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最新のグッドデザイン賞とトップランナーに聞く「ビジネスとデザインの越境」の現場

こんにちは、KOELの田中 剛史です。

先日、KOELの活動に対してアドバイスをいただいているクリエイティブアドバイザーの井上さんと、Panasonicでビジネス・テクノロジー・クリエイティブを掛け合わせ新規事業インキュベーションの現場でご活躍されている中村さん、大前さんをお招きしてセミナーを開催しました。
テーマは「ビジネス x デザイン」。デザインアプローチがビジネスの現場でも一般化し、また、デザイナーの役割期待がビジネス領域への貢献まで広がりを見せています。ビジネスとデザインの両方が大切なことは頭では理解できるけれども、現場では個人がトライ&エラーを重ね実装している実態があり、その知見を業界横断的に共有する機会は乏しい現状があります。そんな課題感から、ビジネス x デザインを武器に現場の第一線でご活躍をされているプロフェッショナルをお招きし、お話を伺いました。(以下敬称略)

第1部:最新のグッドデザイン賞から見るビジネスデザインの在り方とは

「構想と実装の一気通貫のデザイン」と「コミュニティと巻き込みのデザイン」

井上:
KOELはインハウスのデザイン組織として、KESIKIのような独立したデザイン組織とは異なる立ち位置にいます。他のチームとどう連携し、構想を実装していくのか、さらにそれをビジネスのインパクトにまでどう落とし込んでいくのか、ということを宿命的に背負っている組織だと思っています。そういった中、グラフィックデザイン、デザインリサーチの専門家ばかりでなく、まったく異なるバックグラウンドや強みを持った人が集まっている組織がKOELだと思っています。
広義の意味でのデザインを捉えた場合に、ビジネスのオペレーションや営業などのスキルを持った人がどうデザインに貢献できるのか、という視点で本日はお話させていただきたいと思います。

グッドデザイン賞の講評では、サービスの実装の背景にあるBiz Dev・営業の努力や、どのようにデザインとビジネスが組み合わさってインパクトが出せているのか、という視点でいくつかの事例を見ていきたいと思います。今回ご紹介させていただく事例は全て私が審査員を務めているグッドデザイン賞の中の「サービスシステム」というカテゴリの中から事例を引用してそのポイントをご紹介します。

テーマ1. 構想と実装の一気通貫のデザイン

最初のテーマは「構想と実装の一気通貫のデザイン」としました。

一つ目の事例は「ファストドクター」です。
これは構想と実装の間に積み重ねた工夫と調整を感じたプロジェクトでした。しかし、それを泥臭くやり遂げたからこそ、大きなインパクトを生んだ案件として紹介したいと思います。

ファストドクターは、夜間・休日など医師の診療を受けづらい時間帯に患者と医師を繋ぐサービスです。
夜間診療、オンライン診療、そこから往診まで提供しています。近年、同様のサービスも登場していますが、ファストドクターはその先駆者です。
コンセプト自体はシンプルですが、ファストドクターのサービスを提供している方々からは「この種のサービス成長の最大のボトルネックは、どうやったら医療従事者を確保できるかなんです」という話を伺いました。

ではなぜファストドクターは、十分な医療従事者を確保できるプラットフォームになったのか。実は、オンライン診療からの往診は、オペレーションサイドでの課題がとても多い。例えば通常往診の場合は、お互いに顔見知りであるかかりつけ医が行うケースがほとんどです。一方ファストドクターでは、お互い初めて会う医師・患者とで往診を行います。なのでその人が信頼できる人なのか、安心して家に行っていいのか、全部サービス提供者側が担保する設計になっています。さらに医療従事者観点では、医師が出さなければいけない書類や情報を、すべてデジタル上で完結するようにしています。地道に課題を1つ1つ潰していき、医師や医療従事者の業務負担を軽減していることが、サービスの成長に寄与しています。

ファストドクターが受賞した大きな理由の一つは、無医村など医師の少ない地域の自治体と提携を進めたことです。現在の日本の医療体制を鑑みると、過疎地域などの医療のネットワークに入れない地域は今後増えていきます。そのような環境下において、ファストドクターがインフラとしての医療サービスを提供しているということが、審査の段階で大きく評価されたポイントでした。

