【デビルハンター】ジュディ婆さんの事件簿 #12(第3話:5/5)
悪魔の集団がカチコミに来ないかねぇ。自宅療養はヒマでしょうがないよ。
-ジュディ-
<前回のジュディ>
ソフィアと全裸男の戦いに終止符を打ったのは、老婆のショットガンだった。
(前回(#11(第3話:4/5))
(目次)
……………
■#12
もはや屍となった全裸男だが、ソフィアが放った電撃によっていまだにその身体は痙攣を続けていた。気配の消失を確認した老婆は水平二連のバレルをブレイクして勢いよく排莢すると、空になった一方の弾倉に実包をこめる。まるで何百回、何千回と繰り返して来たかのような淀みない動作。
「まったく……。せっかくの発表会が台無しです」
「リディアさん!」
ソフィアが老婆のもとへと駆け寄る。
「こんにちは、ソフィア。一騎打ちに水を差すようなことをしてごめんなさいね。下品な悪魔を家の中に入れるわけにはいかないから、つい」
リディアと呼ばれた白髪の老婆はショットガンを肩に吊るしながら、まるで全てを観察していたかのように答えた。昔から ”地獄耳” と恐れられてきた元院長の言葉にソフィアも驚く様子を見せない。
「いえ、そんな。私がもっと早く仕留めればよかったんです。発表会の最中に…… すみません」
発表会―― 能力に目覚めた子が、他の子供たちに ”どのような能力なのか” を初披露する場。事前にリディアやルーシーが確認したうえでの発表とはいえ、まだ己の力を上手くコントロールできない子が大半であるから油断はできない。各々の能力を理解することは、院での集団生活や個人の成長にとって大事なことだとソフィアも身に染みてわかっている。
「あなたが謝る必要なんてないわ。非があるのはこの悪魔。しかしまあそんなに泥だらけになって… さ、早く中に入ってシャワーを浴びなさい」
微笑みながらソフィアを招き入れたリディアは、遅れて玄関にやってきたルーシーとゴードンにテキパキと指示を出す。
「ルーシー、あなたの服を貸してあげてちょうだい。私のは大きいだろうから。汚れた服は洗濯して乾燥機に。ゴードンは ”これ” が灰になったら掃き掃除をお願い。用具の場所はよく知っているわよね。それと庭に転がっているあの椅子は車に戻しておいて。あとで応急処置します」
「えー? 俺ぇ…? 久しぶりに来たってのにさ」
動かなくなった屍を一瞥しながら口を尖らせたゴードンだが、かつて院長としてさんざん面倒を見てくれたリディアに逆らう気はない。
「よく悪さして、やらされていたもんね。掃除」
ソフィアがニィっと意地の悪い顔をゴードンに向ける。
「さて! 私は発表会の続きをしますから、それぞれやることを終えたら皆でお昼ご飯にしましょう。ソフィアが美味しそうなスープを作ってきてくれたから助かるわ。二人が来た理由は食事の後で伺います」
パン、とリディアが手を叩くと、三人が一斉に行動を開始した。
◇◇◇
元気いっぱいの子供たちに混じって賑やかな食事と片付けを済ませ、食堂にはリディア、ルーシー、ゴードン、ソフィアの四人が残っていた。平行に並べられた10人掛けのダイニングテーブルが2脚。その1脚の端に集まり、椅子に腰掛けている。子供たちは午後の訓練に向け、ルーシーの夫とともに二階で短い眠りについていた。
ゴードンがいきさつを話し終え、しばしの沈黙が訪れる。廊下を挟んだ脱衣所から、ソフィアの衣類を乾かすべくゴウンゴウンとうなる乾燥機の音だけが響いてくる。
「エリザベスが心配ね……」
我が子を案ずる母親のような面持ちで話を聞いていたルーシーが立ち上がり、すっかり空になった4つのマグカップにコーヒーを注ぎながらポツリと言った。
「俺が面倒を見るって言っておきながら…… 申し訳ない」
俯いたゴードンは両手で包むようにマグカップを持つと、注がれた黒い液体に映る自分の顔を見つめた。
ゴールデン孤児院で育った子供の多くは18歳で卒院を迎えるが、エリザベスは飛び級でコロラド大学に入学したこともあって17歳で孤児院を離れ、一人暮らしをはじめていた。そのサポート役を買って出たのがゴードンであり、エリザベス本人の強い希望もあってチームに招き入れたのもゴードンだった。彼女の能力に期待したことはもちろんだが、エリザベスが加入することで先にチームに加わっていた ”問題児” が多少なりとも大人しくなれば… という期待もあってのことだった。
隣に座っていたリディアがそっとゴードンの肩に手を置く。
「あのマリアを殺し、ジュディですら討ち損じた相手です。自分を責めてはいけません。今はエリザベスを救い出すことに意識を向けましょう。彼女は必ず生きている」
リディアはジュディの母親の名を口にした。マリア。たびたび孤児院に顔を出していた創設メンバーの一人。当時まだ幼かったリディアは、アメリカ各地を旅してまわるマリアの土産話をいつも楽しみにしていた。マリアに手を引かれ、母親の後ろに隠れていた恥ずかしがりやのジュディとは、年齢や境遇が近かったこともあってすぐに打ち解けた。会うたびに互いの成長を競い合っていた二人は、やがて親友と呼び合える関係になった。控えめで気弱なジュディは何をやっても遠慮がちで上達が遅く、”弱虫ジュディ” などとからかう孤児院の子もいたが、リディアが熱心にフォローした。しかし10年ほど続いたその関係は、マリアの死によって一時的にではあるが、途絶えた。幼くして身寄りを失ったジュディは孤児院に招かれたがそれを拒み、姿を消してしまった。それから長い歳月が流れ、以前とはまるで別人のようになってコロラドへと舞い戻ったジュディと再会したとき、リディアはその変貌の理由をあえて尋ねなかった。
マリアの仇。ジュディの敵。エリザベスを連れ去った外道。今すぐ悪魔どもを狩りまわってそいつの居場所を突き止め、刎ねた首を何べんも踏み潰したい欲求を飲み込みながら、リディアは冷静な口調で言葉を続けた。
「…… 私とルーシーはこの孤児院、ここにいる子供たち、それに将来ここにやってくるであろう子供たちを守らねばなりません。協力出来ることは少ないけれど、長年ここを任されてきた私たちには多くの ”ツテ” があります。もし何かわかればすぐに連絡します」
「ありがとう、リディアさん。ここが狙われる可能性もありますから、お二人も用心してくださいね」
「感謝します。こちらも何かあればすぐに報告します」
ゴードンとソフィアは同時に礼を述べた。
「心配ありがとう。…… さて! お昼寝も終わるころね。私は娘が壊した車の椅子を取り付けてくるから、ゴードンとソフィアは子供たちの訓練に参加してちょうだい。まだ幼いけれどみんな優秀よ。いろいろ教えてあげて」
テーブルに両手を突いて立ち上がったリディアが二人にウインクした。
「あ! ちょっと待って…… そうそう。こちらからひとつお願いがあったんだわ」
思い出したように口を開いたルーシーに三人の視線が集まる。
「私とゴードンにお願い… ですか?」
「ええ。そうなの。実は日本のハンターから苦情が届いていて……」
「日本? もしかして……」
ソフィアが視線を送ると、内容を察した様子のゴードンが頭を抱え、ため息をつきながら ”問題児” の名前を口にした。
「イタルの奴だな――」
第3話・完