メーカーさん、売る気ある?:製品の生産数と「歩留まり」を考える
「お前コンソールゲーム機なんか買わんだろ」というツッコミは大変ご承知の上でバナーを適当に作ったワケですが、そのツッコミ通りコンソールゲーム機、いわゆる「家庭用ゲーム機」なぞこれっぽっちも持ってない香月です。最後に置いてたのはたぶん友人が「いらねぇからそっちに送るわ、着払いで」とか言って送ってきやがったPS3スリムあたり。そのPS3も何故か弟に強奪され(その前にはPS3初期型も持ってかれた)、我が家に「ゲーム機」と呼べそうなものといえばまさかのニンテンドーDSLite。発売とほぼ同時期に偶然にも近くのゲーム屋さんに定価で普通に置いてあったのを買ったので、もうかれこれ15年前。新品で買った最後のゲーム機でもあります。
そんなくらいにはコンソールゲーム機、ようはPS4だのPS5だのXBOXだのニンテンドーSwitchだの、ごく普通に「ゲーム機」と言われて思い浮かぶようなものは実は何一つ持ってない私が書く内容なのかと我ながら疑問符が浮かんだワケですが、これが今の世の中ゲーム機に関わらず各方面で大問題を次々と起こしているので、他人事じゃなくなってきた次第です。
そう、転売ヤーです。
今回はそんな高額転売騒動が余裕で、さも当たり前のように発生している原因について、ちょっと別視点から見てみようと思います。
その前に:高額転売ヤーに一切の情状酌量無し
この記事で言う「転売ヤー」の定義としては、「自身で使用する前提が全く無く製品を購入し、或いは購入権を入手し、他者へ製品の定価と同じ、もしくはそれ以上の価格で再販する者、或いは行為」とします。まぁだいたい世の中の「転売ヤーふざけんな」系の方の認識とは一致しているものと思いますが、単純に転売だったとして、例えば「定価より安く販売する」というのは定義から外れる事になります。
……ですが。考えてもみてください。そもそも転売問題が発生するほど入手困難な製品を何らかの形で入手して、それを自分で一切使わない、開梱すらしない状態で、他者にメーカー定価や実勢販売価格より安価に譲り渡す(再販する)って、ありえますか? どっかの石油王ですか? 義賊ですか? それともただのバカですか? Youtubeでもなんでも良いですが、こうした人気製品を何らかの形で入手してのプレゼント企画、なんてのはまぁあるかもしれませんが、それはあくまでプレゼント企画というプロモーションの一環です。その製品を入手する過程で他者と不平等な手順を取っていない、つまり「普通に買いに行って普通に買ってプレゼント企画にする」のであれば、それは大本となる何らかの企画(Youtubeの視聴者数を増やすとか、Twitterのフォロワー数を増やすとか)のプロモーションコストであって、全く話の違う事であるわけです。これまた当然ではありますが、「その製品を入手する過程で他者と不平等な手順を取った」場合はアウトな上、それはもうただのバカとしか言えないワケですが、ようするにそういう事なわけです。
また、仮にオークションなりフリマアプリなり、何ならAmazonでも楽天でも何でも良いですが、「自身が販売者となって他者へ商品を販売する」ようなサービスを利用する場合、当然ですが各サービスの利用手数料が発生します。Amazonや楽天などの経路は詳しくないので、身近な所になるオークションやフリマアプリ等であれば、おおよそ「販売価格の10%」が手数料として発生します。会員登録等の関係で上下する事はあるでしょうが、少なくとも「定価の5万円で買ってきた製品を、何らかのサービスで5万円で販売する」という「定価どおりで販売する」行為を行った場合、例えば手数料10%(5,000円)だったとして、販売者の手元には45,000円しか残らないわけです。赤字です。見紛うことなき赤字です。
そういう方がいないというわけでは無いのかもしれませんが、昨今で問題となっている「転売ヤー騒動」ではそんな涙ぐましいものはサッパリ見られません。記事バナーにも載せた通り、PlayStation5のデジタルエディションで販売価格は39,980円(税別)。「オープンプライス」が吹き荒れる中珍しく、どうも本製品においては「メーカー希望小売価格」、いわゆる「定価」として発表はされたようですが、ソニーの展開する「ソニーストア」でのプライスもこの金額のようです。んで、もっかいバナー見てください。Amazonで掲載されていた販売品の画像で、こんなもの今どきワンサカ出てきますが、350,000円。35万円。「カンマの位置間違えたかな?」クラスですが、これがまた間違えじゃないのが世の中狂ってる所。
そんなワケで大問題となった挙げ句、少なくともAmazonではPlayStation5に関しては多少沈静化しているようですが、オークションやフリマアプリ等では相変わらず。そして先日、さらに別の問題も出てきました。
