神戸市長田区から見えてきた「多文化共生のレベル」とは——共創プロジェクト「多彩な文化のむすびかた」(5)
こんにちは、KOELの田中友美子です。
前話では、フィールドワークで訪れた兵庫県神戸市長田区で、長田で暮らす外国人の方々、外国人と関わりのある方々に伺ったお話から、「多彩な文化のむすびかた」につながる6つの気づきがあったことをお伝えさせていただきました。
その中の「1. 共存・共生にはステップがある」という気づきについては、特に心に残るものがありました。長田の文脈を離れて考えてみても、共存・共生のレベル感や、それを乗り越えていくステップには、異なるものが交わる時や多彩な文化がむすばれる時に共通的に起こる「段階」が見えたからです。
共生にはレベルがあるのではないか
長田で伺ったお話の内容、参考資料となった様々な事例をじっくりみていると、大前提となる心構え、お互いの理解を深めるための接点づくり、一緒に何かをやっていくための仕掛けなど、扱う関わり合いの内容によってレベルの違いを感じました。それをまとめて見ると、5段階のレベルに分かれるように思えました。
こうして並べてみると、まず「共存(お互い静かに暮らせる関係)」と「共生(お互いに協力する関係)」 の境目が、レベル2と3の間に存在することがわかります。そして日本における多文化共生の事例には、レベル1-3が多いことにも気がつきます。共存を目指して取り組みを行う地域が多いのが現状で、ここから共生に向けてできることがたくさんありそうなことが見えてきたりと、レベル感を意識することで、全体の理解の解像度が上がってきます。
共存に向けて、まずは、心構えから
多文化共生における衝突の発生には、無意識に自分の中の「常識」を相手に求めてしまい、その期待が裏切られることが原因となることがよくあります。実際にフィールドワークでも、「日本人側が感じる問題点はいつの時代も同じで『ゴミの捨て方』と『うるさい』の2点だ」というお話も伺いました。こうした衝突は、自分たちの「常識」を説明せずに、追従を期待していることから起こることも多いのではないでしょうか。例えば「こんな夜中に大きな音を出してうるさい」という不満も、夜中とは何時以降のことなのか、大きな音とはどのくらいの音量なのか、などが具体的に定義されなければ、主観的な意見になってしまいます。
「常識」の違いは、お互いの見解を開示し、合わせていく必要があります。まずは「自分と他者の常識は違う」ということを理解し、歩み寄り、妥協点を作っていくことが、「共生」の一歩手前の、お互いに平穏に暮らせる「共存」に向けての最初のステップだと思います。
レベル 1:違うということを知る
ステレオタイプからの憶測をせず、違うという事実を受け入れること
多文化共生への第一歩は、「人種や所属の違いに関わらず、そもそも人間はみな一人一人が違うことを理解する」という当たり前の認識から始まります。自分と違うバックグラウンドの人と接する時には、習慣・価値観も違う、「当たり前」を計る物差しも違う、そのことを頭においておく必要があります。自分たち側のルールに乗っかってもらいたい時には、ルール策定の背景や理由を説明すると、理解しやすく覚えやすいことも多いと思います。また、使う言語が違う場合には、多言語で表記する、絵や写真で補足する、やさしい日本語 で言い換えるなど、伝え方に工夫が必要だったりします。多数派として少数派を受け入れる時にも、少数派として多数派に入っていく時にも、お互いに「違い」を認め合い、向き合う姿勢が、まず必要になってきます。
レベル 2:暮らしで関わりを持つ
暮らしの中で継続的な関わりを持つことで、地域のルールを共有し、新しいやり方を見出すこと
お互い静かに暮らせる関係を築き、共存を実現するためには、日常生活の中で継続的な接点をもつことが重要になってきます。暮らしを起点とした接点がないと、ローカルルールの共有や、小さな問題の解決がされず、お互いの不満が蓄積しやすくなってしまいます。
コミュニティの中の多数派・少数派の交わりは自然に生まれにくいので、お互いに意識して接点を作れると良く、会釈以上の挨拶・会話が持てると最高です。違いの多い関係性の場合に、接点の頻度を多くして擦り合わせを行うことが、お互いに心地よい暮らしを営むために必要です。
大切なのは、多数派は歩み寄り、少数派は気後れしないこと。互いに否定したり強制したりしないこと。そして折り合いのつかない部分は一緒に新しいやり方を模索しながら作っていくことです。
共生に向かうためには、仕掛けが必要に
多文化共生とは、「国籍や民族などの異なる人々が、互いの文化的ちがいを認め合い、対等な関係を築こうとしながら、地域社会の構成員として共に生きていくこと」 を言うそうです。「共生」を目指す時に必要になってくるのが、この『対等な関係を築く』という点です。
