【デビルハンター】ジュディ婆さんの事件簿 #9(第3話:2/5)
今日は自宅でゆっくりするさ。
-ジュディ-
<前回のジュディ>
会合の結果、危険を知らせるためにゴードンとソフィアが ”ゴールデン” に行くことになった。傷を負ったジュディはヴィクターがうるさいので自宅療養することにした。
(前回(#8(第3話:1/5))
(目次)
……………
■#9
「ったく、大漁だったのはいいが…… 記念すべき1000匹目がザコってのが残念だね」
自宅のデスクでウォルデンでの一戦を記録し終えたジュディは独り不満を口にしながらペンを置き、煙草に火をつけた。静まり返った部屋に響くのは、雪になりそこねた雨粒が窓を執拗に叩く音。
■記録番号:991
・場所:コロラド州ウォルデン
・対象:牧師もどき/男/老人。年齢不明
・能力:右腕が伸縮(全身の可能性あり)。伸縮距離等、詳細は不明
・特徴:統率型。20匹以上を使役していた模様。攻撃の直前まで気配を消せる理性あり
・処分:エリザベスによる瞬間移動。行き先不明。おそらく死亡
・備考:クソ野郎の手下として ”石” を探していた
■記録番号:992 ~ 1015
・場所:コロラド州ウォルデン
・対象:住人たち/男/青年~中年
・能力:なし/不明
・特徴:なし。単純作業用の下級悪魔と推定
・処分:すべて死亡。銃殺、斬殺、 爆殺等。うち11匹はエリザベスが処分
・備考:クソ野郎の手下の牧師もどき(991番)の手下
勢いよく煙を吐き、ぬるくなったコーヒーを飲み干す。咥え煙草で立ち上がると寝室に移動し、サイドテーブルに放ってあったスマートフォンを確認した。ゴードンとソフィアがゴールデンに向かっているころだが、彼らからの通知は無い。
何事もなきゃいいが…… まあソフィアがいるから大丈夫だろう。ゴールデンにはリディアとルーシーもいる。
要らぬ心配に時間を割くことをやめたジュディは寝室の壁一面に掛けられた ”得物” を見比べる。しばしの黙考を終えて短くなった煙草を揉み消すと、鈍く光る一対の得物を手に取った。
「ふん… コイツも持ち歩くべきかねえ」
◇◇◇
「俺の車でもよかったのに」
FBIデンバー支局の前で薄汚れたピックアップトラックに拾われたゴードンが、助手席のシートベルトを締めながらソフィアの横顔に話しかけた。
「はぁ…」
ため息をついたソフィアが、琥珀色に輝く右眼でゴードンを睨みながら反論する。
「あなたね…… ”俺の車” って、FBIのでしょ? あんなピカピカ黒塗りのフルサイズSUVにスーツ姿の七三が乗っていたら ”警察機関です” って自己紹介しているようなものじゃない。私たち狙われるかもしれないんだから、目立たないようにしなきゃ。……それにFBIの車両を使って何かトラブルがあったらどうするの? 車両のGPSで ”ゴールデン” との関係をネホリハホリされて迷惑かけるリスクもあるのよ?」
「あ、ああ、そう…… だな、うん」
反論に窮したゴードンは、バックミラーに掛けられ揺れるコミックキャラクターの人形たちを黙って眺めた。
青い毛皮の獣人。
細いバイザーを目にあてたピチピチボディスーツのマッチョマン。
全身氷男……。
「……こいつらも俺らと同じで特殊な力を持っちまった苦労人だよな。理解のある大人たちが孤児院で育ててくれたってところも同じ」
「彼らが育ったのは学園」
コミックにうるさいソフィアがすぐさま訂正したが、ひそめた眉を緩め… 懐かしむような表情を浮かべながらつけ加えた。
「でも、理解のある大人たちが育ててくれたのはどちらも同じね」
インターステート70号線を西、ロッキー山脈の麓に向かって走る。山小屋の一件やジュディが戦ったウォルデンへとつながる道。その途中で右折し、ゴールデンフリーウェイに入ってしばらく走ると…… 見慣れた都市。コロラド州ジェファーソン郡ゴールデンの入り口に掛けられた大きなアーチが二人を乗せた車を迎えた。
Howdy Folks!
