【デビルハンター】ジュディ婆さんの事件簿 #27(第7話:4/4)
その老婆、凶暴につき。
……………
■#27
ドンドンドンッ!
欠かさぬ訓練の賜物。一瞬で状況を判断したゴードンは、素早く、そして正確にフォルカーに照準を合わせ引き金を引いていた。が、しかし、その弾道からフォルカーの姿が消える。
「クソッ!」
射撃の構えをキープしたまま、無意識に駆け出す。
「ダメっ!」
叫んだエリザベスがゴードンの襟首を掴んで引き戻した。
ゴゴゴゴッズン!!
間一髪。
分厚い岩がゴリゴリと擦れるような音が響き、尻餅をついた二人の下半身を揺らす。眼前に落下したのは、見るからに堅牢な石造りの柵。
「なっ……」
慌てて身を起こしたゴードンは冷たい石柵の隙間に顔を擦りつけ、中の様子を確認する。
「なんだよこれ!」
分厚い柵のせいで視野が欠ける。中央に石畳が敷かれ、その上でうずくまるジュディ。横顔は遠目にも苦痛に歪んでいるのがわかる。右腕がだらりと垂れ、大量の出血…… 丸腰。そして視界の右手、ジュディの前方5ヤード…… わずかに見えるのは、台座のような物に手を添えたフォルカー。
「邪魔者は入れるなと言いつけてあったのだが……。賢人が設けた仕掛けの方がよほど役に立つ。本来は ”ここから出さないための物” だが」
フォルカーは言いながら悠々と歩き、石柵にへばりつく二人に敢えて姿を晒す。
「ジュディさん!」
「おい! ここを開けやがれ!」
「ハッ。開けろと言われて…… 素直に開ける馬鹿がいるか?」
フォルカーは鼻で笑いながらジュディに一歩、また一歩と近づく。
「ゴードン… エリザベス…? お前ら何でここに…… 今すぐお逃げ!」
唐突にフォルカーが小刀を逆手で抜き、己の頭上を一閃した。
キン、と音を立てて刀が鞘に戻ると同時にMK3A2手榴弾が真っ二つに割れ、爆発することなくカランと転がる。
「その手。すっかり回復したようだな。まさか ”石の力” から逃れるとは…… 面白い二次実験ができるかもしれない」
「ウソ……」
自慢の攻撃を思いもよらぬ曲芸で一蹴されたエリザベスは顔色を失った。
「エリザベス! それでコイツを爆破できないか」
腰のダンプポーチから顔をのぞかせる手榴弾を指し、ゴードンが叫ぶ。その声で我に返ったエリザベスは力なく首を横に振った。
「まとめて使えばいけるかもしれないけど…… この狭い通路ごと崩れそう」
「クソ、どうすりゃ……」
「このバカタレ! どうもこうも無いよ! 言ったろう! 逃げるんだよ!」
滅多に無い怒り声を上げたジュディに怯むことなく、ゴードンが首を振る。
「嫌だジュディ! 俺たちは逃げないぞ!」
威勢を張ったゴードンだが、策は無い。下唇を噛んで思考を巡らす。
銃でカバーするにも射角が狭すぎる。そもそも出会いがしらの3発が避けられたんだ。いくら狙ってもまともに当たると思えない…… 爆破に賭けるか……?
「クク…… 友情ごっこで助太刀に来たつもりだろうが…… 役立たずの未熟者はそこで大人しく見物していたまえ」
フレイムブリンガーを腰に収めながら嘲弄したフォルカーは、おもむろにその手をフロックコートの外ポケットに伸ばすと ”石” を取り出し…… 宣言した。
「悪魔を狩る存在が…… その役目を終える瞬間を」
「なっ!?」「やめて!!」
フォルカーがジュディの髪を掴もうと手を伸ばす。
「っけんじゃないよ!」
叫んだジュディは膝立ちのまま胴を強引に捻り、千切れかけた右腕を鞭のように振るってフォルカーの手を払った。
「オラァ!」
腰を返して2発目、股間を狙って突いた左拳はフォルカーの膝蹴りに打ち弾かれた。
「オオオーーッ!」
さらに3発目。渾身の脚力でロケットの如く立ち上がったジュディは、フォルカーの喉笛を噛み千切らんと口を開けて襲い掛かる!
