長崎と秋田で出会った"生きるためのキャピタル"——共創プロジェクト「豊かな町のはじめかた」(3)
こんにちは、KOELのデザインリサーチャー 山本健吾です。
私たちは、数十年後の離れた未来を見据えて事業開発に生かすために、ビジョンデザインというプロジェクトを行っています。2021年度の活動に引き続き、今年度も地域のイノベーションについて実績がある株式会社 リ・パブリックさんと一緒にワークショップを共催しました。
2021年度は「みらいのしごと after 50」と題して「10年後くらいの未来の高齢者って、どんな世界に住んでるの?どんな風に生活しているの?」という観点で「トランジションの時代に働くということ 」について、私たちなりの未来像を描いていきました。
これからの大きな変化を考えると、人口減少・高齢化という観点を無視することはできません。人が減り、高齢化が進む世の中で、今までと同じような暮らしを送ることはできるのだろうか。暮らしの中の豊かさはどう変化していくのだろうか。
そんな問いを出発点に、今回のワークショップのテーマ「生きるためのキャピタル 〜人やまちの豊かさとは何か。地域の人々の知恵や資源から読み解き、構想する〜」を立てました。地域に根差し、土地の人々で継続していくことができる施策にとって押さえるべきポイントを知り、地域の人々が「豊かさ」を感じながら暮らしを送るために必要な要素を探求したい、そんな思いでこのテーマを設定しました。
そのヒントを探るため、2022年の夏、私たちがフィールドワークで訪問したのは、九州と東北、遠く離れた2つの土地です。地域に移住してきた方々のお話を伺い、地域にある特徴的な場所を見て回り、「まちの豊かさ」を探索しました。
ワークショップでは、フィールドワークで見つけた「まちの豊かさ」を他の町でもどう活かすかについて考え、豊かさの要素を表現した「オリジナルの地図記号」と、その地図記号を使って、「未来では誰がどんな暮らしを送っているのか」を具体的に考えながら「豊かな暮らし方のシナリオ」をつくっていきました。
歴史と新しい風が豊かさを織りなす小浜町
長崎県雲仙市小浜町は、移住者によって外から入ってきた新しい流れと地域に元々あった土着性が寄り合い、独特の豊かさを形成しています。
小浜に移住して豊かな暮らしを実践している6名にお話を伺い、それぞれの暮らしに関わりの深い場所について教えていただきました。
以前は商店街組合の事務所だった建物の2階に景色デザイン室が、1階には古庄さんの営む「景色喫茶室」があります。大きなガラス張りの建物で外からよく見えることもあり、地域の人が通りすがりに入って来ることが多く、そこからパンフレットやポスター、商品パッケージやウェブサイトなどグラフィックワークを中心にした仕事の話が始まるそうです。仕事とプライベートの区切りはつけず、混ざり合った生活をしながら、地域のあらゆる職種や世代をまたいでつながるハブ的役割を担う古庄さんには、お仕事で関わっていらっしゃる旅館「伊勢屋」さん、「アイアカネ工房」さん、「アールサンクファミーユ」さんなど多くの場所もご案内いただきました。
大学院在籍中に小浜へ移住以来、フルリモートで自然エネルギー関連の研究の仕事をし、2013年に発電所の実証事業を開始されています。小浜に暮らしながら地域の人と直接対話し、また、研究と地域の両方の立場に身を置くことで違った視点から小浜を見ることができるため、800を超えるアイデアが「小浜でやりたいことリスト」に溜まっているそうです。今はアイディアの実現を徐々に進めているとのこと。一緒にアイデアを進めている方や、ご自身がアイデアを練るための場所などをご案内いただきました。
2012年に小浜に移住後、2019年に「目白工作」を設立しデザイナーとして活躍されています。小浜の歴史を大事にしながら、自分のやりたい暮らしを大事にされていました。日々暮らしを楽しみ、それを積み重ねることが「豊かさ」を生むと考え、地元住民から暮らしの経験を引き継ぎつつ、自身の実践を通して現代に編み直し、その自身の小浜での暮らしの経験値の一旦を、デザインという手段で他者へおすそ分けすることで経済を作ることを考えていらっしゃいました。少しなら誰でも収穫していいハーブ畑や、共有で使える湧水や温泉など、小浜の歴史と今が重なる場所をご案内いただきました。
看護師や看護学校の先生として働いた後、40代後半に草木染めを始めることを決意し、藍や綿を栽培できる場所を探している中、テレビで紹介されていた古庄さんをきっかけに小浜を知り、2013年に「アイアカネ工房」をオープン。染めの体験教室や、自身の作品作りや販売だけでなく、古庄さんの依頼で旅館「伊勢屋」さんの暖簾や神社の御神木で染めた布でお守りを作ったりするなど、小浜のつながりの中でも染め物を提供してらっしゃいました。
