KOEL×ヨコク研究所トークセッション「リサーチとデザインのあいだ」前編
こんにちは、KOELの池田です。今年1月にリ・パブリックさん、ヨコク研究所さん、私たちKOELの3者でトークセッションを開催しました。
開催地はコクヨ株式会社さんのオフィスであるTHE CAMPUS。街に開かれた、“みんなのワーク&ライフ開放区”として、多様な価値が混ざり合い、新しい化学反応を生み出し続ける実験が行われるスペースになっています。セッションのテーマは「リサーチとデザインのあいだ」。3者の共通点から、これからの社会とデザインの関係性までお話しいただいた内容を前編・後編に分けてお届けします。
ヨコク研究所とKOELの共通点
市川:
リ・パブリックの市川と申します。リ・パブリックはヨコク研究所(コクヨ)さん、KOELさんそれぞれと協業する機会をいただいておりまして、偶然か必然か、双方似たような問題意識に対してリサーチを行なわれていらっしゃいました。
KOELさんは未来の仕事について「これからの社会の中で人生100年あったとしたら、働き方はどうなるんだろう?どのように変わっていくんだろう?」という問いのリサーチを行っておられます。『みらいのしごとafter50』と題した書籍も作っていらっしゃいますね。
一方でKOKUYOさんは、オルタナティブな働き方をリサーチされていました。『コクヨのあしたのしごと〜アジアの実践者と考えるオルタナティブな未来〜』という書籍に、普段知ることのできないアジアの社会起業家について、彼 / 彼女らがどのようなモチベーションで仕事をされているのかをまとめていらっしゃいます。
せっかくこれだけ共通したテーマが扱われているので、「この2つには違いがあるんだろうか?違いがあるとすればどのような違いなんだろう?」というところを紐解いていきたいというのが今回の趣旨です。てっきり10人くらいの規模を想定していたのですが現在80人近くの方に観ていただいているということで…我々が一番緊張しています(笑)。
それでは田中さんから、KOELのリサーチについてご紹介いただけますか?
田中:
KOELの田中です。本日はよろしくお願いします。現状KOELで実施しているリサーチプロジェクトの傾向としては現状調査や業界動向、仮説検証や未来洞察が多いかなと。
現状調査のような "今" の話から、業界動向のようなトレンドを察知してどう手を打つか、未来洞察をして「未来こういうことが起こるからじゃあこうしよう」というバックキャスティングのアプローチのためにリサーチを活用しています。
未来洞察の中で「ビジョンデザイン」という動きをKOEL内で定義して力を入れています。10年後、20年後の離れた未来を見据えて、事業開発に生かそうとしています。
そのビジョンデザインの営みとして、昨年度リ・パブリックさん、YCAM(山口情報芸術センター)さんと一緒に取り組んだのが、こちらの『みらいのしごとafter50』です。
未来洞察をやっていると人口減少の話題は必ず出てくるんですけど、具体的な暮らしの変化、人口の約3分の1が高齢者になった世界を知りたいと思ったのがきっかけです。
まず「高齢者の方はどうやって暮らしていくんだろう?」というところからフィールドワークしましたが、実際に見つかったことは全然違うことだったりしました。仮説を実証するだけでなく、本質を見つけられるのがビジョンデザインの面白いところですね。今年は『生きるためのキャピタル』と題して、長崎県と秋田県をフィールドワークしています。「人が減り資本主義という価値観が崩れた中で、豊かに過ごすにはどうしたらいいか?」を調べました。
市川:
フィールドワークに入る前に "お作法" をわかってないとあっという間に時間が過ぎてしまうようなことってありますよね。『みらいのしごとafter50』の本には丁寧なガイダンスも入っていたりするので、フィールドワークに入る前にこれだけ準備をするといいというのがわかるのでぜひ読んでもらいたいです。
コクヨのヨコク研究所
山下:
ヨコク研究所所長の山下です。これまでは"働き方の研究者" と自己紹介していたのですが、ヨコク研究所設立以降は、働く以外の学びや暮らし、オルタナティブな未来社会のあり方を幅広く研究しています。
江藤:
江藤と申します。コクヨに入社して9年目です。インキュベーション推進ユニットという部署に所属しています。