転売によって、例えばさっきの例だと1台売ったら30万以上のボロ儲けな転売ヤーの皆さん、当たり前ですが1台で済ませるような小規模な所はまぁそんなに無いでしょう。やってるのは個人で取り扱い本数も1桁台、みたいなのは多いかもしれませんが、転売側は転売側でお互いに応援しているような有様だとか。結局そうなると、仮に10台確保出来れば300万の利益になります。売れれば、の話ですが、これが売れちゃうんだからやっぱり世の中狂ってます。ちょっとした立派なクルマ買えちゃうレベル。当然税金が発生します。それすらも無申告。
さらに言えば、私もそこまで法律に詳しいわけじゃないので詳細が書けるわけじゃありませんが、このくらいの規模になれば「古物商許可」が必要になるのは目に見えた話で、先に出た「転売側がお互いに応援している」というのも「ギリギリ古物商許可が必要ないラインで回せる」とかそういう類も含まれるんだろうと思います。もはや個人間取引の次元をぶっ飛ばしてるわけです。
今回のPlayStation5に関しては、転売以外にも様々な問題が出ていますが、いずれにせよ「転売ヤー」の皆様に情状酌量の余地はありません。仮に古物商許可も取り、税制面もきちんと整えた上で定価の10倍で販売をしたとして、今度は「そんなんで売れる(買う人いる)? そんな面倒くさい事してまで売れる(売る手間かけられる)?」という話にもなるわけで、どっちにせよ害悪。「これが資本主義です、市場の原理です」とかいう言葉が飛び出す口がとても同じ人類の口とは思えないレベルで。
というわけで、そもそもからこの手の転売ヤーに関しては「周りにある法律に違反している」という回りくどいツッコミしか出来ない現状ですが、いい加減にダイレクトにNG出せる法整備を行ってはどうかなと思うのです。あおり運転で同じ事をやって、結局ダイレクトに執行出来る法改正を行ったのと同じように。なお、同じように転売が横行した「医療用マスク・アルコール消毒液」に関しては、かなり迅速に「取得価格(購入、譲渡問わず?)以上での転売は違法」と定められた事や、一部医療用品に関してはそもそもから「認可や許可(上に出た古物商許可と別物ではありますが)が無い場合、そもそも販売がNG」という事例もあり、割とあっさり騒動は収まりました。
なんかもう書き始めたらキリ無くなりそうなので、とりあえず恨み言はこのへんで。ようは買うか買わないかは全く別として、一度まかり通ってしまえば他にも波及するという事を認識しないと、いずれゲーム機と全く関係ない場所で痛い目にあうかもしれませんよ、というお話。
よいこのせいさんぎょうこうざ:製造・生産における「歩留まり」とは
工業製品に限らず、なんらかの生産に関して「歩留まり(ぶどまり)」という言葉があります。食品に関してはこれが「可食率」という言葉で表される事もあるようです。
例えば四角い食パンを2枚用意して、そこから三角形のサンドイッチを作るとしましょう。パンの耳とかはとりあえず無視してください。四角いパンなので、まっすぐ対角線で切ってあげれば、一箇所直角のパンが2つ、計4枚切り出せます。パンの切りくずもとりあえず無視してください。これを全て使って2つのサンドイッチの材料にしてあげれば、全く無駄が無く食パンを使い切れます。これが「歩留まり100%」、つまり「仕入れた材料が全部もれなく無駄なく使える」という事です。
一方、見た目を良くしようと、正三角形のパンでサンドイッチを作りたいと思った場合、先程のようにまっすぐ切れば良いわけでは無く、形をキレイに整えようとすればするほど、残る部分が必ず出てきます。ちょうど食パンの上側左右とか、もっとキレイに作ろうと思えば「型抜き」のようにすると、さらに残る部分が増えてきます。この「残った部分」がそのサンドイッチの中で使えるのであれば良いですが、見た目をよくしようとした場合にはそうも言っていられません。ミキサーかなんかでガーッって(?)やってパン粉にするとか、他の使い方はあるでしょうが、サンドイッチを作る事に関していえば「仕入れた材料を全て使いきれない」状態になります。この時に「使える部分」を示すのが「歩留まりn%」になります。100%がベストですが、世の中そんなに思うように事は進みません。なんなら最初に挙げたほうも、パンの耳は切り落とすとか、パンを切ったらパンくずが出たとか、そういう事を考えると「歩留まり」は100%になりません。
「工業製品がどーたら言ってるのになんでサンドイッチよ」と思われそうですが、というか私も思ってますが、「歩留まり」というものをわかりやすく説明するのはコレが一番手っ取り早かった、という話です。つまるところ、「原材料から製品に仕上げるまでに、無駄なく原材料を使える割合」の事を「歩留まり」と表現します。
