異世界剣闘 #AKBDC
「ファーーック!!」
アクズメが女トロール亭のドアを引いて店内にエントリーすると、アイカツ筐体の方向から罵声が響いてきた。またか、と内心ヤレヤレしながら、カウンターの向こうの女トロールに会釈する。彼女は黙りこくったままアクズメを一瞥するだけである。コワイ。
「アーッ! ファック! またオレのすぐ後に! 嫌がらせかよファック!」
声の主・・・グリーンアローめいた緑フードの少年は、少年らしからぬ単語を連発しながら地団太を踏んでいた。彼の視線の先には、剣闘を終えたばかりの少女。少女は嬉しそうに、今しがたゲットしたプレミアムカードを母親に見せていた。
歯軋りする少年をよそ目に、アクズメは空いた筐体に座る。
(ファック多用少年よ。お前の腕前は相当なレベルだ。コレクションもスゴイ。大人の俺ですら羨ましい。だから、いたいけな少女がラッキーしたからってそこまで悔しがらずともよかろう。あとたまにはトレードに応じて欲しい・・・)
アクズメは誰に向けることもなく「フッ」と笑ってオトナの余裕を演出し、財布から取り出したコインを筐体に滑り込ませる。
<…A…K…U…Z…U…M…E…>
「ワザファッ!? ファック!!」
叫んだのはアクズメだった。
自分が無難に剣闘を終えたあと、あの少女がまたもやプレミアムカードを引き当てた。悔しいが、そこまでは我慢できた。だが、次に座ったおばちゃん剣闘士が垂涎の一枚を手にした瞬間、ローマとカードダス時空と現実がいっしょくたになり、無意識にアクズメの口から罵りの言葉が飛び出していたのだ。
「ファーーック!?」
アクズメの隣で、少年もまた叫んでいた。
耐えかねた女トロールが二人を睨み、カウンターのスイッチを押す。天井から降りてきたリング状の転送装置がアクズメと少年をスッポリと囲い、ストロボめいて光った。筐体に注目していた親子とおばちゃんが(なんの光かしら)と振り返った時には、すでに二人の姿は消えていた。
<…A…K…U…Z…U…M…E…>
ガン、ガン、ガン。ガン、ガン、ガン。
威圧的な金属音に鼓膜を刺激され、アクズメは目を覚ます。うつ伏せ。湿った土の臭いに混じって、何日も風呂に入っていないような悪臭が鼻をつく。視線の先に、人の脚らしきものがいくつも見えた。
「うえぇ」
左頬が泥に埋まっていることに気付き、両手をついて身を起こそうと――するが、両手首が鎖で縛られていた。
「う・・・え?」
わけがわからない。だが口の中に泥が入り、左耳もよく聞こえず、騒がしい何かに囲まれている。とにかくこの状況を何とかせねばという一心で肘を使い、正座の状態にもっていく。
「・・・え」
彼の周囲にいたのは、人間に似て非なる者たち。背丈は揃って低く、全身の肌が緑青色。赤や青のモヒカンは、美容院で染たものではなさそうな自然の風合い。民族衣装めいたカラフルな布と、皮や鉄でできているらしい鎧を身に纏い、揃ってアクズメの前方を向いている。それぞれの手には、剣や斧、槍、それに弓。
ガン、ガン、ガン。ガン、ガン、ガン。
金属音が、一定のリズムを刻んでいる。どうやらこの音の主は、彼らではないようだった。視界は異形の存在たちによって遮られているが、彼らが向いている先の先のまた先あたり・・・遠くから響いている。
「あのー! 映画の撮影ですか?」
近くに立つ赤モヒカンに大声で尋ねると、問答無用で肩を蹴られた。理不尽な状況下だが、怒りよりも先に混乱と恐怖に襲われ、泥まみれになりながらふたたび身を起こす。膝立ちから中腰になり、おそるおそる、緑青色の存在たちの頭越しに前方を見渡す。
そこは、背の低い草と泥にまみれた平原らしかった。この小さい生き物は前方に数十・・・いや数百。彼らが見据える先・・・50メートルほど距離をあけた小さな丘の上、大きな山を背にして、別の集団がこちらを見下ろしている。横一列に整列するその存在は一様にスキンヘッドで、下顎から大きな牙が生えているように見えた。陽の光を浴びて輝く黒鉄色の胸当て。かなり大柄だ。遠目に見ても、目の前の小柄なやつらの倍以上はありそうだ。そして英雄コナン顔負けの筋肉。ジムトレーニングを欠かさぬアクズメだからわかる。あれはお飾りマッスルじゃあない。実用的、実戦向けの肉体だ。そのブッとい腕には、やはり武器。その武器を胸に叩きつけ、先ほどから鳴り止まない金属音を発していた。何か亀のような生き物に跨っているやつもいる。