ヨコク研はリサーチを担っている部署で、私はオープンイノベーションなども担当しながらこの活動に関わっています。
山下:
ヨコク研究所は、昨年の1月からスタートしました。「主体性ある未来をヨコクする」がわたしたちのテーマで、"予測" ではなく "予告" するというところがポイントです。
コクヨという会社は創業から119年目。最初は和式の帳簿の表紙の製作からスタートして、人々の生活によりそう形で事業を展開してきました。
企業が未来を語る困難さに直面しているのが現在。以前だったらリニア(=直線的、線形的)に科学技術とともに社会も発展していましたが、既にその方程式は崩壊している。さらに現在では今までのように中立的な存在になることも出来なくなってきていて、常に「あなたはどっちにいるの?」を突きつけられます。
過去にやってきたことに対しても様々な責任を問われている。例えば、過去に遡ってCO2をオフセットしなさい、ということが求められるわけです。
このように過去も現在も未来も塞がっているように思われて、自社を棚に置いて客観的な立場から予測する行為自体が困難になってきている。そこで未来を予測するのではなく「未来をどうしたいのか」「自分たちはどうありたいのか」という主体性を伴った未来を宣言していくのが大事だと考えました。だからコクヨというのを文字って "ヨコク" と呼んでいます。
それに合わせてコクヨの企業理念も「be Unique.」に刷新しました。商品としてのユニークさだけでなくその人に寄り添っていきたいと考えています。
また多様性の尊重と集団としての調和を両立する社会、自律協働社会を提示しています。これも「じゃあどういう社会なんだっけ?」というのをまだ定められてなくてみんなで探索している状態です。
我々も実はKOELさんと同じくイノベーションセンター内に位置付けられています。どの事業体からも独立した組織で、5人くらいの鍋がつつけるような規模感です。
研究所の活動は「リサーチ」「エンパワメント」「プロトタイピング」の大きく3つで展開されています。
はじめに「リサーチ」は自律協働社会の解像度を高めるために行っています。例えば『あしたのしごと アジアの実践者と考える、オルタナティブな未来』という本を作ったり。他にも鹿児島がユニークな活動をされている方が多いことを聞き、現地調査をしたレポートなどもリリースしています。
つぎに「エンパワメント」は、社内外に対してリサーチで見えた知見を発信しコミュニティを形成する活動です。例えば、インナーコミュニケーションを通じて社員の未来洞察に対する感度を高めたり、社外に対してはこうした活動に共感するファンをつくることを行っています。
ファン作りに関連しては、『ファンダムエコノミー入門: BTSから、クリエイターエコノミー、メタバースまで』という自分たちのリサーチから学んだことも活かされています。いまK-popを中心にエンタメビジネスにおけるファンがこれまでの受動的な存在から価値創出をする存在へとゲームチェンジが起こっていて、新しいオープンイノベーションの形式として参照しています。
最後に「プロトタイピング」については、エンパワメントしたメンバーたちと未来の兆しを具体的な形にする活動です。大きいものだと大阪万博に参加したり、リ・パブリックさんと日々の生活に自律協働社会をどう取り込んでいくのかを「自律協働のエクササイズ」と題して映像作品を作ったりもしています。
ちなみに今わたしたちがいるこのTHE CAMPUSもプロトタイプの一つで、さまざまなパートナーやファンの皆さんと繋がっていくための場としてのプロトタイプと言えます。
「FUN AND OPEN」がヨコク研究所のスタンスです。未来を考えるとどうしても悲観的に、未来が "暗い敵" になってしまい委縮しがちなので、楽しさを重要視したいと思ってやっています。
「社会課題を解決するのは我々でなくてもよい」という考えのもと、基本的にすべての活動の成果を開示して、意欲のある人たちを後押しできるようにしたいと考えています。
そして研究の対象としてアジアに対するこだわりもあります。今までは先進的なリサーチやプロトタイピングは欧米圏から取り入れることが主流でした。しかし自律協働社会が自らの意志を大切にするということを鑑みれば、広い意味での地盤であるアジアから発信していきたいと思っています。