「…………オ」
互いの息が掛かる距離で二人は静止した。
三日月のように眼を細め、邪悪な笑みを浮かべるフォルカー。
噛みつきを遮った賢者の石が、ジュディの額に触れていた。
「受け入れろ」
フォルカーの意思に応えるように、石に刻まれていた無数の文字が輝きはじめた。熾火の如く静かで強烈な赤光を発する文字たちが、ボウッと石を離れて浮かび上がる。
「……ツェイッ!!」
フォルカーの大喝に弾かれるように、浮遊していた文字の群れがジュディの頭部へと流れ込む。一瞬の出来事の後、賢者の石は ”ただの石ころ” のような姿に戻った。
ジュディは身じろぎすることも言葉を発することもなかった。光の失せた瞳。虚けたような顔。ストンとその場にへたり込む。
「ジュディ!」「やめて!」
「クックック…… カカカ……ッ! さあジュディ! 起きたまえ。待ちに待ったこの瞬間……できれば傷モノにしたくなかったのだが…… まあ良しとしよう。君ほどの存在を迎え入れることができた今日は最高の日だよ!」
ジュディの指がピクリと動いた。動くはずのない右手の指。
「…………ウゥ」
シュウウゥ……ッ!
うずくまるその背中と両肩から、甚大な湯気が闘気の如く立ち昇る。
「そうだ…… いいぞジュディ! 君は生まれつき強要された ”狩人” という役目を全うしてきた。執拗に悪魔を追い、見境無く悪魔を殺しまわる…… その凄まじい執念と殺意はまるで君が憎悪する悪魔そのものではないか。だから私がその辛い役目から解放してやったのだよ。人間、ハンター、悪魔…… いずれにも従わぬ私に従え。この自由、この神秘、この力を共有しようじゃないか。私の同志、私の右腕として……!」
興奮と狂気が入り混じった恍惚の表情でまくし立てるフォルカー。その声に呼び起こされるように…… ジュディは俯いたままゆっくりと立ち上がった。その全身からとめどなく溢れる熱量が陽炎のようにゆらめき、抉られた肩がみるみる再生してゆく。
”気配” というものを感じ取れないゴードンとエリザベスですらその熾烈な気勢に圧倒され、ただただ息を呑むことしかできなかった。
「オ、オ………」
呻きながらジュディが顔をあげる。……視線が衝突した瞬間、背筋が粟立つような感覚に襲われたフォルカーがたじろいだ。
見た者を凍りつかせる酷薄な眼差し。それでいて全てを焼き尽くすように双眸で渦巻く灼熱の…… 赤。
一抹の不安を感じたフォルカーは、腰のフレイムブリンガーに手を――
「むぅ!」
ジュディの眼光がユラリと赤い線を引き、超人的な速さで突き出された右の貫手がフォルカーの心臓を狙った。わずかに気圧され身構えていたことが幸いしたフォルカーは紙一重で半身になり、その攻撃を躱しながら肘打ちを試みる。
ズーザーズザッズザッズザッ!
化け物じみた超高速ムーンウォークで肘打ちをスカしたジュディはそのまま後退し、落ちていたフロストブリンガーの横でピタリと停止する。
ダンッ!
勢いよく柄尻を踏まれたフロストブリンガーがくるりと宙を舞い、目もくれぬジュディの右手に収まった。
「殺す…………」
「ハ…… ハハハ! さすがだよジュディ! ……だが足掻くな。抗うな。無駄だよ。かつて私が低級な悪魔に同じことをされた時とはレベルが違うのさ。そこの小娘に施したスプーン一杯ほどの神秘ともケタが違う…… 私の ”真心” が溢れんばかりにこもったプレゼントだ。素直に受け入れるしか道はないんだよ」
「殺す…………!」
ガチィンッ!
石畳を踏み砕き、瞬間移動と見紛う速さで迫ったジュディの一撃は、余裕を取り戻したフォルカーの刃によって防がれた。
ボシュウウゥゥッツ!
刃こぼれ知らずの刃と刃がふたたび爆発的な蒸気を生み出す。しかしジュディは激しく顔面に吹きつける爆風などお構いなしに、荒々しく斧を振るい続ける!