半導体製品の「ラインナップ」と歩留まりの関係
さて、話は半導体に戻ります。「半導体ってなんや!」という方は、とてつもなくザックリ言うとCPUやGPUに至るまで、PCごとパーツの上に載ってるICチップの事だと思ってください。「半導体」と「シリコン」は完全なイコールではありませんが、「シリコン」は「半導体」の一種(含まれる)になります。最近は逆に名前を聞かなくなりましたが、「シリコンバレー」と言えばアメリカのコンピュータ系企業の一大聖地として有名ですね。
という事で、今回はその中でとりあえずCPUにフォーカスして書いてみます。GPUなんかでも多少似たりよったりな所はあるのですが、こと歩留まりに関してはCPUのほうがかなり明確にわかる箇所が多いのです。
PCを購入しようと考えた事がある方、或いはそれ以上にいじってる方であれば、CPUにも「グレード」がある事はご存知の事と思います。AMDならRyZenシリーズとして9/7/5/3、IntelならCoreiシリーズとして同じく9/7/5/3、その他にもサーバ向けの高価格帯製品や、逆にAthlon(AMD)やPentium/Celeron(Intel)といった低価格帯製品まで、同じ世代でもかなり幅広く展開されています。
実際には「RyZen9」「Core i9」の中だけでも複数の製品がラインナップされており、それぞれが性能順に型番を振られて販売されているのですが、この点に関して、「今でも事情が変わっていなければ」という前提で、以下のような事情があります。
大きくわけて上記の通りCPU製品でも4種類あるわけですが、これらは原則的に、「それぞれ別の生産ラインで製造された製品『ではない』」という事がまず念頭になります。複数同時に製造する為に生産ライン自体は複数本あるでしょうが、「このラインはRyZen9用、こっちは同7用」といった分け方はされていません。要するに、生産ラインが複数本あっても、「全ての生産ラインで同じ製品を作る」事が前提になっています。
にも関わらずこうしたバリエーションモデルが生まれるのが、先述した「歩留まり」に関わってきます。先の例では、「品質を良くしようとした場合、歩留まりは低下する」としましたが、CPUで言えば、「生産したCPU(正確にはCPU「ダイ」)が設計した数値通りに動作するか」という点がポイントになります。ここでは例として、RyZen9 5950X(16コアの最上位モデル)を挙げて解説します。また、この項では「ブーストクロック」に関しては無視する事としますが、製品として販売する以上は当然その点も確認されるべき点である事も、先に記しておきます。
(RyZen 9 5950X スペックシート)
こちらがAMD、メーカーが提示しているCPUのスペックです。コア数16、スレッド数32の最上位モデルで、CPUクロック(基本クロック)は3.4GHzとされています。AMD(実際の製造はTSMCという別企業)としては、このモデルを基準として製造を行います。最上位モデルという事で、もっともクオリティを重視される為、逆にこのモデルがなんの支障もなく製造出来るようであれば、下位モデルも理論上は問題なく製造可能であるはずです。
ですが、先の歩留まりの関係もあり、この「5950X」のスペックを満たすことが出来ない製品が出てくる事も当然あります。食品などで良く言われる「ハネ品」にあたるようなもので、例えば5950Xに関して言えば、16コア全てが正常に動作しなかったり、クロックが3.4GHzで動作しなかったり、といった具合。製造工程での動作テストでこのような事態が判明した場合、当然ですがそれらは「5950X」として出荷は出来ません。
かと言って、それらを全て廃棄処分にするのか、となると、とてもじゃないですが……というか「とても無理」な話です。ただでさえ高価な半導体を、高価な製造工程で製造したからには、そうした「ハネ品」にも相応のコストがかかっています。これらの点も食品や他の生産品と同じ。
そこで、これらの「ハネ品」に新たなチャンスを与えてやることにします。例えば「16コアのうち一部が正常動作しない」という個体の場合、それを含む4コアを使わない(≒無効化)状態にして、12コアの製品として再度テストを行います。これで正常に動作した場合、RyZen9シリーズの「5900X」として、12コア24スレッドの製品としてパッケージします。
(RyZen 9 5900X スペックシート)
実はスペックシートを見比べて頂くとおわかり頂けるのですが、ベースクロック(基本クロック)は上位の5950Xより、下位の5900Xのほうが高いという仕様になっています。それ以外の点での違いとして、コア数と連動するスレッド数、L2キャッシュメモリも異なっています。CPU製品に限らず、半導体製品全般に言えることですが、製品の構造が単純であれば単純であるほど、今回で言えばコア数が少なければ少ないほど、高クロックで動作させる事が(あくまで比較的ですが)容易になります。その他の理由もある事と思いますが、このような点も踏まえて「ハネ品」をさらに製品テストで絞り込んで、下位モデルとしてラインナップします。
