【授業のためのICT入門】オンライン教材の利用時に気をつけたいこと
ICTを活用するメリットのひとつに、「シミュレーションができる」というものがあります。特に理数系の単元に関しては、言葉で説明してもイメージとして伝えることが難しいものや、実際に手を触れてみることができないものもあります。そうしたときにコンピューターを使って「実験」してみることは、より深い理解につながるのです。
まだインターネット黎明期の1995年ごろ、私は大学院の卒業研究のためにMacintoshを使っていました。MacintoshにはHyperCardというオーサリングツールがあったのですが、これはMac OS用に開発された、カード型のハイパーテキスト作成ソフトウェアで、複数のカードにテキストや画像をレイアウトして、スクリプトをボタンなどと連動させることで、簡単なデータベースやゲームなどを作成できるものです。
自分では研究用に読んだ論文のデータベースなどを作るだけでしたが、ネット上にはHyperCardで作成されたスタック(ファイルのこと)がたくさんアップされていて、専用のソフトを使うとダウンロードすることができました(もちろん大学のLAN環境でないとダウンロードなどできない時代でしたが……)。
その中で興味を持ったのは、実際には目にすることができない科学的な現象を再現できるものでした。脳のシナプス間の情報伝達がどう行われているのかを図式化しているのですが、PC上で化学伝達物質の量や種類を調節してどういう状態になるかをシミュレートすることができたのです。
私の研究分野とはまったく違う分野だったためか、余計に面白く、何度も試しました。いま提供されている教材とは比較にならないくらい稚拙なモデルでしたが、それでもアニメーションや動画で見るのではなく、自分でバーチャルの実験(しかも本当ならばできない実験)をすることができる、これがコンピューターの醍醐味であると興奮しましたし、そのおかげで「伝達」の動きをいまでも忘れないでいられます。
それから25年近く経ちました。いまネット上では様々な教育用のツールやサービスが提供されています。有料のもの、無料のもの、レベルも精度も幅広いものがあります。それらの中で授業のめあてに合致するものを見つけ、子供たちと一緒に使ってみるということも、ICT利用の一つになると思います。
例を挙げましょう。先述したHyperCardで私が体験したようなシミュレーションがもっと進化したのが「PhET(フェット)」(https://phet.colorado.edu/ja/)です。PhETはコロラド大学ボルダー校が発表しているプロジェクトで、理科系科目のシミュレーション教材がオープンソースで公開されていて、無料で使うことができます。
現時点で扱われている科目は物理、化学、生物、地球科学、数学です。発信がコロラド大学なので英語のサイトですが、シミュレーターの多くは翻訳されていて、日本語の対応もほぼできます。対象は中高生。解説を聞くこともなく、純粋なシミュレーションなので、先生方の授業の中に取り入れることが可能です。
学年が上がるにつれ理系が苦手な生徒は「避けたい」という気持ちが生まれますし、教科書や資料集を見てよくわからなければ、自主学習も難しくなります。そんなとき、こうした“オンラインの実験”に触れることで興味をもち、授業に耳を傾けてくれるようになるかもしれません。
理系の教材のほかにも、『ネット社会の歩き方』(http://www2.japet.or.jp/net-walk/index.html)という、情報モラルのシミュレーション教材などもあります。また、オンラインの英語パズルなど、本来教材ではないものでも、使い方によっては効果的なものもあります。
ただ、こうしたオンライン教材の活用には注意点があります。それは、教材を選ぶ際の順番です。オンラインの教材(例えばこのPhET)にアクセスすると、様々なシミュレーションの一覧が表示されます。楽しいし、わかりやすいものが多いですから、いろいろと使いたくなるでしょう。
しかし、大事なことは「なぜ」この教材を使うのかを先生自身が自分に説明できるかです。「この教材を使いたいからそれに関連した授業をしよう」ではなく、「こういう授業をしたいからこの教材を使う」という順番を心がけてください。
以前にもお伝えしたように、「授業のめあて」が最初なのです。オンライン教材を使うことが目的になってしまってはなりません。生徒たちがそのシミュレーションを利用することでどうした問題が解決できるのか、そのことを念頭に置かないと、単に「楽しい授業」で終わってしまう可能性があります。
また、オンラインの教材は国内のものばかりではありませんし、無償のものや海外のプロジェクトなどの中には、学習指導要領に準じていないものもたくさんあります。そのためまずは先生方がいろいろと検索して体験されてみるのがよいと思いますし、そうすることでより効果的に使うアイデアもたくさん湧いてくると思います。
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