様々な調整が求められる各自治体との提携のやりとりをし「十分な医療リソースが提供出来るのか」「地域特性や条例とのすり合わせは出来ているか」といったウラ側のオペレーションをすべて緻密に設計しないとインフラとしての医療サービスには進出できません。そういった裏側の地道な営業活動、オペレーションの磨き込み、提携活動の促進をやり抜き、ある閾値を超えてサービス成長をするに至った、その過程がグッドデザイン賞として高く評価された点です。正に「構想と実装の一気通貫のデザイン」が大きく評価された案件と言えます。

私自身これだけでも十分に感銘を受けたのですが、さらにファストドクターのビジョンについて尋ねると「将来は、119番を受けた際に、救急車を呼びますか?オンライン診療を受けますか?という選択肢にすべきだと思っています。そうすると社会的な医療コストも下がるし、夜間・休日への医療への安心感が増す。そのようなインフラになることを目指しています」とおっしゃっていて、それくらい大きなビジョンを構想して、既に一部自治体では実装がはじまっているんですね。

デザインの力があるからこそビジョンを描き、その実現の為の体験設計をし、行政とも合意形成ができる、改善ができる、ビジネスとしての整合性を持たせることができる。結果としてこれまで実現できなかったことが社会実装される、という意味でKOELのベンチマークになりうると思い、一つ目の事例として紹介しました。

二つ目の事例は「OPENTIX」です。

こちらは台湾の事例で、公立の芸術院を運営している組織が手がけた案件です。
いわゆるO2Oのプラットフォームで、劇場のチケットを入手するサービスです。当時はコロナ禍ということもあり、オンライン上でのイベント開催の政府サポートが施策として講じられていました。このサービスでは、その補助金と紐付けを行い、どの作品が補助金でサポートを得て鑑賞できるかをわかりやすく表示し、コロナ禍にも関わらず、多くの人の動員を成し遂げた事例です。

グッドデザイン賞の審査員が驚いたのは、公立の事業体が主導した案件なのに、まるでスタートアップが手がけたような仕上がりになっていることです。
日本の公共団体が主導するアプリの場合、数多くのステークホルダーとの調整の結果、ユーザーにとって使いにくいモノが出来上がるケースが少なくありません。そういう意味でOPENTIXは、日本のパブリックセクターとKOELのようなチームと組んでしっかり使われるプロダクトを開発するケースと近い事例かな、と思います。

さらにこの事例の面白さは、公的機関と民間の連携にとどまらず「芸術をどうやって浸透させていくか」というビジョンからプロダクトを作り込んでいる為、オモテ向きのユーザー体験が優れているだけでなく、ウラ側の施設運営・施設経営のエンパワーメントという意味で、Business Intelligenceの部分もしっかり作り込まれています。
つまりOPENTIXを使うと、経営やマーケティングのバックグラウンドがない行政施設の担当が経営やマーケティング目線を持てるようになります。例えば、どういう人に何をすると集客ができるのか、動員の過去データをベースに判断することができます。結果、芸術を振興しようとする人と、人々を動員するためのプラットフォーム、それを行政が主導して仕掛けられる仕組みをソフトウェアで実現し広く普及するサービスとなりました。
近い将来KOELが公共機関と組むことで、日本の公的サービスの質がグッと上がるというようなことが実現できると良いですね。

テーマ2. コミュニティと巻き込みのデザイン

テーマ2は「コミュニティの巻き込みのデザイン」です。KOELのような大企業インハウス組織の強みの一つが、多くのステークホルダーを巻き込む力を潜在的に持っているところだと思っています。その視点から事例を2つご紹介します。

1つ目がYAMAP DOMOです。

YAMAPはご存知の方も多いと思いますが、山登りをサポートするアプリです。YAMAPを事前にダウンロードしておくと、電波の届かないところでも地図が見れて、かつ、人々がすれ違うごとにデータが蓄積され、登山者の安全に寄与する、というサービスです。そして今回、新たに手がけたサービスがYAMAP DOMOというポイント事業です。

通常のポイント事業の場合は、マーケティングの施策として使われます。また、企業側の立場からすれば、できればユーザーにポイントを使わずに貯めておいて欲しい。それは使われなかったポイントが利益の源泉になるからですが、本当にユーザーにとって良いモノか?という視点が弱くなりがちです。しかし、このYAMAP DOMOは利他的なポイントのあり方を提示してくれています。

