【デビルハンター】ジュディ婆さんの事件簿 #5(第2話:1/3)
あの子が山にやってくる
あの子が山にやってくる
あの子が山に あの子が山に
あの子が山にやってくる
6頭の白馬をあやつって
あの子を迎えに出かけよう
あの子が山にやってくる
-She'll Be Coming Round the Mountain-
<前回のジュディ>
ここ数回の事件を調べた結果、”山奥の田舎町” と ”奴ら” の間に何か関係があるのでは… と睨んだゴードン特別捜査官。それを聞いたジュディはゴードンを置いてけぼりにしてピクニックに向かうと決めた。
(前回(#4(第1話:4/4))
(目次)
……………
■#5
トミーの事件から10日後、金曜日の正午。
デンバー市街地の自宅から南に7マイルほど車を走らせたジュディは咥え煙草をもみ消しながら速度を落とし、デンバー大学のメインキャンパス前に駐車した。換気のために開けていたサイドウィンドウを閉め、これからやって来る同乗者のためにカーヒーターの設定温度を上げる。
キャンパスには昔と変わらぬ重厚なレンガ造りの建物。それを囲むように建ち並ぶ近代的な施設の数々が時の流れを感じさせる。ほどなくして、キャンパス前を往来する学生たちが「ちょっと見て、あれ」といった様子でジュディの車に熱いまなざしを向けはじめた。
真っ白なボディカラーのメルセデス G63 AMG 6×6。
37インチタイヤが6本の6輪駆動。全幅と全高は6.5フィートを超え、全長に至っては約20フィートというモンスターサイズのボディに5.5リッターV8直噴ツインターボエンジンを搭載。一見して気づく者はいないが防弾仕様にカスタムされており、7.62 x 51mm の硬芯徹甲弾にも耐えることができる。
ただでさえ目立つ巨大な車。その運転席に真っ黒な外套を着た老婆が座るという組み合わせが余計に人目をひく。以前ゴードンが「捜査現場に来ることもあるのだからもう少し地味な車に…」などとブツブツ言っていたが、ここ数年はこの車を愛用している。
ふとサイドミラーを覗くと、スマートフォンを片手に駆け寄り… 車体の側面に手を突いてポーズを決め、自撮りする阿呆が見えた。
お行儀の悪いブサイク顔を拳で整形してやろうか――
ジュディがドアハンドルに手をかけ外に出ようとしたとき、正面からエリザベスが小走りで近づいてきた。
「動きやすい格好で」というジュディの指示を実直に守った姿は、柔らかそうなレザージャケットにジーンズ、トレッキングシューズ。両手が使えるよう、背中に小ぶりのリュック。
「ジュディさんお待たせしました!」
「よっ」と助手席に乗り込んだエリザベスは背負っていたリュックを足元に置き、素早くシートベルトを締める。
「それほど待っちゃいないさ。ちょっと急発進するよ」
ジュディが勢いよくアクセルを踏み込む。
車に片手を突いていた自撮り阿呆は発進の勢いでコマのように一回転し、豪快に転倒。手放したスマートフォンが勢いよく地面に落ちた。バックミラーごしに結果を見届けたジュディは満足げに頷くと、車のスピードを上げていった。
デンバー大学から50分ほど車を走らせ山間部に入った二人は、インターステート70号線からU.S.ハイウェイ40号線へと右折してさらに北を目指した。くねくねと曲がる山道を抜け、オープンを直前に控えたスキー場の前を通り過ぎたあたりから真っ直ぐな道が続く。前を走る車は一台もなく、左右の景色が軽快に流れてゆく。
目的地はコロラド州の北西、ワイオミング州との境に位置するジャクソン郡ウォルデン。ロッキー山脈奥地の盆地に形成された小さな田舎町で、目立った観光資源はない。人口は減り続け、現在は600人程度が暮らしているらしい。長年コロラドに住むジュディも訪れるのは初めてだった。
「あと1時間半ってとこだね」
「はい! …あ、サンドイッチ食べます? 今朝ソフィアさんのお店でコーヒー買うついでに作ってもらったんです。運転しながら食べやすいようにカットしてありますよ!」