ガン! ギッ! ガッ! ギン! ギン!
「オオオオォッ!!」
ガガガッ! ガッ ギギン! ギン!!
吠え猛り、振るうたびにその速度と冷気が勢いを増してゆく。
「おい、霧が……」
ゴードンは言いかけたままポカンと口を開けた。今しがた空間一帯に充満したはずの白い霧が薄らぎ、ジュディとフォルカーの姿が露になった…… が。斬撃の刃筋が見えない。刃がぶつかり合う音だけがその凄まじさを伝えている。そして攻防を続ける二人を包むようにキラキラと輝く…… 結晶。極限に達したフロストブリンガーの冷撃によって周囲の蒸気は次々と昇華し、ダイヤモンドダストとなって石畳に降り注ぐ。
「何これ……」
エリザベスは思わず出そうになった「綺麗」という言葉を呑み込み、ブルリと震えた。凍てつくような寒さではなく…… 狂気をはらんだジュディの顔に。
「殺ヴルァァアア!!」
ガッ、ギギギギン! ガガガガンッ!
「むっ、くっ、ハハッ! ハハハ! ここまでとは!」
4本腕の鬼神に劣らぬジュディの連撃。制止するにもその糸口すら掴めないフォルカーがじわじわと体勢を崩し、遂には圧倒的な暴力におされて後方へと跳躍した。
「フー! フーーッ!!」
ジュディは追撃の手を緩めない。衝突し、離れ、衝突し、離れ、殺気と狂喜が幾度もぶつかり合う。
「ルォォォアァァァ!…… ア、オ」
「フンッ!」「ゴホォッ」
老婆の顔が呆け、一瞬動きが止まる。その隙を見逃さなかったフォルカーが前蹴りを見舞い、ジュディは大きく吹き飛んだ。ジュディはその全身を車輪のように丸めて地を転がり、四つん這いでブレーキをかける。
「フー…… 言ったろう、ジュディ。もう私と君は同志なのだよ。血を分けた兄妹と言ってもいい。敵意を向けるのは私ではなく…… わかるな?」
「殺…… グギギ…… 悪魔… お前を……! おマ、ヲ…… クソ… ゴ…………」
言葉にならない言葉が止まる。歯を軋ませながらフォルカーを睨んでいた赤い瞳が………… 初めてゴードンとエリザベスに向けられた。
「お、おい、ジュディ……」
「そんな……」
禍々しい視線に射抜かれた二人は恐怖に支配され、絶句する。
二人は同時に、事態の悪化を理解した。
「そう、いい子だ……」
フォルカーは満足げに頷き、目を細める。
「ドゥヲォオオーーーッ!!」
ジュディは咆哮し、二人を目掛けて獣のように走り出した。
「ジュディさん!」
「やめろ! やめろジュディ! …クソ! ……エリザベス! エリザベス、聞いてくれ」
視界が暗い…………
思考が、意識が、言葉が……
正面に2つの赤い影が見える。
ゴードン、エリザベス。
私は走る。
獣のように走る。
鼓動が速くなる。
障害物。柵? 邪魔。
斧を打ちつける。
効果無し。
拳で殴る。
効果無し。
額を叩きつける。
ダメ。
衝撃が骨を伝い、脳が震える。
握り締めた拳が砕ける。
噛み締めた奥歯が砕ける。
痛みと共に再生する。
身体が焼けるように熱い。
なぜ逃げない?
立ち去れ。
正気はいつまで続く?
最優先。
最悪を想定。
二人をここから逃がす。
無理矢理にでも。
脅してでも。
抱えてでも。
突破せねば。
破壊せねば。
正気はいつまで?
そしてあの悪魔を殺す。
……正気は?
どのみち悪魔は殺す。
それから私を殺す。
正気を失う前に。
「でも」
エリザベスが口ごもる。
「いいから早く!」
エリザベスの両肩を掴み、ゴードンが語気を強める。
「ジュディ、そう焦るな。その柵…… 特別製でね。開けてやろう。小娘の方は実験用に助けてやってもいいぞ? 男の方は知らん」
ほくそ笑んだフォルカーが言いながら台座に歩み寄る。
「オオオガァァアア! コワス! …ゲロ!」
ガンッ! ゴッ! ゴッ! ギン! ゴッ!