以降RyZen7、同5も同じようにして絞り込みを行い、RyZen9上位→RyZen9下位→RyZen7→RyZen5の順に製品化を行います。それぞれ上からコア数が16→12→8→6、動作クロックは3.4GHz→3.7GHz→3.8GHz→3.7GHzと変動して行きます。全体を通して、またこれはIntel製品でも同様と思いますが、「形そのものは最上位と変わらず、正常動作しない部分を無効化する」という手法の為、物理的な見た目だけでは判別が出来ない部分、という事になります。
この点における豆知識として、過去のCPU製品・GPU製品の中では、これらの製品を制御するコントローラや、場合によって製品表面に露出していた接点(近年のCPUでは「殻割り」をしないと見えない部分)を改造する、例えばコントローラに記録されているCPUモデルの制御ソフトを書き換えたり、無効化の為に切り離されている接点をハンダ等で繋いだりする事で、上位モデルとして動作する個体も存在しました。現在では上述の通り、特にCPU製品で「ヒートスプレッダ」と呼ばれる冷却補助と表面保護を目的とした金属カバーが貼り付けられている為にあまり聞かなくなりましたが、かつてCPUダイや周辺回路が露出していた頃の製品ではそうした改造による性能アップが可能な個体が存在し、記憶の中で言えばIntelの「Celeron」が、当時の上位モデルであった「Pentium」に化ける、というものもありました。これは先の「無効化」という手法を逆手にとったもので、「無効だが回路は載っている」という点を利用して「無効化されている回路を強制的に有効化する」というものなのですが、当然のこととしてメーカーテスト時点で安定しない為に無効化されている部位を強引に有効化する事で、「認識はするかもしれないがマトモに動くかどうかは別」、もしくは「そもそも認識しない」という事になります。これまた当然の事としてメーカー保証は完全に消える上、それを動作させた結果損傷したM/Bや他パーツに関しても保証は望めません。
この点についてはオーバークロック(OC)とは全く別物であり、自作しまくりの玄人ですらそもそも「それを常用する」などという事を考えない、あくまでも「やってみた」的な部分であるのですが、このような手法も現在に至るまで存在している事は確かです。
注意点その1:最初から「複数のダイ」で構成されている製品では扱いが異なる
(AMD RyZen ThreadRipper 3990X。8ダイで構成)
先の歩留まりに関連するラインナップ構築に関して、近年では必ずしも該当しない製品も登場しています。前述した「RyZen5000シリーズ(第4世代)」も一応該当する事になるのですが、AMDでは第3世代(3000シリーズ)からチップレット構造という製品構造を採用しており、実際に演算を行うCPUダイ(コンピュートダイ・CCD)と、外部とのやり取りを行うI/Oダイ(cIOD)が別物としてひとつの製品に搭載されています。上の写真はさらに上位ラインナップとなる「RyZen ThreadRipper 3990X(64コア/128スレッド)」のもの(ヒートスプレッダを外した中身)ですが、中央の大きな部分がI/Oダイ、左右に4つずつ並んでいるのがコンピュートダイ(CCD)となっており、CCDひとつあたり8コア、それが8つ並んで64コア、という設計です。このような構造は前述の一般向けRyZenシリーズでも同様になっており、RyZen9の2製品に採用されています(CCD2つ+cIOD)。RyZen7以下ではCCDひとつにcIODひとつの組み合わせとなっている様子。
こうした製品の場合、かつひとつのCCDに8コアが搭載されているという前提に立つと、RyZen9までであれば「8コアずつ載っているCCDのうち、どちらか一方の4コアを無効化」する事で歩留まりでのラインナップ拡充に、そもそもCCDがひとつのRyZen7と同5であれば、「CCDを製造した時点でクロックテストを行い、規定クロックに達するCCDひとつを搭載したものをRyZen7、もしくは5として製造(パッケージング)」する事が可能になります。実際にAMDもこの設計を採用する事で、歩留まり向上が難しいとされていた7nmという微細な設計を製品化しています。
一方、ThreadRipperのようにそもそもCCDを大量に搭載している製品の場合、「CCDのコア数を削る」のではなく、「ハネ品となったCCDをそもそも載せない」という手法でラインナップを拡充しています。その為、前述したような「強引な書き換え等」による強制的なコア有効化は物理的に行えない、という事になります。