具体的には、YAMAP DOMO上で、他の人の質問に答える、他の人にすごく役立つ山の情報を投稿する、などの利他的な行動をすると、他の人から「いいね!」のようにポイント(=YAMAP DOMO)がもらえる仕組みです。溜まったDOMOポイントは、植樹や山道整備などの山の再生事業を支援プロジェクトに贈呈ができるクラウドファンディングのような仕組みです。既にプロジェクトが複数動いており、相当な数のDOMOのやり取りがなされる、活発な活動となっています。

このプロジェクトの優れた点は、アイディアを実装し、結果として実際に山の保全に貢献しているということです。DOMOをコミュニティ内でどう使ってもらうか、コミュニティをデザインをしていくことに加え、短期的には売上に繋がらない施策をどう長期的にリターンに繋げていくかはビジネスデザイン目線でも深掘りすると面白いはずです。コミュニティにどうアプローチし、どう巻き込んでいくか、骨の折れる活動をやりきっていることがインパクトに繋がっている事例です。

2つ目がNFTに関連する山古氏住民会議の取り組みです。

2004年の新潟中越地震の際に、山古志村は全村避難をする事態となりました。中越地震後、山古志村は限界集落となり山古志村は無くなりました。現在は山古志地区として地名は残っているものの、人口約800人程度の集落です。

これまで山古志住民会議は、長きに渡り、様々な地域の活性化に関する取り組みを続けてきました。このNFTの取り組みもその一つです。NFTを使ってバーチャル村民を募り、希望者はNFTを購買します。 バーチャル村民がNFTを買ったお金を原資として、村を活性化させる為に、どういった施策をやっていくべきか、リアル村民とバーチャル村民が一緒に意思決定をしていく仕組みです。既にバーチャル村民の数はリアル村民を超えており、discord上のオンラインコミュニティでは、毎日活発な議論がなされています。NFTに関連する取り組みでは投機的な事例も多くありますが、この事例はNFTにコミュニティメンバーシップ機能を持たせることで、関係人口を増やし村の活性化に繋げようという取り組みです。

この案件の面白い点は、NFTを実装できるエンジニア、NFTにも地域のことにも精通しているプロデューサー、そして現地に根付いて関係性を構築しNFTのことを高齢の現地住民の方に理解してもらうことを担う部隊、この3者がいて初めて実装ができた、という点です。それぞれの領域を乗り越えて協力をしたからこそ、世界的にも先進的な事例を作り出せたのではないでしょうか。

第2部:KESIKI井上さん x Panasonic BTCイノベーション室 中村さん・大前さんとの対談セッション

後半の第2部では、KESIKI井上さんとPanasonicでビジネス・テクノロジー・クリエイティブを掛け合わせた新規事業インキュベーションの現場でご活躍されている中村さん、大前さんをお招きしていくつかのトピックについて対談セッションを開催しました。ビジネス x デザインに関係する対談テーマを3つ設定させて頂き、それぞれについて皆さんから意見をお伺いしました。(モデレーターはKOEL:金) 

パナソニック ホールディングス株式会社 事業開発室 BTCイノベーション室 ソフトウエアやサービス・ソリューション系の新規事業を短期で立ち上げをしていく上での知見やノウハウを組織として蓄積し、社外のオープンイノベーションの知見を持っている方々とのネットワークのハブにもなる役割を有しています。BTCイノベーション室は、事業開発室のミッションを実践する組織として、新規事業のインキュベーション(企画創出~企画育成)と組織能力の強化・蓄積の活動を推進しています。 https://news.panasonic.com/jp/topics/204584

対談テーマ1. 「ビジネス x デザインの分野において、越境的に成果を出すために大切なことは?」

金:
皆さんは、ビジネスとデザイン、両方の視座を持つ一個人として、日頃の仕事の中で成果創出されていると思います。越境的に成果を出していく為に、ご自身なりに大事にされていることをお伺いできればと思います。

