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Corona Extra! #ppslgr

 2020年4月某日。

 超巨大都市型創作売買施設『note』の一角を、黒ずくめの男が歩いていた。平時であれば、真っ直ぐ歩くことも困難な賑わいを見せる商業施設だが、非常事態宣言が発令された今は閑散としている。

 春だというのに全身黒ずくめの男―― レイヴンは、慣れた足どりで書籍売買エリアに入るとメインストリートを折れ、狭い裏路地をずんずんと進んでゆく。何度か角を曲がり、無数に並ぶ室外機を器用に避け、少し開けた場所に辿り着くと、小さな溜息を漏らして肩を落とす。
 目の前には、まるで西部劇の酒場を模したような店構えのバー『メキシコ』。入り口の横には、不規則に明滅するOPENのネオンサイン。いつもなら外まで漏れてくるはずの客の声、銃声、ビンの割れる音、それに酒と煙草と火薬の臭いが―― まるでしない。

(数日顔を見せていなかっただけで…… いや、こうなるのは分かっていたことだ)

 レイヴンは自分に言い聞かせ、スイング式のドアを勢いよく押した。

「おやレイヴン、久しぶり。こんな時にどうした」
 カウンター席で煙草を吹かしていた灰色の男が振り向き、少し驚いたような顔を見せる。

「商売道具を取りに来ただけだ。すぐに帰るさ。ジョンQこそ」
 レイヴンは意地悪な笑みを返し、薄暗い店内に視線を走らせた。客はジョンQひとり。カウンター奥のマスターと目配せで挨拶しながらCORONAを一本手に取り、選び放題のテーブル席にドカッと腰を下ろした。木製の防弾テーブルから火薬の臭いが微かに漂い、レイヴンは少しだけ顔を綻ばせる。

「すぐに帰ると言いつつ、一杯か」
 カッカッカと肩を揺らして笑うジョンQも、CORONAのビンを掲げて見せる。つられて笑ったレイヴンだが、その顔はどこか寂しそうでもある。
「……近場でコレが飲めるのは、今じゃこの店くらいだからな」
 そう言って宝物のようにビンを撫でてから親指で栓を弾き、乾いた喉に黄金色の液体を流し込んだ。

「で? なんでそっちはここに?」
 人心地ついたレイヴンはロッカーの前に移動し、中から自分の商売に欠かせない道具―― 大口径の銃、業物の刀、など、などを取り出しながら、もう一度たずねた。
「ちょっちゅお仕事でね〜」
 相変わらずのとぼけ顔でジョンQが答える。
「例のウイルス関係か?」
「なわけあるかい。ワシは闇医者。そっちの医療行為は国や専門家に任せるのが一番――」

「CORONAはここかぁあ!」「CORONAよこせぇえええ!」 BLAM! BLAM! BLAM! 「ウアアアーッツ!?」

 荒くれ者たちが目を血走らせ乱入! ジョンQが威嚇射撃! 荒くれ者たちが退散! わずか3秒の出来事!

「……おい、今のって」
 唖然とするレイヴン。一発モモに当たってたぞ? というツッコミは控える。
「まったく。困った奴らよ」
 カウンターに座ったままのジョンQは鼻を鳴らし、銃の硝煙と煙草の紫煙をまとめて吸い込んでから溜息を吐いた。

 ――「必要不可欠でない産業は活動を延期すべき」
 メキシコ政府の要請に従い、皆が愛するCORONAは生産停止。社はウイルス対策に貢献すべく、「生産過程でできるアルコールを使い、殺菌ジェルを製造して寄付する」と発表していた。