ここで重要になるのは、「ハネ品テスト」をしているのが「CPU全体」ではなく「CCD単体」である事です。従来の全てワンパッケージだったCPU製品では「CPU全体」に対してテストを行っていましたが(2020年時点までのIntel一般向け製品は継続中の様子)、こうしてパーツ点数を増やしつつ設計を行っている製品の場合、正常動作するCCDを揃えてひとつ、正常動作品と部分的に動作するCCDをあわせてひとつ、さらに下位では正常動作CCDひとつ、もしくは部分動作CCDひとつとして製品化する事で、製品のクオリティを保ちながらラインナップを作ることが出来ます。これがAMDがIntelに先んじて「7nmでのCPU製品(その前後でGPUも)を量産化出来た」という理由のひとつにもなります。
ThreadRipperに関しては、過去の製品で言う所の「デュアルCPU」、つまり「ひとつのM/Bに2つ、もしくはそれ以上のCPUを載せる」という構造をひとつのCPUで実現したような出自があり、この点は第1世代から続いています。第1世代TRの最上位である1950X(16C/32T)は、RyZen1700(8C/16T)のコア(当時はまだチップレット構造採用前)を2つ、ひとつのパッケージに搭載したような製品として開発・販売されました。その為、構造や動作的には「デュアルCPU」環境に極めて近く、製品価格や歩留まりも類似していた為、そういった環境に慣れている、或いは何かしら知識があるユーザであれば、比較的簡単に理屈が理解できた製品でもありました。尚、デュアルCPU(デュアルソケット)という構造自体は現在でも存在しており、サーバ向けM/Bの上位モデルではさも当たり前のようにソケットが2つ、メモリスロットが16本(CPUひとつあたり8本)という製品も広く流通しています。
(Intel向けですが、こんなの)
注意点その2:偽造品の温床になりやすい
もうひとつの注意点はこちら。特にオークション等で、上位モデルのCPUがやたら安価に販売されている場合は特に注意が必要な点ですが、前述した「何らかの強引な方法」で無効化したコアを有効化した上で、見た目(ヒートスプレッダ上の型番刻印など)を上位モデルに真似た表記にして、あたかも上位モデルであると見せかけて販売している販売者は、実は少なくありません。私が実際に当たったワケではないので詳細な情報は無いものの、例えばRyZen3を何らかの方法でRyZen7と認識させるように改造し、表面の刻印も同じようにRyZen7に書き換えた上で、激安で「CPU単体のみ」といった販売方法でオークション出品している場合、仮にそれが偽造品であった場合には、「M/Bに載せて認識もしたし、コア数もスレッド数もちゃんと出ている」という状態であったとしても、それが継続的に安定動作するかという点では疑問符が付きます。こんな風に「一応動く」ならまだ可愛いもので、中には「表示だけRyZen7だけどコアもスレッドもRyZen3相当にしか認識されない」なんていう目も当てられないような偽造品もあるとか。
これに類似した偽造品・詐欺品に関して有名なものは「USBメモリ」や「SDカード」といったストレージ系ですが、この2つに関して言えば、どちらもやはり半導体製品です。SSDもシリコンチップを記憶媒体として使用している点で完全な半導体ストレージで、「強いて言うなら」と前置きした上で磁気ディスクを使用しているHDDが「準・半導体製品」とでも言える感じですが、これらの偽造手法もだいたい類似しており、「メモリ部分(NANDチップ)のハネ品を載せて、コントローラを書き換えて(例えば)1GB程度のメモリ容量しかないものを64GBと認識させる」という、割とえげつないレベルの偽造品が現時点でも大量に出回っています。
ちなみにストレージ系の場合、前述した「1GBしか無いのに64GBで認識してる」ようなものであると、認識上は64GBなので、1GB以上を書き込んでもそのまま書き込みが続くケースがほとんどのようです。ただ、実際には1GBしかないものなので、あとから読み出そうとするとデータが壊れていました、というあまりにわかりやすいもの。こういった点から、私は基本的にストレージ製品はオークション等は使用せず、通販(Amazon等)でも販売元がメーカー公式である事を確認してから購入しています。また、仮に店舗購入であっても、メモリ系・ストレージ系に関しては必ず使用前に全領域テストを行い、初期不良が無いかの確認と同時に適切なサイズで認識されているかを確認してから、実使用に持ち込むようにしています。
話を戻して:マーケティング・市場流通・歩留まりのバランスは?