デザインリサーチを社会の変化から考える
山下:
今日この時間では、リサーチをどのような観点で取り組んでいるのか、企業活動とリサーチの間にどう繋がりを作っていけるのか、ディスカッションしたいと思っています。
市川:
実は私もメーカーに勤めていたことがあり、その時は "R&D" と言ったら "リサーチとデベロップメント" でしたね。「どういう技術を使っていくのか」という視点が強い。そこから調達、売る、運ぶ。そこまで非常に直線的だった印象があります。
そして、これまでの直線的なモデルは予測不可能な未来には対応できないんですね。
ヨーロッパの事例ばかりで恐縮ですが、ダブルダイヤモンド(※1)の事例など、まずは何が必要なのか探索してから作ろうという動きが出てきました。
まずは何を作るべきかを見定めて、ちゃんと作ろうという考えですね。
※1 ダブルダイヤモンド
英国デザイン協議会で発表された課題解決のためのモデル。「課題を発見」するフェーズと「解決策を発見」する2つのフェーズに分かれており、それぞれで発散と収束を行い適切な課題、解決策を発見する。
一方これだけでは立ち行かない、というのもわかってきました。近年のサービス、例えばUberのように誰がユーザーで誰がプロバイダーなのかわからなくなってきたんですね。確かにスマホ1つで完結するような仕組みが生まれた。1つのサービスのエクスペリエンスデザインとしては完璧でした。
ところが、カメラを引いて都市のレベル、社会のレベルで見てみると、NYでは公共交通機関を使っている人が減っているんですね。いつ道路を使っても混雑している。明らかにライドシェアが出てきてから公共交通機関の利用が減っていることがわかりました。
さらに配達サービスの競争加熱、過当競争の結果、新品の自転車が何千万と捨てられている。
「これっていいんだっけ?デザインとして成功しているんだっけ?」は考え直さないといけない。
サービスデザインの際には、街や社会がどうなっているのかを考える、未来がどうなるのかを問題提起する必要が出てきています。都市や国を含めた広がりと、時間軸としての広がり、全体としての視野を持ってデザインすることをしないといけなくなってきているんですね。
デザインリサーチが「デザインそのもの」になる
市川:
この課題について、デザインに関わるいろんな組織が探索しています。スウェーデンの国立建築デザインセンターArkDesはシンクタンクを内部に作っています。5人くらいの少数精鋭で、建築の展示だけでなく、ASMRの展示なんかもやっています。
上記はスウェーデンのイノベーション庁(VINNOVA)の協力のもと、都市と協働している取り組みです。最初は4箇所でプロトタイプして、今は9つやっているそうです。このパーツを提供しているのがArkDes、何を実際にインストールするかは住む人が選びます。
これを指して「ミュージアムではなくパブリックライフ」と言っています。過去を展示するでも今を定義するでもなく、未来を定義して回収する営みです。
道路は社交の場なので、物が売られ、車が走り、いろんな複合的なことが行われる。どんなコンフリクトがきてどう解消されるのかが面白い点です。
デザインのためにリサーチするのではなく、デザインとリサーチを一緒にやりながら予告する仕掛けを作るのが最近起きていることです。ロンドンのデザインミュージアムも、リサーチって何?という展示をしています。
また、2021年に気候変動をテーマにしたデザインリサーチのためのナショナルプログラムFuture Observatoryを立ち上げました。3年間で国から約40億円もの資金を受け、それらを大小さまざまなデザインリサーチに振り分けて、気候変動に対して具体的に策を練っています。
これからのリサーチとデザインは、プロセスがかなり変わっているのではないかと思っています。場所に関わりながら、ただ場所をリサーチするだけでなくデザインを一緒にやっていくのが大事。デザインリサーチがデザインそのものになった時代に入ってきているのではないか。こういったことをこのメンバーでお話していきたいです。
前編はここまで!後編では、社会とリサーチ、デザインに対する視点を登壇者の皆さんへのQ&Aセッションの形式でお聞きしていきます。