ロスト・ボーダーランズ
ジープを停めたジェドは、口をすぼめてゆっくりと息を吐いた。サファリハットを被り直し、蜃気楼が揺らめく無人の荒野に降り立つと、砂混じりの風が頬をかすめて遠ざかっていった。
不名誉除隊後、国境に近いケネディ郡のNGOに拾われて四年。たった四年の間に、テキサスの荒野で拘束される不法移民は五倍に膨れ上がった。行き倒れの遺体も増え続け、その捜索と回収をひとりで担う限界はとっくに超えている。いくら警告の看板を立てようとも、有象無象の斡旋業者たちは移民を連れて監視が手薄なこの地を歩き、ついて来られない者を平気で見捨てていくのだ。尊厳など微塵もない。
手製の給水所にボトルを補充していると、すぐそばに群立つメスキートの奥から物音が聞こえた。熱中症に苦しみ、木陰に横たわったまま息絶える者も多い。
茂みに入り、そっと枝を払いのけながら進んだジェドは、思わぬ光景に凍りついた。わずか数メートル先。場違いな白シャツを着た二人組が、しゃがんで遺体を漁っている。遺体にあるべき頭部が切断され、麻袋に詰められようとしている。動物の仕業とは違う不自然な遺体損壊が散見される原因は、過激な自警団の悪戯ではなかったのか。
ジェドは乾いた唇を舌で湿らせ、ホルスターの留め金を外した。
「動くな」
二人はかすかに肩を揺らして、同時に顔を向けた。まだあどけなさが残る、ラテン系の顔立ちの男女。女の両目の周りに、渦巻きのような刺青がある。男には、額から顎先まで縦一本の刺青。おもむろに立ち上がった二人が、地面を滑るような歩調で迫ってきた。
「止まれ! アルト!」
銃口に顔色ひとつ変えない女と視線が交錯する。両目の渦巻きに脳味噌が吸い込まれるような感覚に襲われ、血に染まった息子の顔がフラッシュバックした。全身が強張って動かない。男がジェドの脇まで来て立ち止まり、トリガーにかけた人差し指の付け根をそっと撫でた。
指が、ぽとりと地面に落ちた。
(続く)