今回なんの話だっけ、みたいな流れになってきたのでここで話を戻しますが、「新製品出ます! 出ました! 品薄です!」みたいな販売が続く昨今の様々な製品事情。特にデジモノや家庭用ゲーム機で酷いものですが、最近ではこれにプラスしてCPUやグラフィックボードも酷いものです。「2020年は色々と酷かったから」と言われそうですが、「ゲーミングPC」が流行する前でも、家庭用ゲーム機の壮絶な品薄期間と恐ろしい数の転売ヤーの存在は皆さんのよく知る所でしょう。PlayStation3の時代、「物売るってレベルじゃねぇぞ!」のバズワードが出回ったのは2006年、実に15年前の話です。
PS3は内部構造が多少特殊だった……という話は横に置いておくことにして、新型が出る度に(マイナーチェンジであっても)全世界で爆発的に売れているPlayStationシリーズを販売しているソニーが、発売初日にどれだけ在庫が吹き飛んでいくかを想像するのは、そこまで難しい話でしょうか? その点に関しては任天堂も同じですし、日本では苦戦しているらしいXBOXのMicrosoftにしても然り。初期出荷台数の見積もりが甘すぎるのではないか、と疑問に感じると共に、「そもそもその製品、歩留まり大丈夫?」という製造業的な視点も出てくるのです。特に最新世代のPS5、XBOX Series Xに関しては、中身は9割がた普通のPCです。どちらの製品も、CPUもGPUもAMDの製品(それぞれRyZen・Radeonのカスタムモデル)と公表されており、当然部品調達に関してAMDと相応の契約を結んでいるはずです。
にも関わらず、予約販売限定にしたり、アッサリと転売ヤーに在庫が流れたりするのは明らかにマーケティングの失敗としか言えないわけです。新製品を出すのはもちろん良いことでしょうし、市場もユーザも望む所でしょう。ただ、そこに見合った在庫を用意しないままで販売開始に持ち込むのは、いささか性急な判断では無いでしょうか?
この点は近年のPCパーツ周りでも同様に発生しており、特にAMDは前述した家庭用ゲーム機にもパーツ供給を行っている事から、実際の半導体製造を委託しているTSMC(※)の製造ラインが逼迫しているとも言われています。2020年末に発表・発売となった新型のRyZen、Radeon双方が、共に日本円で10万円近い価格帯に(Radeonに至っては15万円オーバーの製品も)ある中で、今に至るまで品薄で「そもそも店頭に展示品すら無い」ような状況が続いているのは、「新世代で新技術突っ込んだよ!」というマーケティングに歩留まりが追いついていない何よりの証拠でしょう。他のIT系メディアでも言われますが、「買う金あってもモノが無い」という、とてつもなく初歩的な「機会損失」を生んでいる事はメーカーも承知しているはずなのですが、それにも関わらず毎年のように同じことの繰り返し。Intelに至っては「歩留まりが安定しない」を公言しながらそんな状況です。
(※TSMC:台湾を拠点とするファウンドリ(半導体製品製造工場・業者)。「半導体製造」という極めて高コストの設備投資が必要な分野で、その製造の委託を受けて運営する事に特化した製造業者。Intelは自社で、AMDもかつては自社でファウンドリを持っていました)
これは何も個人消費者向けの小売(B2C)に限ったことでは無く、PC自体の販売メーカーや、大型のシステム(スーパーコンピュータ等)の製造を行うような業者間(B2B)でも同様で、そもそもから数が足りていない製品を、小売とメーカーのどちらへ優先して流すのかというハンドリングもシビアになってきます。返す返すも、「カネがあってもモノが無い」状態なのです。
その上で昨今問題になっている転売ヤーの存在。ネットの各所で散見されるインタビュー(と言えるのかどうかはともかく)の通り、彼らは悪意を悪意と思っていないのは明らかです。「市場原理を考えれば何もおかしな事はしていない」と声高に言いますが、その裏でやってるのは表沙汰になっているだけでも明らかに一般流通の妨害。「バイトを雇って抽選会場に並ばせる」なんて話もよく聞くもんですが、その数が尋常ではないレベルになってきています。もはや、転売ヤーという「職業」は成り立ってしまっているのです。
以前よりコンサートやスポーツ観戦等のイベントチケットを会場付近で割高に販売する「ダフ屋」というものがあったものですが、私が実際に現場で見た「ダフ屋」なんぞ、今思えば可愛いものでした。会場で並んでいる人に声をかけて、ペアチケットなどで余っているものが無いか、もしくはどストレートに「そのチケット売ってくんない?」みたいにして、チケット定価の1000円増しくらいで買い取っては、そこからさらに500円くらい上乗せして他の人に転売。どのみち転売に変わりはないので結局出禁食らったりするわけですが、それが今や「定価でドバッとまとめ買いして、定価の10倍で売っぱらう」みたいな状態です。記事冒頭に掲載した通り、税金も何もあったもんじゃありません。