中村:
ある意味、できていないからこそ組織の名前(BTCイノベーション室)にしているということもあるのですが、どうしてもビジネスパーソンはビジネスだけで、デザイナーはデザイナーだけで、エンジニアはエンジニアだけで考えがちです。しかし、成果を出す為には、それを混ぜ合わせることが大切です。
そのための共通言語となるのが「ユーザー」です。B2BやB2Cなどのビジネスモデルの違いや、ビジネスパーソン・デザイナー・エンジニアの立場を問わず、「ユーザーがどう感じているのか?」「ユーザーからどう見られているのか?」サービス・プロダクトの作り手にとって大切であることは変わりはありません。ユーザー視点からサービス・プロダクト、ひいては私たちがどう見られているか、軸をブラさずにいつも仕事をしていくことが大事だと思っています。

大前:
私は大事なことは2つあると思っていて、1つは「共感」。共感しないことには人は動いてくれないし、パワーをかけない。だからこそ、周りの人が共感してくれるようなマイルストーンをいかに早く、強く作れるかがカギだと思います。それがビジネスデザイナーならば、それを視覚的に表現したり、何かを作って表現することが一番早い。早く・強く共感のビジョンを作ることが第一条件だと思います。
2つ目が「共通言語」。先ほど、中村さんからも話がありましたが、プロは専門職ならではの言語を使いがち。それは、自分視点で見れば早く相手に物事を伝えられるからですが、結局は相手に伝わらず、片手落ちで終わってしまう。だからこそ極力、自分以外の越境「先」の人の言語を理解したり、使ったりすることが大事だと思います。

金:
インダストリアルデザインのバックグラウンドを持つ、大前さんならではの視点ですね。具体的には、どういった「モノ」をつくり、共感を得ているのでしょうか?

大前:
私は入社して約10年間はBISTROや冷蔵庫、洗濯機などB2Cの家庭電化製品のデザインをやっていました。
その後、シリコンバレーに出向して、 Home Xという全社的なIoTプラットフォームの先行事例開発プロジェクトに携わり、Panasonicβという組織を作り運営をしていました。その際、私がやったことは、全事業部・商品カテゴリをアラインすると今回のHome Xプロジェクトで何が実現できるか、というビジョンをビジュアルで一枚描きました。通称・レイヤー図(Layered Implementation)と呼んでいたものです。(以下参照)
それを見ながら構想を描き、ビジョンのビジュアルを携えて各事業部の責任者に「あなたの事業部は、この部分で貢献をお願いします」という巻き込み方をしていました。デザイナーとして「カタチにする」スキルを活かして、一目でわかるマイルストーンをつくり、具体的に見ることのできるモノを持って、共感を得やすい武器を使って関係者と対峙していました。

金:
組織の垣根を超えた共通のゴールを、見えるカタチにして関係者を巻き込んでいったということですね。

大前:
先ほど、中村さんが言われた通り、最終ゴールはユーザーの満足にすべきです。そこが絶対的な価値であるので、その為にどうすべきか、という視点を心がけて作成していました。

井上:
私から1つ異なる視点を加えるとすると「何を核にするか」ということです。

私が過去に寺田倉庫のアドバイザーをやっていた時の話です。当時は、中野さん(中野善壽元社長)という方が社長をされていました。中野さんが事業再生や新規事業を立ち上げをする際、「一個、ホンモノがあるかを見る」と仰っていました。例えば、寺田倉庫のある天王洲アイルでいうと「ここは夕日がとにかく綺麗で、これだけはホンモノだからそれを基軸にしていく」と仰っていました。その後の天王洲アイルの状況は皆さんご存知の通りです。

これは今回のテーマにも繋がることで、事業をつくる際、それがタネの段階であっても「あ、これは一個ホンモノになるぞ」と信じ切れるものがあるかどうか、がすごく大事だと思っています。その為の手段が、ワンチームでのアプローチ、ユーザー視点、チーム内外での共感を醸成すること、その過程で共通言語を作り上げること、であると思っています。そういった意識が「越境的な成果創出」に繋がります。

対談テーマ2. リーダーの立場から、デザイナーとノンデザイナーの混成チームのパフォーマンスを最大化するために気をつけていることは?

