スケベ館の殺人
主な登場人物
ミタラシ ・・・”自称” 私立探偵。N大学8年生
マチオカ ・・・ミタラシの親友。小説家
阿久沢 剛三・・・実業家。故人
阿久沢 ツル・・・剛三の妻
阿久沢 高博・・・剛三の息子。”スケベ館” 現当主
阿久沢 詩織・・・高博の妻。故人
阿久沢 加奈・・・高博の娘。霊能力者
阿久沢 明 ・・・加奈の夫。建築家
阿久沢 幸男・・・高博の息子。T大学1年生
岡崎 なな ・・・幸男の恋人。女優
谷口 真吾 ・・・幸男の友人。フリーター
矢島 賢治 ・・・矢島建設 社長
森 一郎 ・・・占い師
木下 勉 ・・・医師
田村 正和 ・・・使用人
田村 美千子・・・使用人
村瀬 ・・・S県警 刑事
プロローグ
S県の小さな港で二人を迎えたクルージングボートが、冬の波を切り裂きながら目的地に向かっている。
「あの、館は禁煙ですので」
「うん?」
冷たい季節風に耐えながらスターンデッキで一服していたミタラシは、田村と名乗った操舵手の声に振り返った。
「当主の意向で。館はもちろん、敷地全体が禁煙です」
「こっちも?」
ミタラシが懐から電子タバコを取り出すと、田村は小皺の寄った顔で頷いた。
「困ったね。……マチオカくん、ボクは帰ることにするよ」
「え? 帰る? 帰るって、ちょっと」
キャビンで寒さに震えていたマチオカの顔が、一段と青白くなった。
「なぁに、心配いらないさマチオカくん。キミは島に上陸して、ゆっくりスケベ館とやらを見物してきたらいい。おまけ扱いのボクはトンボ返りして、炬燵で寝転がりながら土産話を待つよ」
ミタラシは口角に笑みを浮かべ、さも美味そうに紫煙を吸い込んだ。
スケベ館―― S県の離島、小さな小さな村の山奥に建つ奇館。広大な敷地の中央にそびえ立つ一本の塔と、その左右に鎮座する半球状の家屋。誰がどう見ても男性器を模しているとしか思えぬことから、村民やフリークの間でそう呼ばれている。
初代当主の阿久沢 剛三は、貧村の出ながらも実業家として大成。晩年に故郷に戻った彼は世界中からスケベにまつわる珍品を蒐集し、それらを保管、鑑賞するために館を建てたと言われている。しかし剛三やその親族が人を招き入れることは滅多になく、現当主である剛三の息子―― 阿久沢 高博の代になっても、館の内部は謎に包まれたままだった。
剛三の孫娘、阿久沢 加奈からマチオカに招待状が送られてきたのは、二週間前のことである。彼女の話によると、スケベ館は大規模な改修を控えている。その前に、家族それぞれが数名に声をかけて集い、ちょっとした招宴を催すのだという。マチオカの大ファンを自称する彼女の文面には、スケベ館や剛三の蒐集品を小説のテーマにして欲しいという願望が滲み出ていた。
「ミタラシも乗り気だったじゃないか。面白そうな館だな、って。世界中のスケベが集まっているんだよ?」
マチオカは慎重に言葉を選びながら食い下がった。こういう態度に出たミタラシは、ひとつ言葉を間違えると手が付けられなくなる。
「そりゃあね。でもニコチンと天秤に掛ければそんなモノ…… あ!」
ミタラシはグーにした右手で左の掌をポンと叩き、何かを閃いた顔になった。そしていつものように火のついたタバコを口に放り込み、咀嚼しながら喋り始める。
「妙案を思いついたよマチオカくん」
その瞳には残忍な光が宿っていた。マチオカの顔がもう一段青白くなる。
「だ――」
マチオカは声を発しようと口を開く。しかしミタラシは超人じみた速さで懐に手を伸ばし、田村に向かって何かを投げ終えていた。
「――め」
「ウグッ」
田村は短く呻き、絶命した。その後頭部には手裏剣が突き刺さっている。
「館の人間を全員片付けてしまえばいいんだ。そうだよ。簡単なことじゃないか。その後でゆっくりと鑑賞したらいい。うんうん、いい考えだ」
ひとり頷いたミタラシはトレンチコートを脱ぎ捨て、面頰を被る。
「ミタラシ、それはちょっ」
「じゃ、先に行って掃除しておくよ。ボートの操縦がんばって! デヤーッ!」
ミタラシは掛け声と同時に跳躍し、30ノットで走るボートの三倍の速度で海面を駆けた。
「ああ……」
マチオカはその場にへたりこみ、みるみる遠ざかってゆく黒装束の背中を呆然と眺めた。
「なんでいつも……」
今すぐ引き返し、電車を乗り継いでアパートに帰り、炬燵に潜りたい。そんな衝動を抑え、歯を食いしばり、田村の死体をどかす。よろめきながら立ち上がるとハンドルを握り締め、深呼吸し―― スロットルレバーを押し倒した。警察を甘く見てはいけない。阿久沢家の使用人に連れられて港を発った二人の素性は、すぐに調べ上げられるだろう。だからマチオカは行かねばならない。島へ。血まみれのスケベ館へ。抜かりなく全てを整えてから警察を呼び、”自称” 私立探偵のミタラシとともに事件を解決するのだ――
【おしまい】
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