前述の税金関係だったり、マスクのような「転売が許可されていない医療資材」だったり、明らかに触法行為であるものは当然さっさと検挙されたり痛い目にあったりしてるワケですが、それ以外の部分、今回でいうゲーム機だったり、PCパーツだったりする場合は現状法規制は無いようで、それ故に平然と転売行為が行われている状況から、各販売サイト(AmazonをはじめとしたECサイト、オークション・フリマサイト等)でもようやく重い腰を上げた感はあります。それにしても対応が不十分な上、そもそもからメーカーが需要に対して8割程度でも確実に安定供給ができていれば、差額目当ての転売ヤーが発生する事も(ゼロとは言わないにせよ)なくなるのではないでしょうか。適当に8割という数字を出しましたが、案外当たってるような気がします。
新製品も、新技術も、もちろん他社に先んじて世に出したいというメーカーの気持ちは痛いほどわかります。ですが、その製品の購買層は広く世間に「一般的」とされている消費者層で、クルマで言う所のフェラーリやランボルギーニを買うような購買層では無いはずです。そういった「量産市販品」を購入する層に対してアプローチするのであれば、相応に量産体制を整えた上で販売を開始すべきではないのか、というのが、現時点での私の考え方です。
例外的な製品:歩留まりの中での「選別品」販売
歩留まりという観点から見た時に、前述したような「量産品」から例外となる製品も存在します。AMDで言えば、RyZenシリーズの中の「XT」型番製品で、『アタリ石(※)』『選別品』とも言われます。
(※石:CPUをはじめとした半導体製品を指す俗称。近年では特にCPU・GPUを指して使われることが多いスラングです)
このXT型番は、従来の製品、例えばRyZen 9 3900Xを量産してテストした中で、既定値を超えた負荷をかけても安定動作するものを選び出し、高性能品としてプラスアルファの価値をつけて販売するもので、この類の販売方法は広く見受けられます。従来は「同じX型番」のCPUを購入したユーザが個別にテストをして、「アタリ引いた!」と言っていたような部分をメーカーが公式にしているようなもので、実際の所性能変化は微々たるものです。
このような選別品に関しては、通常の量産過程からさらに一手間かけた製品となるので、製品価格自体が上がり、かつ流通量が少なくなるのはやむを得ない部分。逆を言えば、通常型の「3900X」の歩留まりが安定し、選別品を抜き出せる程度に生産が追いついたという証左でもあります。
こうした製品の他、AMDが50周年の記念に出した「リサ・スーCEOのサインが入ったCPU」等、通常の市販品とは違う限定パッケージ等に関しては、コレクターズアイテムとして、もしくは買い替え時のリセールバリューとして多少の価値を持たせる事に異論はありません。ちなみにサイン入りのCPUは各PCショップで悲しくなるくらい山になっていました。なんでCPUにサイン入れたよAMDさんよ。
では、これらを転売してる転売ヤーがどれくらいいるか? という話なのですが、とてつもなくわかりやすいくらいにいません。コレクターズアイテム的なものだと、5年か10年後にはどうなっているかわかりませんが、個人的な考えとしては「通電しないPCパーツになんの利用価値がある?」と思っているので、かなり本気で羨ましいともなんとも思っていません。PCパーツは使ってナンボ、時代に合わせたスペックを揃えてナンボです。
試しにAmazon見てみましたが、とりあえず出てきました。内容に突っ込みどころが多いのはともかく、まぁ妥当な線じゃないかなと。
じゃあどうしろよ:オープンプライスをやめて定価を出せ
色々と文句を書き連ねましたが、そうは言っても現実問題として生産ラインは追いつかないし、でも早々に出してマーケットを形成したい、というメーカー側の理屈もわかります。じゃあどうしたら良いか。一点です。
オープンプライスやめて定価をつけなさい。ついでにそれを大々的に明記しなさい。
これに尽きます。定価の告知が明確であれば、ECサイトでその定価を超える価格での販売時に注意喚起を出したり(Amazonが一部実施済み)、大幅に超える価格での出品は禁止、もしくはカテゴリを分ける等、ECサイト側もほとんどの処理を自動化出来ます。
冒頭に記したとおり、一応今回PS5の販売にあたっては発表時に価格が公表されており、ディスクドライブ付きモデルが49,980円、ディスクレス(デジタルエディション)が39,980円となっていますが、このような価格設定をもっと全面に押し出して、ECサイト側もそれを受けて対処出来るシステムを構築するほか、現時点で解決出来る方法は無いでしょう。もちろん、それでもやるヤツぁ何かとやってくるもんですが、もはや性善説などアテにするなというのが昨今の情勢にすらなっている気がします。「定価で出てるけど、買ってみたら『購入する権利』だった」という使い古されたネタが今でも有効なくらいには酷いもんです。
