![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/62386576/rectangle_large_type_2_43363cde26ccbf01a9f5158f5cef2b5e.jpg?width=1200)
蜘蛛の巣のドグマ
降りはじめた大粒の雨が、アキトの墓石をつたう。
泣いてるの?
ママの涙は涸れちゃった。ごめんね。
膝を突いたまま雨に濡れていると、足音が近づいてきた。細い参道に目を向ければ、背広の男がひとり。左手の禍々しい腕輪を隠そうともしていない。
ブラック・ジェネシスの怪人。
腕輪のモチーフは……蜂。
怖くない。死ねばアキトの所に行ける。
立ち上がって、男と向かい合う。
男がアキトの墓に視線を移す。
「残念だった」
残念?
冷えきっていた血がカッと燃えて、思わず男の頬を張っていた。
「殺ったのはヒーロー。だろ?」
冷静な声に、唇を噛む。
あのとき。私はすがりついて懇願した。顔も本名も知らない覆面ヒーローたちに。その一員である夫のジンヤに。待って、まだ中にアキトがいるのよ。やめて。なのに彼らは施設ごと――
たくさん人が死んだ。みんな泣き寝入り。尊い犠牲? いったいヒーローは何を守るために戦っているの?
「俺も同志の半数を失った。木っ端微塵で死体すら……その墓の中も、だろ?」
男が顎をしゃくる。
まだ四歳だった。
私のすべて。夫が家を顧みずとも、アキトがいれば幸せだった。
「なあ奥さん。いや、希代マコ。話がある」
◆
部屋の暗さと芳香剤の臭いに慣れたころ、家主が帰宅してきた。
廊下で足音。リビングのドアが開く。照明をつけた愛沢リンが、ソファに座る私を見て悲鳴を上げた。
「ジンヤ……さんの奥さん? 何で」
「なぜ私がゴッドイエローの正体を知っているのか……昔ね、探偵を雇ったことがあるの。夫の浮気調査」
立って、念じる。天井の風船みたいな人面蜘蛛たちが糸を放ち、彼女を拘束する。
「ちょ、何なの!」
「指、すべすべね」
変身リングを抜き取る。
「か、返して!」
「お仲間の正体、教えてくれる?」
蜘蛛を模した黒い腕輪を見せつけると、可愛い顔が醜く歪んだ。
「それ、アンタ」
「喋れば楽に死ねるわよ」
「待って、やめて」
「待たない。やめない」
ガチャン。
玄関の鍵が回る音。
誰?
【続く】
いいなと思ったら応援しよう!
![ジョン久作](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/8187171/profile_1658e06bc99b4cac26894f147d63cfeb.jpg?width=600&crop=1:1,smart)