対等な関係って?を深く考えてみると、「与え合える」ことが大事なのではないかと気がつきました。与える側と受け取る側が固定的で一方向だと、上下の関係が生まれることがよくあります。この「どうぞ」と「ありがとう」の関係が相互方向になった時に、上下の関係が薄まり、対等さが生まれてくるのではないでしょうか。背景が違う人がこうした関係を作るためには、与えられることを見つけたり、信頼関係を構築したりと、いくつかのステップがあるようにも思えます。それらを3つのレベルでまとめてみました。
レベル3:一緒にやることがある
やってみることで、共通の目的を達成したり、お互いの得意技を知ったりすること
多くの地域では、「一緒にやること」で一歩進んだ交流を仕掛けようとしているように見えます。お祭りやイベントなどが、この「一緒にやること」を作りやすい仕掛けです。お祭りの準備には様々な種類のやるべきことがあるので、自分ができそうなことを見つけやすく、集団の中での役割を獲得しやすい環境です。そうして自分の役割を見つけたり、目的を共有したり、一緒に何かを達成することで、集団の中に居場所ができていきます。
準備の中でのやりとりや会話の中で、お互いの習慣・価値観について知ることができたり、お互いの得意技を知ることができるのも、繋がりを深める重要なことです。
レベル4:与え合える関係性をつくる
与え合うことで、信頼を構築し、対等な関係性を構築すること
自分ができることや自分にしかできない得意技を見つけ、その得意技が集団の中で共有できていると、与え合える関係が築きやすくなります。例えば、DIYが得意な人が隣家のドアを直してあげ、お礼に釣ったお魚を分けてもらう。重い荷物を運ぶのを手伝ってもらったお礼に、家で採れたお野菜をあげる。こうした両方向のやりとりが継続的に起こると、関係性が深まり、お互いに信頼感が芽生えたりします。
レベル5:決定に参加できる
制度的な部分でも意見を述べ合うことで、より平等な権利を獲得すること
今回のフィールドワークでお話を伺った中にも、制度的な難しさに関する言及が多く含まれていました。多文化共生を推進させる法律や制度などの大きいものから、地域のルールを決めるなど身近なものまで様々ですが、既存のルールは、多数派である受け入れ側が決めている印象が強くあります。共生の究極的なゴールは、多数派少数派に関わらず、平等な権利を持って、ルールや制度に関わる決定に参加できることだと考えます。多数派側の人は、慣習や既存の仕組みにとらわれすぎたり、継続を前提としないこと。少数派は一員としての気概を持って意見を発すること。そして、両者が多様な意見を受け入れ、平等な目線で考慮し、最適な形で反映することができると、本当の意味での共生が実現できるのだと思います。
このレベルは多文化共生以外にも存在する
今回のフィールドワークから考えた、この共生の5つのレベルをじっくり眺めていると、この構造が日本人/外国人という国籍の違いを中心とした多文化共生だけのお話ではなく、あらゆる異なる価値観・背景を持った人同士が関わり合う際にも同じことが言えるのではないかということに気がつきました。
日本人同士でも、転校生が新しい学校に入る時、移住者が地域に馴染んでいく時、会社が合併するような時などにも同じような過程があるように思うし、LGBTの社会運動なども、近しい過程を乗り越えているように思えます。
これからの社会は今まで以上に違いを受け入れ、共生していく態度が求められる場面が増えることを考えると、暮らしの中で「違い」を乗り越えて、お互いに豊かな暮らしを実現するために、今回見つけた共生のレベルを意識しておきたいと思いました。
これから人口減少が加速する日本では、国外からの人を受け入れていく必要性が高まり、共生のスキルの重要性が上がってくると思います。異なる背景の人たちが、それぞれに幸せを感じ、それぞれの豊かさを実感することができると、日本が世界の中でも、暮らしの拠点として選ばれるようになるのではないか。そうした日本にしていくために、多文化共生に限らず、他のいろいろな共生をこれから実現していくために、共生のレベル感を意識しながら、日々の暮らしを豊かにできると良いなと思っています。
今回、長田でのフィールドワークで見つけた共生に向けたレベルが、多くの人の生活の中で活用され、よりインクルーシブな社会が広がると、もっと素敵な日本になりそうです。
*1: 岡崎 広樹(芝園団地自治会事務局長)「隣近所の多文化共生」の課題─芝園団地の実態と実践から─より引用。
*2: 日本に住む外国人に情報を伝えたいときに、やさしい日本語を活用することも有効で、文化庁でも、在留支援のためのやさしい日本語ガイドラインを提供しています。
*3: 総務省:多文化共生の推進に関する研究会報告書より
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