定価を設定した上でのデメリットとして、小売店で値引き販売をした際に定価との価格差次第で「この製品売れてないのかな」だったり「私が買った時より安くなってて不公平」だったり、消費者側の反応次第でメーカーが不利益を被る可能性はもちろんあります。ただ、今回焦点を当てている製品群については、「一定期間はほぼ確実に価格が維持され、逆に一定期間を超えると一気に値崩れする」という特性のある製品なので、どのくらいの不利益が出るかは考え方次第。逆に転売ヤー経由で買った製品がドバッと値崩れした時に、その怒りの矛先が(どこに責任があるにせよ)メーカーに向いた時が最も損失が大きくなるでしょう。裁判沙汰にでもなろうもんなら大惨事です。
ちなみに、中古買取りを行っている業者(中古PCショップ、リサイクルショップ等)に関しては、当たり前の事として古物商許可という法的ハードルがあり、税制面も整備して適切に処理しており、かつ「売れる価格」と判断すれば、未開封品だろうがなんだろうが買い取っても構わないでしょう(盗品と認識しているものは別)。こうした業者に関しては転売ヤーと異なり、在庫を保有している間のコストが発生する上、少なくとも定価の10倍なんていうとんでもない値段で販売すると考える人はいないか、いればその店は閑古鳥の溜まり場になるのが目に見えているので、そんなバカな事をする人もいますまい。こうした中古ショップで「新品未開封」の人気商品が売っている場合、大抵は「錬金術」の結果だったりするので、それはそれ、といった感じです。錬金術に関しては皆さんでお調べください。分かる人はわかるでしょうが。
勘違いしないように:高額転売ヤーに一切の情状酌量無し
今回はあえてメーカー側に焦点をあわせて記事を書いてきましたが、ここまでメーカーをガンガン責めてると勘違いされそうなのでもう一度。
とんでもない価格設定含め、差益分目当てで転売を行う転売ヤーには一切の情状酌量はありません。あなた方がいなくなればちったぁ市場流通在庫もマシになります。周辺機器やソフトウェア、ゲームメーカーもスムースにマーケットに入って商売が出来ます。それら全てを妨害しているのは紛れもなく高額転売ヤーです。
メーカーが流通在庫を確保しきれずに販売に踏み切ったという失敗をしているというのであれば、その弱みにつけこんでるだけなのが転売ヤーです。もはや日本人だとか外国人だとかすら関係ありません。全世界共通で悪です。くれぐれも勘違いなさらぬよう。
〆に:「自分の都合のいい時に」とは言わないまでも、「欲しい! と思って少し我慢すれば買える」くらいの流通在庫確保を
というわけで今回の記事の〆ですが、実はこの記事、2020年の11月くらいに頭書いたあとでぶん投げてた記事を2021年1月に書き上げたというあまりにもアレな記事なので、若干前後で途切れてる感があるかもしれません。ちなみに「歩留まりの説明」の項目で一度力尽きてます。
記事の本題としては、「メーカーは転売ヤーの存在を認知しているか? 認知しているのであれば流通が安定する生産体制を整える事をすべきではないか?」という事を指摘したいものなのですが、記事を書けば書くほど「なんか、喧嘩両成敗にするにはメーカーにキツくないかな」という感じがどうもふわふわとして、記事の形にするのに苦労しました。もう散々言われてきた高額転売ヤーの話については多くを語る必要もなかろうと思い、あえて別の視点として、「歩留まり」をベースに生産体制や、そもそも「それ量産できるの?」という点をつっついた感じです。
15年か20年くらい前、コンピュータを始めデジタル業界は「ドッグイヤー」と言われていました。デジタル業界の1年分の進歩は、他の業界の5年分に相当する、という意味のある種のスラングなのですが、近年では製品や技術だけでなく、どうにも人間側が完全に悪い方向にドッグイヤー状態になってしまっている気がしてなりません。ネットやSNSの発展にしても問題が山積みで、それを解決しようとする人がほとんどいない、おまけに「ネットは自由」という旧態依然としたよくわからない自由主義だけがまかり通っているようで、「デカい声が勝ち、やったもん勝ち」みたいな風潮は率直に言って私は嫌いな流れです。
そんなお話はまぁそのうち別の記事でする事として、転売をはじめとした「欲しいのにモノがない」という、「経済が豊かなんだか貧しいんだかわからん」という現状について、少しでも皆さんに顧みて頂ければ、この記事をひねり出した甲斐があるというものです。
頑張ったから誰か私に新しいRyZenとRadeonプレゼントしてください。(※定型句)