間違いない。これは<戦 -IKUSA->だ。戦が始まろうとしている。あり得ない状況だが、アクズメは本能的にそれを理解した。
「うう・・・ファック・・・」
聞き覚えのある声にアクズメが振り返ると、緑フードの少年が背後で転がっていた。と、そこで少年の服装に違和感を覚える。長袖、フードであることに変わりは無いが、胸から下の生地が魔法使いのローブのように垂れている。そしてアクズメと同じように手を鎖で縛られていた。
「おい大丈夫か」
自由のきかぬ両手で少年を起こし、なんとか座らせる。フウ、と一息ついたところでアクズメはゾっとした。二人の後方にも、百匹はくだらぬ緑青色のバケモノがいたからだ。
「おじさん?・・・ここは・・・?」
「わからない」
「ファック! 泥まみれじゃん! ナニこれ! 鎖!? ・・・ファ・・ナニこいつら!? モンスター!? お店は!? どこ!!」
「シッ! 落ち着け。大きな声を出すな」
「我はローレンシウムの王、フロン!!」
少年を黙らせようとしていると、丘の方から太く雄々しい声が聞こえた。同時に、金属音がピタリと止まる。
「ここから先は我等が領土! トロルよ。今すぐ立ち去れ!!」
丘の声に、アクズメは愕然とする。
(トロル?・・・トロール・・・この小さいやつらはトロルなのか? 店の女トロールより随分と小さいが・・・)
すると今度は、アクズメたちの後方から甲高い叫び声が響く。
「アア!? 寝ぼけたこと言ってんじゃねーよ! ン? テメェら糞オーガどもがビコス兄を殺したんだろーがよ! ン? 弟のオレ様・・・チャマ様が直々にその報いを受けさせてやろうってんだ! その背骨で首飾りを作ってあの世のビコス兄に捧げてやるぜ! ンン!?」
後方で陣を構えるトロルたちの中に、ひときわ大柄な姿がいくつか見えた。その中でも一番背の高いトロルが槍を天に突き上げながら叫んでいる。
その声に、アクズメは愕然とする。
(オーガ?・・・あの大きなやつらはオーガなのか? この空気。間違いなく始まるぞ。殺し合いが・・・なぜ俺と少年はこんなところに! 帰って楽しく剣闘したい! 夢ならさめてくれ!!)
「我々オーガは節度を守らず仕掛けてきた愚か者を払った。ただそれだけだ」
「アーー!? うるせぇ! 死ね! 殺す! オーガは皆殺しダァァァ!」
その一声で、戦いの火蓋は切って落とされた。
<…A…K…U…Z…U…M…E…>
両軍が激突し、大地が揺れている。無数の蛮声と悲鳴、そして金属がぶつかり合う激しい音に、耳が壊れそうになる。
少年は両手で耳を塞ぐこともできず、亀のようにうずくまって泣き叫ぶ。アクズメは無我夢中で少年に覆い被さり、声にならない声をあげながら、ひたすら耐えていた。トロルたちに背中や後頭部を何度も踏まれ、脇腹を蹴られ、全身に泥と鉄紺色の血を浴びた。しかしアクズメは鍛え上げた全身の筋肉を鎧代わりに、耐えた。
「人間族? なぜこんなところに」
トロルたちの気配が一瞬だけ周囲から消えた。頭上から太い声。開戦前に、丘の方から届いていたあの声だった。アクズメが顔を上げると、灰白色の筋肉を漲らせたオーガが見下ろしていた。その首は牡牛のように逞しく、右手の大剣は少年よりも大きい。
「奴隷・・・ではないな。その姿」
オーガの王フロンは大剣を軽々と振り、アクズメの鎖を断ち斬った。
(その姿? ・・・ああ、このTシャツか。見たことないんだろうな)
アクズメが自分の服を確認する。
「エッ? ナンデ!?」
アクズメは目を見開いた。自分の恰好が、イマジンしてやまないローマ剣闘士そのものだったから。
「くれてやれ」
フロンが言うと、隣のオーガが地面にグラディウスを突き立てた。続けてバックラーを放り渡す。
「なあオッサン! お、オレのも外してくれよ! ねえ! なあ! オイ! なんだよここ! チキショー! ファックファックファック! 家に帰らせてよぉ!」
少年が半べそで叫び、両手をフロンに向ける。