「買占めだの、転売だの。しまいにゃアレよ」
「CORONA強盗とはな……」
「そ。……ま、数は多くないがな。それに今日でワシのお役目も終わり」
 ジョンQの言葉にハッとしたレイヴンがマスターを見る。マスターは無言で頷き、肩をすくめる。
「国の方針だからね。みんな執筆は自宅でやっているみたいだし。世の中が落ち着くまで、しばらく家でのんびりするよ」
「ふぅむ……。やむを得ない、か」
 渋顔で顎をさするレイヴン。マスターの懐事情は決して温かくはない。倉庫には山積みされたCORONA。その栓が抜かれる日が、いつ戻って来るかわからない。
「店を閉めた後の警備は?」
 問われたマスターはニコリと微笑む。
「大丈夫。D・Aが外壁を突貫工事してくれてね。それだけでも安心だが、そこにM・Tが魔術を」
「魔術」
「そ。ヒッヒッヒ……。一度封印しちまえば、バカな盗人が入ろうとするたびにボンッ!」
 ジョンQが嬉しそうに口を挟み、蕾めいて閉じていた指をパッと開いて見せた。
「消し炭になって…… 桜の花びらと一緒にどこかへ…… サラサラサラ~」
「なら安心だ」
 納得したレイヴンはこれでもかと武器を詰め込んだバッグを担ぎ、空になったビンをカウンターに置く。
「ご馳走さん。再オープン、待ってるからな。必ずだぞ」
「もちろん」
「いくらネットがあるとはいえ、全員寂しそうな顔をしとったからのう……」
 ジョンQが遠い目で呟いた。
「ネットか……。俺の依頼主もテレワークだビデオ通話だと言っていたな」
「医者はまだまだ在宅なんて言ってられん時代だがな」
「確かに。ま、これを機に…… って言っちゃなんだが、もっと柔軟に、場所や時間にとらわれない働き方が広まるといいかもしれないな。ジョンQの言う通り、そうはいかない仕事をしている人間も沢山いるが」
「まったくだ」
「……あ」
 スイングドアに手をかけたレイヴンが、口を開けたまま宙を見つめている。
「あ? どうかしたんか」
「……あ、いや。いいこと思いついたぜ」
 レイヴンはニヤリと笑ってスマホを取り出し、その場でサッとメッセージを送った。

R・V:ちょっと相談があるんだが、いま時間いいか
D・A:大丈夫だよ。どうしたの

◇◇◇

 バーの外に無数のローター音が響きはじめた。
 レイヴンとジョンQ、それにマスターが外に出て見上げると、大量のドローンが上空に展開していた。
『お待たせ。ひとまず買い手の人数分だけ飛ばしたよ』
 D・Aの声がドローンから発せられ、店の前に整然と降下する。
『腹のボックスに積んでね。4ダースまではいけるよ』
「サンキューD・A。支払いは各自が電子決済するから」
『オッケー。みんな律儀だね。レイヴンが奢るって言ったのに』
「奴ら、それだけこの店が好きなんじゃろ。ヒッヒッヒ」
「助かるよ。本当に」
 マスターは礼を述べ、せっせとドローンにCORONAを積んでゆく。二人も負けじと往復し、あっという間に荷を運び終えた。それでも店の奥の倉庫には、まだまだCORONAが飲み手を待っている。

『注文があればデイリーの配達も対応するからね~』
 一斉に飛び去るドローンを見送り、一息ついたレイヴンが二人に別れを告げる。
「じゃあ、また」
「おうよ。ワシも封印を終えたら家に帰って犬とゴロゴロするわい」
「マスターも、頼むぜ」
 レイヴンの声に、マスターは胸を張って頷いた。
「S・Cが言うには、アバターを使った仮想空間も作れそうだとか」
「そりゃすごい。好きな時に、好きな奴らがCORONA片手に創作、コン、チャットでも、って思っただけなんだが…… こんな時だからこそ…… な」
「のうマスター、店の名前はどうするんよ?」
 話を振られたマスターは白い歯を見せ、ニカッと笑った。
「そりゃ当然、リアルだろうと、ネットだろうと――」

「「「バー・メキシコ」」」


-【完】-


◆これは何ですか?
これは、原作者(レイヴン)こと遊行剣禅=サンの連載小説『パルプスリンガーズ』の二次創作小説です。舞台設定や登場人物は原作に準じていますが、本編の世界線におけるバー・メキシコ(リアル)は、平常通り営業しています。


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