金:
皆さんの立場上、リーダーとしてチームを率いていくことが多いかと思います。その中で、デザイナーとノンデザイナー(ビジネス・エンジニア)混成チームを率いる際に気を付けていることを是非お伺いできればと思います。

井上さん:
越境と個の武器、2つの掛け算が大事だと思っています。
大前提として自分の領域はココまでと境界線を定めずにワンチームとしてやっていくのは大事です。一方で、スキルレベルは必ずしも一番でなくとも良いが、その人が「ここだけは負けない」「ここだけは他の人よりやり切れる」という所、誰よりも齧り付き、こだわり抜いてやり切るという意志も重要です。
つまり、その人が持つ特定領域におけるスキルや意志を持つ一方で、領域にそこに捉われずに混ざり合って越境し合う、その掛け算が大事だと思います。

金:
チームの中での自分の役割を、自分でも認識しつつ相手に示していく、そうすることでお互いにコラボレーションがしやすくなるということですね。

大前:
一言で言うと「メンバーの尖った部分を丸くしない」ということに尽きると思います。
経歴や実績を積んで、皆さん強烈な強みを持っています。そこを削がないようにする、というのが、ものすごい絶妙なマネジメントであり、チームビルディングだと思っています。
私は今年の10月までPanasonic GroupのShiftalllというスタートアップに執行役員兼デザイナーとして出向していました。そこにいたのは尖ったメンバーばかりで、そのチームで一緒にメタバースやVRグラスを一緒に作ったんですよね。いかにメンバーが尖った所を持ち続けられることが大事か、それがチームのパフォーマンスの最大化に繋がるということでした。

金:
大前さんがメンバーの尖りを活かしていく上で、気を付けていたことなどはありますか?

大前:
「見抜く」ことです。尖った人材は皆、物事を見ているアングルが違います。だからこそ、お互いに対抗する意見がぶつかり合う場合も多い。そこを抑圧しないようにしていました。往々にして何かのスペシャリストは、他者に対して説明が不足しがちです。相手の意見を汲み取り、なぜそういうことを言っているのか、感じて、観察して、その真意を見抜くことが大事だと思います。探偵のように探るイメージですね。

金:
リーダーだけではなく、チームメンバーとしても持っておくべき考えですね。

中村:
私はリーダーの立場をマネージャーの立場として言い換えをして、この問いに答えたいと思います。
デザイナーとノンデザイナー、デザイナーとエンジニアなど領域横断的なチームは、つくろうと思えば誰でも作ることができます。一方で、そのチームが成果を生み出すようなパフォーマンスを発揮するかするかどうかは、全く別の話です。

マネージャーが何もせず、皆が一緒に働き出すということは、ほぼあり得ないと思っていいでしょう。私のチームも、デザイナー・エンジニア・ビジネスが混成しています。放っておいてシナジーが出ることは、先ずありません。だからといって、私自身があえて「越境しよう」と言うこともありません。

マネージャーの立場から、大事だと考えていることが2つあり、1つ目は、メンバーが自主的にお互いの領域を超えてコミュニケーションを取ったり、一緒に仕事をして価値を生み出そうとしているメンバーの動き方を、きちんと認めて、評価をする、ということです。そして2つ目が、メンバー個々人が異なる意見を受け入れるスキルを高めるようにアドバイスをしています。

金:
先ほどの大前さんとも通じるところがありますね。チームのメンバーを評価する、という意味では具体的にはどのようなアクションを取られていますか?

中村:
例えば、混成チームのあるメンバーから「〇〇さんのあのコメントはあり得ません」と言うようなダイレクトメッセージをもらうことがあります。(笑)
でもそれは、本当はお互いを嫌い合っているわけではなくて、良いモノを作るために意見を戦わせているだけなんですね。だから私の立場からやるべきことは、双方の立場を理解した上で、丁寧に説明してあげることだと考えています。
更にもう一つ付け加えるとすれば、正しい評価軸を設定することです。我々のチームにおける成果の定義は「ユーザーに価値を提供し、それがビジネスとして持続可能なカタチにすること」です。対峙する意見は、自分の立場・視座に固まりがちです。マネージャーの立場からは、それらの見方を変えて、チームとして成果を出す、という軸で、良い・悪いの評価を促すことが大切だと考えています。

金:
第一部では井上さんから「関係者を巻き込む」という話をいただきましたが、中村さんにお話いただいた内容も、違うバックグラウンドを持つメンバーを如何に一つにしていくか、という視点で共通項がありそうなお話でしたね。

対談テーマ3. 「自社/自部署で事業にオーナーシップを持つ案件」と「コンサルティング・インキュベーションの立場から事業と対峙する案件」成果を出すために必要なスキル/アプローチの違いは?