「この礼儀知らずめ!」
オーガの戦士が斧を構え、一歩踏み込む。フロンはそれを制し、静かに口を開いた。
「・・・メイジの少年よ。その汚い言葉遣いと礼節に欠ける態度は改めるべきだな。幼ければ何事も許されると思っていたらいずれ命を落とす。例え今日を生き延びたとしてもな」
「ヒッ・・・」
威厳に満ちた声とその目に、少年は縮み上がって押し黙る。
「・・・まだ幼い命。グラディエーターよ、お主が守ってやれ」
フロンはアクズメに言い残し、襲い来るトロルたちを斬り捨てながら去っていった。
アクズメはグラディウスを抜き、バックラーを左手に装着する。そして、少年の鎖を見事に叩き斬った。
「生き残るぞ。生きて帰ろう。元の場所へ」
「は、はい!」
少年はローブで涙と鼻水を拭い、礼儀正しく返事した。
<…A…K…U…Z…U…M…E…>
「ううおおおぉぉぉ!」「おじさん! うしろ!」「ムゥン! 助かったぜ」「まだ来ます!」「任せとけ!」「ヤッタ!」「オッシャァ!」
アクズメが振り向きざまにバックラーで斬撃を防ぎ、グラディウスで緑青色の胸を貫く。少年もアイカツで磨いたセンスでスペルを使いこなし、見事な動体視力と判断力でアクズメをサポートしていった。
<…A…K…U…Z…U…M…E…>
戦はオーガの勝利に終わった。
あちこちに転がるトロルの死体。少年に見せるのも酷な光景だな、とアクズメは心を痛めたが、隣に座る少年の顔つきはどこか晴れ晴れとしていた。
「オレ・・・いや、ボク、なんであんなにイライラしていたんだろう」
「アイカツが好きだからこそ、悔しい。そういう気持ちが人一倍強いんじゃないか。実際、自分のあとにレアが出ると腹が立つのが人間ってもんだ」
「そうですかね・・・。あの大きな人にズバリ言われてハッとしたんです。殺されるかと思いましたケド」
少年が、少年らしく笑った。アクズメもつられて笑う。
「ああやって、厳しくも正しいことを言ってくれる大人は大事だね。俺も見習わないとな」
「おじさんはスゴイですよ。こんなコミックみたいな世界に連れてこられても、ボクを助けてくれたし・・・励ましてくれた。ありがとうございます」
「お、おう。照れるな。ちなみに名前はおじさんじゃないぞ。アクズメだ。31歳になったばかりのお兄さん」
「アッ、すみません。お誕生日おめでとうございます。・・・アクズメさん、スゴかったです」
「そ、そうか。ありがとう」
「ま、アイカツの腕とコレクションはまだまだですけどね」
「おっ、言ったな!?」
「えへへ。・・・・・・帰りたいですね。元の世界に」
「ああ。そうだな・・・」
すっかり打ち解けた二人のもとに、フロンがやってきた。その隣には、灰色のローブに身を包んだ老婆。
「この二人だ。人間族だが・・・いくつか我々が理解できぬ単語を使う」
フロンがアクズメと少年を見下ろして言うと、老婆が何度か頷く。
「ヒヒ…なるほどね」
「わかるか」
「こりゃ珍しいね。送り返してやらないと。死なずに済んで良かったねお前さんたち…クク」
老婆はそう言って、ブツブツと何かを呟き始める。
「ワッ!」「エッ?」
すぐにアクズメと少年を緑色の光が包み―― その姿が消えた。
<…A…K…U…Z…U…M…E…>
瞼の裏まで届くまばゆい光がおさまり、アクズメは目を開ける。見慣れた店内。目の前には、アイカツ筐体が二台。
ハッと隣を見ると、緑フードの少年が立っていた。あの世界に放り込まれる前と同じ姿勢、同じ服装で、少年は筐体を見つめている。
慌てて自分の恰好を確認すると―― 見慣れたTシャツ。
(白昼夢・・・マボロシ・・・だったのか?)
アクズメが少年を凝視していると、少年が見返してきた。
「あっ、スマン、なんでもない」
アクズメは咄嗟に目を逸らす。アイカツは空いている。とりあえず落ち着くために一度剣闘しようか、と財布に手を伸ばす。
「あの」
少年が控え目に声を発した。
「アクズメさん、カード・・・トレードしません?」
【完】
本作品は、akuzume=サンの作品『剣闘小説』シリーズと、自作品『ダンジョンバァバ』のクロス二次創作であり、akuzume=サンのバースデイ企画への投稿作品です。