助手席のエリザベスが得意満面の笑顔で紙箱と水筒を取り出した。
「いただこうかね。日帰りのつもりだけど何が起こるかわからない。食べられるときに食べておくのは大事。ああ、それと。ダッシュボードにお前の銃があるからホルスターごと装着しておきな。予備の弾倉もね。食べ終えてからでいい」
ジュディの言葉に目を輝かせたエリザベスは我慢できずといった様子でサンドイッチを頰ばりながらダッシュボードを開け、ヒップホルスターに収められた銃を取り出した。
「おっ! グロックですね!」
「グロック19。ゴードンが使う17より小ぶりで扱いやすい。この先はいつ何が起きるかわからないから油断するんじゃないよ。装弾数は15発」
訓練以外でエリザベスに銃を預けるのは今回が初めてだが、不測の事態に備えておいて損はないだろう。
「ショットガンとかアサルトライフルは使わないんですか?」
シートから腰を浮かせ、ホルスターを装着しながらエリザベスが興味津々の表情で尋ねる。
「使わない。腕があればほとんどの狩りは近接とハンドガンで充分なんだよ。もちろん長モノも使い道はあるけど正直、邪魔だね。いちおう積んじゃいるけど」
「私のアレも後ろですか?」
「ん? ああ、お前の ”隠し玉” ね。専用ポーチにたくさん詰めておいたよ。後部座席にある。あとで身に着けておきな」
「はい! ありがとうございます!」
山々に囲まれた草原を貫く州道をひた走り、野生動物保護区を抜けさらに北上を続けていると、小さな家屋や倉庫、無造作に駐車されたバンやトラックといった暮らしを感じさせる人工物が視界に入ってきた。
「到着ですね。ウォルデン。突き当りを左折すればメインストリートです」
スマートフォンで地図を確認していたエリザベスの言うとおり左折すると、片側一車線の道路が真っ直ぐ北にのびていた。車の速度を落としてゆっくりと直進する。小さなカフェの前に数台のトラック。営業しているか疑わしい雑貨屋。人気のない宿屋。地理的に必須とあって車の数は多いが、そのほとんどは駐車され動いていない。晴れた昼下がりだというのに通行人も数える程しかおらず、ゴーストタウンの一歩手前といった様相を呈している。
いや、通行人は少ないが――
長さ1マイルにも満たないメインストリートを5分とかからず走り終えたジュディは、町外れにたたずむ教会の前に車を止め、エリザベスに指示を出す。
「降りるよ。後部座席のポーチも忘れないように」
「はい。……しっかしホント田舎ですね。人がほとんどいないし」
「”人は” ね」
車を降りたジュディは煙草に火をつけ、3時間ぶりに紫煙を吸い込む。
「え、いたんですか!? デビル」
後部座席のドアを開け、専用のウェストポーチを装着しながらエリザベスは目を丸くした。
「ああ、正確にはわからないが結構な数だね。こっちの正体は知らないだろうが…… こんなクソ田舎にババアとモデルみたいな女のペアが6輪の車を転がして来たら誰だって警戒するだろうからね。用心しな」
「はい! 教会の人なら被害者たちのことを知っているかもですね。先日の被害者は… えーと…… エマ! エマさんでしたっけ」
”奴ら” の気配を察知できるジュディだが、正確な位置や数まで掴めるわけではない。冷静な性格で人の暮らしに溶け込んでいるようなタイプは、町ですれ違っても気づくことすらない。
血の気が多い単細胞や敵意むき出しの奴らなら話は別だが――
乗っ取りの対象が女、子供、老人を避けて ”成人男性” に偏る傾向を踏まえても、町の住人のどいつがどうだと絞り込むのは難しい。
「すいませーん!」
「開いてる教会にすいませんってのもおかしいだろう」
煙草を吹かしながら周囲に目を配るジュディがツッコミを入れる。
「あ、そうですね」
エヘヘと笑ったエリザベスは、わずかに開かれていた教会正面の扉から中の様子を覗き込んだ。
「あのー…… オワッ!」
瞬間、湧き立つ "気配" 。エリザベスの身体が建物の中に引きずり込まれ姿を消す!
チッ!
教会でお出迎えたぁ生意気な奴だね……!