金:
KOELは基本的に、営業組織を伴奏支援していくスタンスです。
そのような立場の中では時に、事業主体である営業部にオーナーシップをどのように持ってもらうのか、自分たちが事業オーナーではないが故にもどかしい思いをする場面もあります。そのような観点から皆さんの案件との関わり方をお伺いしたいと思います。

大前:
私個人の意見としては、自分がオーナーシップを持つ案件、コンサル案件でも、求められるスキルに関しては差はないと思います。どちらの場合でも、コンセプトづくりから、お客様にサービスを届けるところまで、ビジネスの上流から下流までプレイヤーとしての実務経験があることが望ましいと思っています。それを前提とすれば、自分で事業を作ることも、コンサルティングもできます。
私の経験上、自社/自部署がオーナーシップを持つ案件は「こんな商品・こんなサービスがあると良い」と具現化して関係者に見せた方が進みが早いですね。一方でコンサルティング案件の場合は、私がHome Xでやったように、関係者の考えや行動をガイドするようなサービスビジュアルを提供をしていくスタンスが大事だと考えてます。

金:
スキル面での様々な階層でのプレイヤーとしての経験、という視点で言うと、個人の経験・能力を頼るだけでなく、チームとして個人が足りないところを補い合っていくことも大事なのではないか、と思いました。

中村:
自社/自部署でオーナーシップを持つ案件については、兎に角、自社サービスのユーザーに会いまくることが大事だと思っています。事業の初期は特にユーザーとのコミュニケーションの頻度、質、深さを大事にしています。あとは、運と時間次第の要素も大きいですね。

一方で、コンサル・インキュベーションなどの伴奏支援の場合、私は「事業の主体は自分ではない」と割り切って事業と対峙する事も大事だと考えています。前提として、事業を伴奏支援をする場合、こちらがいくら気をつけたとしても、相手から見た自分たちは、往々にして上から目線である、とみられがちです。だからこそ、我々は当事者の、特に推進リーダーの意思決定を尊重すべき、というスタンスを持つようにしています。

金:
伴走支援の際、主体者は相手であり、その意見を尊重する。大切ですね。

井上:
自社/自部署でオーナーシップを持つ場合も、コンサルティングで関わる際も、どちらも一緒で、成功するまで時間とリソースをどう確保し続けるか、が成功を決める全てだと思っています。
自社/自部署でオーナーシップを持つ場合でも、予算確保や社内承認の為に、関係者の巻き込みが必要になってきます。また、コンサルティング案件に関しても、クライアント側の担当が、周囲のステークホルダーからどれだけ支持を得られるかが重要です。

一方で、違いを言えば、コンサルティングの方が、自部署/自社でオーナーシップを持つ場合に比べて、設定する時間軸が短く、取れるリスクが限定的なケースが多い。そういった際には、「小さな成功を早くつくる」「短期的に出る成果を出す」という視点が必要になってきます。
突き詰めると、どちらの場合も、成功するまで皆が応援してくれる体制をどう作るか、にかかっていると思います。昔、中村さんが仰られていたことではありますが「起業家はVC(ベンチャーキャピタル)から資金調達をし、VCから集めたリスクマネーで挑戦をしていく。一方で事業会社も、それまで培ってきた社内の信頼をベースに社内でリソースを調達してきて、次のラウンドまでに成果を出して、さらに調達をしていく」という話をよく覚えています。

金:
この対談セッションでは3つの質問に皆さんに意見をお伺いしましたが、皆さんの回答からも、第一部でご紹介した「構想と実装の一気通貫」「コミュニティやステークホルダーの巻き込み」といったキーワードがつながる内容だったと思います。

Q&Aセッション

Q.ビジネスとデザイン両方を股にかけていく人材のポテンシャルはどうやって見極めていけば良いと思われますか?

