とある未来の県議会
202X年、県の議会は新たな条例を制定した。
高校生以下の子どもを対象に、ゲームなどを利用する時間を1日あたり平日は60分、休日は90分に制限する、と。
………
往来で――
「けんけんぱ、けんけんぱ、けんけんけんけん、けんけんぱ!」
「コラ! 道路に落書きするんじゃない! よそでやれ!」
「……」
公園で――
「パスパス!」
「ナイスシュート!」
「うるさいぞお前ら! もう4時だぞ? 家に帰ってシュクダイでもやれ!」
「……」
空地の土管の中で――
「おまたせ!」
「遅いよ。はやく対戦やろーぜ」
「おれの練りに練った戦術みせてやる」
「私だって…… キャッ!」
「ウワー!」
「か、傾いてる!」
「タスケテ!」
クレーン車のエンジン音と拡声器の声が土管の中で反響した。
「隠れゲーム行為は禁止です。土管は撤去します」
スマートフォンで――
「よし、勝ちが見えたぞ! ……エッ?」
将棋アプリが強制終了し、荒いポリゴンの顔が表示された。
「ロクジュップンデス」
「え…… もうちょっとで勝てたのに! 勉強も済ませたよ! だからあと5分だけ!」
「ロクジュップンデス」
フスマの隙間から我が子を盗み見る親の目あり。
(よしよし…… UdonPhoneに機種変して正解だな)
とある家で――
ピンポーン。ピポピポピポーン。忙しないチャイム音。
「はいはい! どなたです?」
女が玄関をあけると、数名の男が押し入ってきた。
「ゲーム利用時間改めである!」
「ちょ、なんですかあなたたち! 勝手にあがらないでください!」
「近所から通報があった。この家の子供が利用時間なんて守るもんか、などと言っておったそうでな。貴様は母親か?」
「そ、そんな…… だからって! 罰則規定は無いって、シンブンで……」
「我々は自警団であるからして、どうしようと勝手。改めさせてもらう」
「なによそれ、ちょっと!」
「ウワー! ママ―!」
「タケシ! やめて! うちの子に触らないで!」
………
本会議場に集まったスーツ姿の男女が円卓めいたテーブルに座り、各自のモニタに映し出されたグラフや数字を眺めていた。
「……ということで、条例はとてもうまく機能しています」
報告が終わると、満足そうな顔の議員たちが次々と口を開く。
「他県から見学に来たいという電話も何本か」
「先駆けの取り組み…… 一躍話題の県になりましたな」
「うむ」
「この調子なら罰則を設けてもよいのでは」
「さっそく次回の議題とし、検討してみましょう」
「休日も60分でいけるかもしれませんね」
「その通り! 休日こそ家族や友達とめいっぱい遊んだらいい! なんならゼロでもいいくらいだ。私はそう思いますよ! 理想を実現しましょう! 知事!」
議員たちの視線が一斉に知事に集まる。腕を組んでじっと耳を傾けていた知事はゆっくりと起立し、大きな声で話はじめた。
「油断禁物! ……引き続き我々のメッセージをしっかりと県民に伝えていこう。我々はゲームを完全に禁止するとは言っていない。ダブリューエイチオーが何かアレコレ言っていたことをもとに、ゲーム依存を防止しようと決断的にはじめた取り組みだ。ずっとピコピコやっとらんで、元気に遊び、親とふれあい、よく学び、よく寝るべき。……ただそれだけ。子供は何を言っても欲をこらえきれん。私たちがあるべき姿を示してやらねば!」
拍手喝采! しかしその時! 本会議場の扉をバーンして乱入する男あり!
「笑止!」
そう言ってツカツカと入ってきた男の顔は、懐かしコミック忍者のお面で隠されていた。
「なんだ貴様!」
「会議中だぞ!」
「そこの鼻毛」
屋台クオリティのお面が、若手議員の方に向けられる。
「お、おれ?」
「お主はネットゲームにはまって自制がきかなくなっているな? 課金しすぎて家計に大きな支障をきたしている。ちょっと今やめられないから! などと言って妻や子との時間を犠牲にしている」
「な……」
「そこの厚化粧」
お面は向きを変えて言った。
「わ、私?」
「お主は追っかけに夢中だな? スキは勝手。しかし度が過ぎて…… 家族との距離がどんどん遠くなっている」
「よ、余計なお世話よ! 家庭も円満!」
「ほう。夫の夜の行動と娘の放課後の行動に気づいておらぬようだな。末期」
「なっ……!?」
「そして知事よ」
声の鋭さが増した。
「な、なんだね」
「妻には仕事だと嘘を吐き…… 飲む、打つ、買う。役満だ。自制心の欠如によって身体はボロボロ。財布はスカスカ。老後のためにと倹約している良妻に、知事の妻で貯蓄もじゅうぶんと信じている妻に…… なんと説明する?」
「なっ! 貴様! 失礼だぞ!」
「そうだ! 証拠はあるのか!」
「警備員を呼んで!」
「いや警察だ!」
議員たちの怒号が飛ぶなか、男は懐に手をのばし…… 何枚もの写真を宙に撒いた。それが何なのかを察した議員たちが、円卓に散らばるそれらに慌てて飛びつく。
「聞け! ……お主らの多くは長きに渡り欲を抑えきれぬ生活を続けてきた。今もだ。趣味だの息抜きだのなんだのと自分に言い訳し、挙句の果てに生活に支障をきたしている。偉そうなことを言って子供らを縛り付ける前に、まず己があるべき姿とやらを体現してみせよ。子は親を見て育つ……。それが出来ぬなら全ての秘密が世に知れ渡ることになろう」
男は二本の指を己の目に向け、「見ているぞ」と仕草して姿を消した。
翌週、条例撤廃のニュースが全国を駆け巡った。
【おしまい】
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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