WELCOME TO GOLDEN
「久しぶりだなあ。3年… いや4年ぶりか。変わってないなあ。おっ、あの店まだやってるのか。ガキのころお前にも奢ってやったよな」
雨がやみ、曇天の隙間から陽が差し込む。明るくなった街並みが左右に流れる様子にあわせてゴードンの頭が左、右、左、右、とせわしなく動く。
「車で30分なんだからもっとマメに顔をだしてあげなさいよ」
「そういうお前はどうなんだ」
「私? お店を開いてからは忙しくて前ほどじゃないけど… 3ヶ月に1度は来るようにしているわよ。差し入れの料理を作って」
「料理? お、じゃあこの香りは……」
ゴードンはずっと気になっていた香りの発生源…… 後部座席を見ながらくんくんと鼻を鳴らした。
「そ。早起きして仕込んできたの」
「てっきりお前が車内で何か食べたんだと思っていたよ」
「食べません」
「お腹がすいてきた! 楽しみだなあ」
「ゴードンのぶんはございません」
「エッ!?」
「ほら、着いたわよ」
都市の中心からやや離れた川のほとりにひっそりと建つ、レンガ造りの洋館が視界に入った。手前にはテニスコート6面ぶんはあろう広さの中庭。夏になれば青い芝が生い茂り、子供たちが育てる色とりどりの花が咲く。その庭のさらに手前、大きな鉄柵門の前で車が止まった。門の横に埋め込まれた石造りのプレートには ”ゴールデン孤児院” と名が刻まれている。車を降りて昔と何ひとつ変わらぬ施設を眺めていると、奥の建物から一人の女性が姿を現し歩み寄ってくるのが見えた。
「ルーシーさん! こんにちは」
ソフィアが手を振りながら女性に挨拶する。
「こんにちは、ソフィア。……それにゴードン! 久しぶりね! 二人が一緒に来るなんて何年ぶりかしら」
ルーシーと呼ばれた女性が満面の笑顔で門を開け、ゴードンに握手を求めた。
ゆったりとしたくるぶし丈の黒のワンピースは修道服に近しいが、頭巾は被らずブロンドのロングヘアを後頭部でひとつにまとめ、馬の尻尾のように垂らしている。このスタイルも昔と何ひとつ変わっていない。
「やあルーシー。久しぶり。相変わらず元気そうで何よりだよ」
「ゴードンこそ! 元気そう。あ、先月40歳でしょう? お誕生日おめでとう。でも若々しい感じは相変わらずね!」
誕生日を覚えてくれていたことを喜んだゴードンだったが、目の前で屈託なく笑う60歳の院長が自分と同じくらい若く見えるという現実に敗北感を覚えた。
ゴールデン孤児院。
”混血” 保護のため、数名のハンターによって1930年に創設された孤児院。
ルーシーとソフィアが挨拶を交わすなか、ゴードンはかつてこの院で教わった歴史のことを思い出していた。
いにしえの時代から今に至るまで、悪魔の所業によって…… また、その悪魔を狩るハンターたちによって身寄りを失う子供は少なくない。そしてそういった子らのなかには ”悪魔と人間の間にもうけられた子供” がごく稀に存在していた。
医学的な根拠は明らかになっていないが、”混血” が無事に出生を迎える確率は限りなくゼロに近い。しかし、ゼロではない。そして、奇跡的に産まれるその子らにはかならず悪魔と同等、もしくは悪魔以上の ”能力” が潜在しており、早いケースで5歳、遅くとも10歳までに発現することがわかっている。
ハンターたちはその子らを 悪魔の子…… 悪魔の手先になり得る ”脅威” とみなし、確認されるたび当たり前のように ”処分” してきたという残酷な記録が残されている。実際、悪魔に加担しハンターと戦闘になった事例や、孤児となったのちにその ”能力” で多くの人間を虐殺した事例もあるという。……しかし19世紀の終わりごろ、”処分” に異を唱えた一人のハンターがいた。彼女が調査を重ねた結果、子供たちの人格―― 心理面の特性は生涯人間とひとつも変わらないことが確認され、世界中のハンターに広く知れ渡ることとなった。