長崎県外でのパティシエの修業後、30歳頃ごろに小浜にUターンし、独立を考えているときに、古庄さんや山東さんたちとの交流を通じて、「ここにしかない食材と自分の技術を掛け合わせたかたち」を目指し、アイスソルベ専門店「アールサンクファミーユ」として独立されました。移住者からさまざま様々な情報やスキルを教えてもらおうとする柔軟な姿勢を持ち、「UターンだけでなくIターンで小浜に移住した人も大事にして、みんなで仲良くやっていけば、もっと面白い町になる」という考えをお持ちでした。
地域に根ざし続ける豊かさを生みだす五城目町
秋田県南秋田郡五城目町は、地域の持続性を高めるために、スタートアップを支援する仕組み「ドチャベン」を成功させたりと、地域密着型を意識したビジネスが多い地域です。移住してきたりUターンで戻ってきたりと、バックグラウンドが多様な6名の方々にお話を伺いました。
2010年にハバタク(株)を立ち上げ、ご自身にゆかりのあった東京都千代田区の姉妹都市である五城目に出会い、地域おこし協力隊として五城目へ移住。そこで解体されかけていた茅葺古民家と出会い、シェアビレッジ・プロジェクトを始められました。「五城目には東京とは異なる経済圏があり、資本主義からこぼれ落ちた潤沢な資源がそこら中にあって、楽しく暮らしながら働けることが五城目で仕事をするやりがいになっている。」とのことでした。
産後の母親たちを支援する一般社団法人ドゥーラを立ち上げたり、廃校オフィス「BABAME BASE」を委託運営するドチャベンジャーズで理事を務めたりされています。「五城目は安心感のあるコミュニティがあるからこそ、支え合って、子育てをしながらもいろんなことに挑戦ができる。」と語ってくださいました。小さな子どもを連れてランチを食べにきている母親に対して、その場に居合わせた人々が抱っこを代わってくれる、そんな東京では起こり得ないことが起こったり、暮らしと子育てと仕事とやりたいことを掛け合わせてバランスをとりながら暮らせるのも、五城目の魅力なのだそうです。
大学卒業後すぐにUターンして、造り・火入れ・貯蔵・流通などを改革し、美味しい五城目の地下水を使ったり、五城目の農家と酒米を作ったりしながら、五城目の豊かさを生かすお酒造りをされています。また、お酒よりも五城目の良さを広げることを意識し、五城目の文化や継承しているものが見える場としてカフェHIKOBEや、前述の丑田俊輔さんたちと地元温泉復活の挑戦も始めたそうです。
2022年度から行政の取り組みである集落支援員をされてらっしゃいます。五城目では「お互い様」のつながりの中で生きていることを実感でき、暮らしと仕事を境目なく地域の人たちと共有している感覚があるのだそうです。自分にとっての心地よさを追求することで、関わりのある方々の幸せにも自然と繋がることを目指し、集落支援員として地域住民の輪の中で言葉にならない想いにも耳を傾け、それらを形にするサポートを実践されていました。
シェアビレッジ・プロジェクトの“村民”初の移住者として、2015年から茅葺古民家の家守を担い、2020年に丑田俊輔さんが設立したシェアビレッジ株式会社でキュレーターとして利用者の伴走支援活動をされています。以前は、僻地医療に関わる人材を育てる大学で、人事担当として若手の医師を地方に送り込む仕事をしていて、そのときに僻地医療などに関わったことで芽生えた「地元で何かやりたい」という願いをいま実践できている、と語ってくださいました。
昭和40年創業の「佐藤木材容器」の3代目となる木工職人。工業高校で建築を専攻したのち、仙台の美容学校へ進学。その後、Uターンし、現在は木工職人としてお盆やコースター、お皿などの生活に即した木材の容器を手掛けてらっしゃいます。「秋田杉を用いてものづくりをすることに意味を感じている。かつて盛んだった五城目の林業を通じて秋田杉を使っていくことで、本来の森に戻っていくことの手助けをしている」と言うお話が印象的でした。
インタビューの後は、五城目の今と歴史を感じられる場所を巡りました。室町時代から約500年以上も続く「五城目朝市」や、廃校になった小学校校舎を活用したシェアオフィスでそこにいる人たちの自然な会話が生まれる「BABAME BASE」、まちの遊休不動産を地元住民がリノベーションして地域の誰もがただであそびに来れる自由空間「ただの遊び場ゴジョーメ」など、バリエーションに富む様々な場所は、五城目に住む人たちの暮らしに寄り添っていました。
「あたらしい町の見え方」を浮かび上がらせるワークショップ