ジュディは鬼に憑かれたような顔で柵を斬り、殴り、頭突き、また斬る。
「オォ!…… ニ、ロ!………サレ! ゴロス!」
20インチと距離の無い二人に飛び散る血と唾液。ジュディの額と拳が割れては再生を繰り返した。
「ひっ……」
エリザベスは恐怖と混乱で平静さを失い、小さな悲鳴を上げて後ずさる。
「やれ!!」
ゴードンはエリザベスの気持ちを繋ぎとめるように叫び、抱き寄せた。だらんと垂れていたエリザベスの両手が震えながら宙を彷徨い…… ゴードンの背中に触れる。
「うぉぉらあぁあああ!」
「な、ぬ……」
フォルカーの正面に組み付いた状態で ”出現” したゴードンが、胴タックルの姿勢で足を前に出す。不意を突かれたフォルカーは後ろによろけながらもフレイムブリンガーを振り上げ、邪魔者の背中に撃ち降ろした。
「ぐふっ! ……おおぉぉぉぉ!」
突き刺さった焔刃が骨を斬り砕き、内臓を焼き焦す。それでもなおゴードンはタックルを解かず、吼え続ける。
「なんだ、なんだ貴様……!」
即死するはずの小者に苛立ちを覚えたフォルカーは、柄を合掌するように握って怒りまかせに振り下ろした。
「おごぉ!」
崩れ落ちたゴードンの背中に白い炎が揺らぎ、血は噴き出すたびに蒸発してゆく。思わず数歩の距離を取ったフォルカーが、ありえない状況を観察しながら眉をひそめた。
「貴様、もしやその肉体…… だとしたら興味深い。私の知る限り前例はただ一人」
「リディアにしこたま怒られた悪ガキ時代の…… こんな所で役に立つとはなぁ。俺だって… みんなの――」
亀のように俯すゴードンが呟き、わずかに顔をあげた。背中の致命傷など意に介さぬように、不敵な笑みを浮かべている。その口元から…… ペッと吐き出された ”安全ピン” がチャリンと音を立てて地面に光った。
「ためになりたいのさ」
石畳と胸の間。覆い隠すように左手が握っていたのは―― 賢者の石。
ゴードンは右手のダンプポーチにその石を突っ込むと胸に抱え寄せ、全身を丸めた。
「な! あ!? 貴様いつの間に! よこせ!!」
無意識にコートのポケットを探りながらフォルカーが絶叫し、手斧を振り上げてゴードンに飛び掛る。
「俺から奪うことはでき… ングウッ!」
フォルカーの刃が肩甲骨と心臓を叩き斬る。が、鉄壁のタートルガードを決めたゴードンはビクとも動かない。
「駄目だよせ、やめろ! ヤメロォーッツ!!」
「ハハッ。やめろど言われで…… 素直にやめる馬鹿がいるが?」
冷たい石畳に額を押し付けながら、ゴードンが鼻で笑った。
ドッ! ボボボボボンッ!!!!
爆轟。
衝撃波がフォルカーを吹き飛ばす。
血に塗れたクレーターと放射状の焦げ痕を地面に残し、ゴードンと賢者の石は跡形も無く爆散した。
「え? 今、なに? ウソ、嘘、うそ……でしょ……」
エリザベスは鼓膜を破るような轟音に竦みながら、己の腰に手を回す。
そこにあるはずの物が、無かった。
漏れ聞こえた会話。そして耳慣れた爆発音。視界の外で ”何が起きたのか” を察したエリザベスは愕然と膝を突く。
「ゴードン! ゴードン!? ウソでしょ? ねえ返事してよ!!」
石柵の奥を見つめて叫ぶ。あの親しみ深い声は返ってこない。
……柵の向こうのジュディと視線がぶつかる。
いつもの、ジュディの瞳。
しかしその表情は、先ほどまでとは別の理由で鬼と化していた。
「何が…… 何が ”俺には策がある” よ。……何が ”俺は不死身だぞ?” よ」
文句を口にするエリザベスの唇がわなわなと震え……。
「……死んでるじゃん。フツーに死んでるじゃん!! 嘘つき!! バカ!! そんなのおかしいじゃない!!」
堰を切ったようにボロボロと零れる大粒の涙。
「エリザベス。銃を」
泣き崩れるエリザベスをしばらく見下ろしていたジュディが、一言だけ言葉を発した。意味を理解したエリザベスは顔を伏せたままグロックを抜き、肩を震わせながらその手を石柵の隙間に伸ばす。能力を使えば造作もないこと。しかし彼女はそうしなかった。
フロストブリンガーを収めたジュディは涙に濡れた銃を受け取り、身を翻す。視線の先―― 台座に背中を預けて喘鳴する獲物をまばたきせずに睨み、歩く。右手に握られたグリップがミシミシと音を立て、泣いた。
「グホッ…… コホッ、コホッ。ありえない…… あってはならない……」
台座にしがみつき、よろめき立つフォルカー。
殴り合いの距離で対峙するジュディ。
見上げるデビルハンターと、見下ろすただの人間。
「ジュディ…… 君とは上手くやれると思っていたんだが……」
「お友達は地獄で作りな」
ドンッ!