中村:
即戦力の場合と、ポテンシャル採用の場合で評価軸は異なるのですが、後者に絞ってお答えします。
ベタかもしれませんが「学ぶ姿勢があるかどうか」を見極めています。ひたすらにその人の過去を聞いていきます。基本的に候補者は、ビジネス・デザイン・テクノロジーのどこかに強みを持っています。
我々と一緒に働く場合には、当然、越境してもらう必要がありますし、場合によっては、総務的な仕事が必要な時もあります。なので、ラーニングマインドセットがあるかが非常に大事です。我々の場合、欲しい人材を「ユーザーに価値を届けられる人」として考えていて、重視することが2つあります。
1つは素直さ。過去のエピソードを聞いた時に成功体験だけでなくて、失敗体験が言える素直さがあるかどうか。2つ目が何かやり切った経験がある人、何か一つ尖りを見つけられる人です。何かやり切った、何か大きな失敗をしました、というストーリーを語れる人は、一定確率で成長するんじゃないかな、と経験則から考えています。

大前:
「勝手に始めて、やり切ってしまう人」が良いと思います。
私が10月までいたShitallという会社で、Mutalkという声が消えるデバイスを発売予定です。それを考えた人は、Panasonic社員ですが、勝手に起案して、Shiftallに協力してもらって、展示会に出すまで一人で持っていっています。商品を出せたということは、人に協力をしてもらってそこまで到達しているし、彼のような人をビジネスデザイナーと呼ぶべきなんだろうな、と思っています。

Q.構想と実装をしていく中で、皆さんの立場であれば、どこかのタイミングで「止めさせる」という判断をすることがあると思います。その止めさせるポイントはどういう視点で判断をされていますか?

中村:
新規事業の場合、成功ばかりではないので、どこかのタイミングで止めさせるのが当たり前だと思います。
なので、質問を置き換えて「どうすれば続けることができるか?」という視点でお話しすると、2つあります。
1つ目は、事業がスケールするかどうか。これは世の中に求められているからこそ、事業として持続可能になり、それがスケールする。その可能性があれば、ビジネス上、売上と利益が出るのでやりましょう、と言い切ることができます。
2つ目は、真逆で、会社の成長戦略に合致するか否か。企業の中で新規事業をやる場合は投資家は会社。その視点で見た時に、会社の中で価値があるかどうか。この全く真逆の2つの評価軸のどちらかを満たしている場合には継続の判断。どちらでもない場合には、止める検討をせざるを得ないです。

大前:
私の場合、実際、Shiftall時代に何個かプロダクトが止まりました。簡単にワークしないサービスの時と、お客さんが振り向かない時は止めます。小さく作れない場合はまずダメ。さらに誰かに見せて、誰にも響かない時は止めるべき。その厳しい事実を認めるからメンバーも納得する。そういった組織構造を早く作る、ということだと思います。


今回は、ビジネス x デザインをテーマに先日開催されたセミナーの内容を紹介させて頂きました。
私の印象に残っている点は、今回のセミナーに於いて、第一線で活躍される皆さん繰り返し強調されていたキーワードが、「デザイン思考」や「デザインアプローチ」などの名詞ではなく、「尖った人材を尖ったまま”活かす”」「共通言語を”つくる”」「一つ一つ課題を潰し泥臭く”やり抜く”」「成果を”生み出す”」という動詞であったことです。

組織・チームとして、軸をブラさず見据えるべきは、成果を生むこと。成果は、行動を通じてのみ具現化される。デザイン・ビジネス・エンジニアなど立場を超えた越境的なコラボレーションは、”尖り”を持つチームの一人一人が、大きな成果創出に執着し、真剣にその達成を目指す過程で生まれる結果である。一般的に、領域横断的な越境やコラボレーションがフォーカスされがちですが、あくまでもそれは目的でなく手段。本当に大切なのはインパクトを生む成果である。厳しくも地に足のついたコトバの節々から、成果を産む為の執念を感じました。

KOELではデジタル社会インフラを支えるNTTコミュニケーションズのデザイン組織として、「愛される社会インフラをデザインする」というビジョンに向かって、構想から実装まで一気通貫の支援をする仕事に取り組んでいます。ビジネスデザイナー・UXデザイナー・UIデザイナー・デザインリサーチャーといった様々なバックグラウンドや個性を持つメンバーが、コンセプト作り・ユーザーの体験設計・UIデザインなどのオモテのデザインを磨くことだけにとどまらず、価値を実装して世に出すべく、社内外含む様々なステークホルダーを巻き込み、ウラのデザインの磨き込みも伴奏支援しています。
これを機会にKOELや私たちが関わるプロジェクトに興味を持っていただけたら幸いです。

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