さまざまな気づきや学びを得られたフィールドワークの後は、ワークショップを行い、KOELとリ・パブリックの皆さんのみならず、九州大学、長崎大学、高知大学、国際教養大学、秋田公立美術大学から計10名の学生の方にもご参加いただきました。
最初のステップでは、自分の住む町とフィールドワーク先の共通点や違いを整理していきました。まず、参加者に出されていた事前課題の共有から始めました。事前課題のお題は《自分のまちの「豊かさ」を感じるお気に入りスポットTOP5》。お気に入りのお店や公園といった特定の場所もあれば、駅までの通り道のようにエリアやそこを通り抜ける時間を指していたりと、人によってその内容はさまざまでした。「豊かさの定義は人によって違う」という事実に触れつつ会話を重ねることで、「絶対的な豊かさはないのでは?」という問いが浮かんできました。
次に、フィールドワークで気づいたことや学んだことを話し合っていきます。インタビューで聞いた印象的な話や、フィールドワークで訪ねた場所とそこで感じた豊かさを付箋に書き出して、「この場所はこんな役割を持っていそうだよね」「あの話とこの場所って関係するんじゃない?」と熱いディスカッションを繰り広げていきました。
次のステップでは、インタビューやフィールドワークで得たものをベースにして「まちの豊かさ」についてディスカッションしていきました。事前課題の共有で見えた「自分が豊かさを感じるポイント」も意識しながら、フィールドワーク先で見つけた豊かさを付箋に書き出し、A0サイズで印刷した地図に貼って「豊かさマップ」を作っていきます。実際に地図上に置くことで、場所と場所の関係性や、場所を通して見える住民の方々の暮らしなどが可視化され、さらにディスカッションが深まっていきました。
最後のステップでは、“オリジナル地図記号”とシナリオを描きました。“オリジナル地図記号”は、その場所が豊かだと感じる理由=「豊かさポイント」を表現したものです。「地図記号」という抽象的・普遍的な形に落とし込むことによって、フィールドワーク先にしかない豊かさではなく、他の町にも存在する豊かさであることを意識しながら作っていきました。
出来上がったオリジナル地図記号の中から、例として「選ばれ道」をご紹介します。
みなさんの暮らしの中にも、このような道があるかもしれません。例えば、職場や学校への行きと帰りで違う道を通ってみたり、雨が降った時だからあえて通ってみる道があったり、考え事を巡らせるためにゆっくりと歩く道であったり。こんな形で「自分達の町にもある・あってほしい、暮らしの豊かさを作ってくれるスポット」をたくさんのオリジナル地図記号にしていきました。
フィールドワークで見つけた町の豊かさを、オリジナルの地図記号として表現して地図上に置いていくことで、「この地図記号は細い路地によく置かれる」といった豊かさと地形の関係性や、「この地図記号とあの地図記号は近くにあることが多い」といった豊かさ同士の関係性などを見ることができ、新しい「町の見え方」を見つけることができました。そんな多くの気づきをもとに、小浜と五城目、どちらの場所でも、二日目の最後には各チームのプレゼンテーションを行いました。インタビューでお話を伺った方々にも参加いただいて、皆さんから貴重なフィードバックをいただき、実りのある発表になりました。
学びの多いフィードバックをたくさんいただきましたが、その中から小浜町の山﨑さんのコメントをご紹介します。
終わりに
限られた時間の中ではありましたが、普段とは違う場所、普段とは違う視点で「まちの豊かさ」についてじっくり考える、密度の高いワークショップでした。2つの場所でそれぞれ凝縮したスケジュールでしたが、リ・パブリックさんのご準備やアテンドいただいた方々の充実したサポートのお陰もあり、人口減少の中で作られる豊かな暮らしのイメージを具体化していくことができた、気づきの多いフィールドワークとなりました。フィールドワークから持ち帰ったものをもとに、「豊かなまちってどんなものだろう、豊かな暮らしってどんな暮らしだろう、豊かな町をつくるにはどうしたらいいだろう、豊かさってなんだろう」という議論を交わしていきました。その中で見つけたものが、地域に豊かさをもたらす "ゆらぎ" や、持続可能な豊かさを生みだす5つの仕掛けでした。最後にご紹介したワークショップの具体的なお話は次の機会にご紹介しますので、お読みいただけると嬉しいです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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