていただけるというのはなかなか普通では…
ベルナール:
えっ普通じゃないんですか!?
徐:
ここまで踏み込んで用意いただけるのは普通じゃないです(笑)。
ベルナール:
こういうことは正しくコミュニケーションを図らないと。間違いが生まれたらいけませんからね。
徐:
そこが仕事のやりやすさや、コミュニケーションのしやすさにつながってるなって僕はすごく思います。
——そこまで見ていただいて、ある意味ベルナールさんもデザイナーの一人として参加していただいている感がありますね。
ベルナール:
スマートヘルスケア推進室の開発メンバーはエンジニアの人ばかりで、まだデザイナーがいないんです。だからお渡しする資料ではデザイン要素はゼロなんですが「ただこういう事やりたい」「こういう機能がほしいです」という目的をお伝えさえすれば、あとはデザインはKOEL側でケアしてもらえると信じているので。なので、要望を正確に伝えることに振り切っています。
徐:
ベルナールさんのサービスへの「熱意」が本当にすごいんです。「じゃああとはKOELが考えてね」とはならずに、その先も一緒に考えていただいて。
稲生:
KOEL側から機能面に関することも提案すると、私もベルナールさんがさらにいい案をくださることがあって一緒に作ってきた実感がありますね。
舘:
もちろん最終的な期限はありますが、ベルナールさんがその中で柔軟に対応していただいて、お互いが目指すべき方向性にむけて、やるべきことをやっていくことを整理できました。
ベルナール:
もともと私はエンジニアで、大学までは自分でコードを書いてましたし、キャリアでも3年間はシステム開発をしていました。なのでエンジニアと会話するときにどれくらいならストレッチできるか、逆にこれ以上は無理だろうなというラインが、自分なりにその勘どころが分かっているつもりです。エンジニアからしても無茶な要求ではない範囲で、やるべきだと感じたものは多少無理がききますが、このラインがわかってないと「なんかあの人ヤバいこと言ってくるから…」みたいにエンジニア側も予防線張っちゃう関係性になってしまうので。エンジニアと会話するときはそれをいつも意識してます。これは開発に限らず、KOELさんとの関係性も同じかもしれないですね。
世界から遅れている心臓リハビリの現状を、ビジネスから変える
——今回『みえるリハビリ』がグッドデザイン賞を受賞したわけですが、今回の評価には「心疾患における継続的なリハビリ活動の重要度」を理解いただけたという側面もあるかと思います。
ベルナール:
これはある心リハ(心臓リハビリ)指導士からの聞いた話なのですが、日本の心臓リハビリの実施率は世界的にかなり遅れていて、それはなぜかというと、リハビリにはビジネス的に製薬会社が入ってこない領域だからということがあるそうなんです。製薬会社は社会に対して、薬を売るために、医師たちと連携し、お金を出して、治療法に関する啓発とか普及活動を含めてさまざまな活動を行うんですが、心臓リハビリというのは運動療法なので基本的に製薬会社が関わることはないんです。だからビジネス的な観点から心臓リハビリの課題に関する認知を広めるアクションが生まれない。
なので、これまでは心臓リハビリの課題に対して意識を強く持たれて、志の高い先生たちが心臓リハビリの普及活動を続けられてきて「心臓リハビリはこれだけ効果があって、患者さんにとってこれだけメリットがあるんだ」という啓蒙をされてきた経緯があります。ですがそれでもまだまだ患者はもちろん、医療関係者も含めて認知が低いというのが現状なんです。
確かに心臓リハビリの領域では製薬会社はビジネスを作れないかもしれませんが、私たちNTTコミュニケーションズのようなソフトウェアを扱う会社ならビジネスの可能性を見出して、事業を通じて社会貢献ができるはずです。ビジネスと社会的意義が噛み合うことでサステナビリティのある営みになると思うので、すごい可能性がある取り組みだと思っています。
——まさに今回KOELも「公共とビジネスの中間である、セミパブリック領域のデザインを行う組織」としてグッドデザイン賞をいただきましたが、心臓リハビリのような公共的な領域にビジネスがうまく入れないことで発生する課題もありえるということですね。
ベルナール:
そうですね。医療におけるお金の流れのベースは、国民皆保険制度に基づく、診療報酬制なので、普通のビジネスとは全然違います。予めすべての物、行為に値段が決められていて、普通ものを買うときに、値段を聞かずに買うなんて絶対ありえないけど、病院では後から値段を伝えられますよね。患者もそういうものなんだとそのまま支払って、先生から処方されて、お薬を飲んで…となるわけですが、これが運動となるとそうはいかないんですよね。
先生は患者さんを「運動、頑張りましょう!」と鼓舞して説得をしても、患者さんとしては「運動なんてしんどいし嫌だな…」と思いますから大変ですよね。先生方はやはり皆さんお忙しいですから、限られた時間の中でなんとか患者さんを説得して運動してもらおう、という先生も少なくなってきてしまいます。その頑張りに対して何か点数が付くわけではないので、インセンティブが働かないんですよね。そういった心臓リハビリを取り巻く状況に私たちが、事業性を見出して入っていくことに意義があるんじゃないかなと感じています。
各業界の専門家が集まる組織をデザインで支える
舘:
NTTコミュニケーションズを含めたNTTグループ全体でSmart Worldの実現を目指していますが、各スマートワールドを実現するために設立された推進室ではその業界知識に特化している人材が多いですよね。
デザイン思考でいうフィジビリティ(実現性)・バイアビリティ(ビジネス価値)・デザイアビリティ(ニーズ)の中でも、推進室の方はフィジビリティとバイアビリティの部分の業界知識を深く持ってらっしゃるんです。そこにKOELが入ってデザインの視点からデザイアビリティを担当していくことで、推進室の皆さんのビジョン実現をお手伝いしていくことができる、というのがNTTコミュニケーションズの組織的な特徴で、社会にバリューを発揮しやすい大きな強みだと思っています。
ベルナール:
舘さんがおっしゃる通り、NTTコミュニケーションズの各推進室はめちゃくちゃ専門知識を持ってらっしゃる方ばかりです。専門領域でビジネスをやる以上、知識なしにはいいビジネスもいいサービスも作れないですよね。そう行った土壌がKOELというデザインの専門組織が活躍できる場になれていたらすごく嬉しいなと思います。
さきほど「熱意」の話をしていただきましたが、私から見ても同じことが言えまして。私がお願いすることにKOELの皆さんが全力で応えてくださる。私は1年ほど前からNTTコミュニケーションズでお仕事をしているんですが、前向きにみんなで乗り越えようとする一体感はNTTコミュニケーションズの素晴らしさだと感じています。
——最後にベルナールさんの視点からデザインの力とスマートヘルスケア推進室で実現していきたいことを教えてください。
ベルナール:
個人的な話になりますが、、自分の弱点はデザイン力、そのセンスだとずっと思っていて。先ほどもお話ししたエンジニアリングは自分でも出来るのですが、、デザインをよくする、というところが苦手で苦労した経験があります。だからこそデザインの価値や重要性を十二分に感じていますし、見栄えだけでなく全体の体験があってこそ「新しいシステムを万人の方に使っていただく」ことができ、良いサービスが社会に広がっていくので、ぜひ『みえるリハビリ』に限らず機会があれば今後もぜひご一緒させていただければと思います!
——KOELも『みえるリハビリ』を含め、公共とビジネスの中間で「使われるデザイン」を実現していきたいと思います。本日はありがとうございました!
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