左脚に1発。
「うぶっ! ……よせ」
ドンッ!
右脚に1発。
「グウゥーッ!」
正座を強いられたフォルカーが苦悶の表情で睨み上げる。
銃口を向けたままジュディが睨み下ろす。
「い、いいことを教えてやろう。だから」
「いらない」
「やめ――」
死を悟ったフォルカーは、後ろ手に伸ばした左手を台座側面の窪みに突っ込んだ。
(カチリ)
ドンッ!
胸に1発。
座ったまま外傷性ショックで死んだフォルカーが、ぐらりと倒れそうになる。ジュディは素早くその胸に左掌を当て、力を込めた。
(5秒だ)
「…… ヒッ!?」
まどろみから覚めるようにハッと姿勢を直したフォルカーは、接吻するかのような距離まで迫っていたジュディに恐怖し、顔を背けた。
「勝手に死ぬんじゃないよ」
細長い顎を掴み、眉間に銃口を押し当てながら濁った瞳を覗き込むジュディ。
「や、グゥ…」
ゴゴゴゴ…………
遅れてやってきた激痛に歪んでいたフォルカーの口元が、地鳴りのような音を聞いてニヤリと緩んだ。
ドンッ!
頭に1発。マズルフラッシュがジュディの頬とフォルカーの眉間を焦す。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
空間全体が震動し、天井からパラパラと砂石が落下する。
(5秒だ)
「ジュディさん! こっちへ! 私の手を!!」
石柵の隙間から手を伸ばしたエリザベスが叫ぶ。
「勝手に死ぬなって言ったろ?」
「おべ…… みちづ……」
「くたばってよし」
白目を剥いたまま喘ぐフォルカーの首を刎ねたジュディは、エリザベスに背を向けたまま奥へと進む。
「ジュディさん!? 戻って! 崩れます!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
何かを拾い上げる仕草を見せたジュディが、振り向きざまに左右の腕を交互に振った。
石柵の隙間を縫ってエリザベスの後方に落ちたのは―― エリザベスのグロック19と、溶けて歪んだFBIのバッジ。
「そんな… ジュディさん!! いや!!」
大粒の石が音を立てて降り注ぐなか、ジュディはさらに出口とは別方向に疾駆する。
「これも…… お前に託すよ!!」
フレイムブリンガーを拾ったジュディは目を見開き、もう一方の手で握ったフロストブリンガーと突き合わせた。目の眩むような光を発して一振りの両刃斧―― ”ライトブリンガー” へと姿を変えた魔装具は、崩落する鍾乳石を粉砕しながら飛翔してエリザベスの背後に突き刺さった。
「嫌です…… そういうの! もう嫌です!!」
「ワガママ言ってんじゃないよ! お前は皆に伝える義務がある。それに私がこんなコトでくたばると思うかい? さあ――」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
「行け。頼んだよ」と発した声は、轟音に呑まれた。しかしその想いは間違いなくエリザベスに伝わり、彼女の背中を押した。自信に満ちた顔で頷くジュディの姿は、次々と落下する岩石によって遂に見えなくなった。
「ジュディさん… ジュディさん!!」
エリザベスは託された品々と想いを胸に抱え、ライトブリンガーの光が照らす道を一心不乱に走った。
第7話・完