それでも「育ち方ひとつで脅威になる」と恐れた一部のハンターらは ”処分” の方針を曲げることはなかったが、その他大勢のハンターは ”保護”、”育成” を支持するようになった。互いの方針の違いをきっかけにハンター同士の争いが生じた事例も報告されている。
……とはいえその子らは稀有な存在であるからして、”混血” と無縁のまま長い人生を終えるハンターが多くを占める。
話によれば、ゴールデン孤児院の創設メンバーにはジュディの母親も含まれているという。そしてジュディはガキだった俺やソフィアを救い、ここゴールデンに連れてきてくれた恩人だ。
ゴールデン孤児院の初代院長を務めたハンターは、彼女の素性を知る夫と二人三脚で院を運営した。最初の ”子ら” は僅か三人だったが、普通の人間として教養を身につけさせるだけでなく、”能力を持つ者” として正しい方向へと導く必要がある。手探りの状態での指導、訓練は相当な苦労があったという。
そして1970年。二代目として跡を継いだのは亡くなった院長の娘、リディアだった。10歳で入院した俺や、俺から1年遅れて3歳のときにやってきたソフィアは、リディアにさんざん迷惑をかけた。そして俺らが卒院したあと、エリザベスが入院した2005年に三代目の院長になったのがリディアの娘、ルーシーだ。直接指導を受けたわけではないものの、卒院後も縁が切れることのない俺たちはルーシーにも随分と世話になってきた。
現在はリディアとルーシー、それにルーシーの夫が七名の子供たちの面倒を見ていると聞いている。院長の席を譲ったリディアは100歳近いはずだが、まだまだ現役だ。
「………… はい! ボソレスープです。メキシコの家庭料理。野菜とお肉をじーっくり煮込んだヘルシーな一品ですからリディアさんや子供たちと召し上がってくださいね!」
「まあ、いつもありがとう! ……で、あなたたち二人が一緒に来るなんて一体どういう風の吹き回し? 何かあったの」
大きな容器から漂う料理の香りで我に返ったゴードンは二度、三度と頷きながら答えた。
「ん? …ああ、うん、そう、そうなんだよ。話は中でゆっくり……」
「めちゃくちゃ強い悪魔がいてハンターや子供たちが危ないんです」
ソフィアが言葉を被せた瞬間、ルーシーの顔が一瞬にして厳しいものに変わった。ゴードンとソフィアはこの顔をよく知っている。容赦のない戦闘訓練のとき…… 本気モードのルーシーが見せていた顔だ。
「え、ルーシーさん?」「ルーシー?」
何かマズイことを言ってしまったのか、と各々の発言を思い返す二人に向かってルーシーが囁いた。
「1匹。すぐ近くに気配が湧いた」
―― そんな馬鹿な。
ソフィアは「信じられない」という顔でルーシーを見つめ返す。気配を感じ取れるのはハンターだけ。だから店から車に乗ってここに来るまで尾行には細心の注意を払った。ジュディと戦った例の悪魔だってさすがにまだ自分たちの存在を把握しているとは思えない。それにこの場所。近場に目立った建物はひとつもない。孤児院の塀の裏? 川沿いの小さな森? 一体どこに……
ルーシーは一点を睨みながらゆっくりと右腕をあげ、指さした。
まさか……
彼女が指し示したのは、二人の背後。わずか5ヤードの距離に停車させたソフィアのピックアップトラックだった。