アックスホルスターの留め具を外しながら中に飛び込むと、20ヤードほど奥、主祭壇の前にエリザベスの姿があった。その彼女を盾にするように背後に立っているのは初老の牧師。エリザベスの腰から首に巻きつく長いチューブのようなものは… 牧師の右腕?
「老婆よ。それ以上…… 近づいたら… この小娘を殺す」
教会の中央付近まで歩みを進めていたジュディに牧師が警告する。左手に握った短銃がエリザベスのこめかみに当てられている。
「離してこのミスター・エロファンタスティック! ジュディさん気をつけて! こいつ腕がすごい速さで伸び縮みする!」
「小娘よ。黙らないと殺す」
「なんだい、善良な観光客にひどいことするじゃないか」
「住人を ”デビル” などと言う小娘は観光客と呼ばない」
「おや、デビルイヤーは地獄耳だね」
牧師 ”だった” 奴の視線を追ってチラと自らの背後を見ると、教会の出入り口から鉱夫のような格好をした ”奴ら” が建物内へと入ってきて扉を閉めた。
背中に4匹。
それぞれの手には猟銃、マトック、スレッジハンマー、バールのようなもの。楽しいピクニックにピッタリのお迎えじゃないか。
「我々の正体を知っているような口ぶりだな。それに先ほど ”被害者のエマ” と言ったな。…… そうか、貴様らか。この町を離れた人間らを探っていた同胞を殺したのは」
トミーたちのことか。単独行動型だと思っていたが、コイツに統率されていた? まだ町に潜んでいる奴らも含めればかなりの数だ。確かに知能はそれなりのようだが――
「ああ、そうだよ。図体だけのヌケサクばかり送り込むからこうなるんだ。リーダーのお前がもうちょっと利口なら良かっただろうにね」
「リーダー? 私は ”あの御方” の御意思に従い… この町で探しモノをしているに過ぎない。もちろん指示命令は出しているがね…… お喋りはこの辺にしよう。老婆よ、貴様は死ね。……やれ」
「へい」「あい」
牧師だった男が死の宣告とともに指示を出すと、背中の4匹がじわり、じわりと距離を詰めはじめた。その距離7ヤード。
クエスチョンタイムはここまでか。ジュディはエリザベスに「任せた」と目で合図を送り、素早く背後に振り向いた。
―― ハワイ島 キラウエア火山
「はい、みなさん。ここからハレマウマウ火口の中が少し見えますよ! 夜だとオレンジ色が映えてもっと綺麗なんですけどね~」
ツアーガイドに言われ、おそるおそる火口を覗き込む日本人カップル。
「なあ、いま火口の… ほら、あそこのマグマで人が溺れていたような」
「は? なにそれ。なわけないじゃん」
「腕からロープみたいの投げてさ、ビヨーンて。溶けたけど」
「アメリカきてヤクでもやってんの?」
新婚旅行にきていた山出 見太郎(29)男・会社員 に看取られ、牧師の皮をかぶった悪魔は死んだ。
―― コロラド州 ウォルデン
「なっ」「え?」「オ?」「?」
エリザベスを掴んでいたはずのリーダーが突然消え、残された4匹は事態が飲み込めずに歩みを止める。目の前の老婆が外套を翻しながらこちらに振り向く様子を呆然と見つめながら――
ドドンッ
0.3秒。
シングルアクションのリボルバーを左手で抜いたジュディはその親指で撃鉄を起こして引き金を引く。弾かれた撃鉄を右掌でふたたび叩き起こし、引き金を引く。発射された2発の弾丸が、猟銃男とマトック男の脳天をほぼ同時に撃ち抜いた。
数秒が経ち、同志2名が殺られたことにやっと気づいた残りの2匹。
2匹が顔を見合わせる。お互いの違和感に気づき、同時に喋る。
「「おい、お前の頭のうえに何かのってるぞ…」」
ボンッ ボンッ
TNT爆薬が半径3ヤード内に強烈な衝撃波を起こす。頭が吹き飛びコントロールを失った2つの肉塊はドスンと教会の床に倒れた。
「へっへー、まだまだあるよ!」
元・牧師をハワイの火口に。ポーチに入れておいたMK3A2手榴弾を2匹の頭上へと瞬間移動させたエリザベスが、安全ピンを指でクルクルさせながら得意げに笑った。
【#6に続く】