テイラーメイドイヤホン〈Just ear〉の「なぜ」
今回の対談は、小寺・西田のダブルキャストでお送りする。
皆さんは、カスタムイヤホンというのをご存じだろうか。アーティストのライブ映像を見ると、耳の形にピッタリはまったイヤホンを見る機会もあると思う。ああいうやつは、本人の耳の型を取って、ぴったりにイヤホンを作るのである。
プロモニターとしては、昔はコロガシといって、ステージ床にやや上向きの黒いスピーカーを置いたものだが、最近はイヤホンでモニターするのが一般的になった。それに合わせて、見た目も良く外れにくいということで、カスタムメイドのイヤホンが主流になっている。
一方でコンシューマ用としても、快適なリスニングを求める人用として、カスタムイヤホンが静かなブームである。とは言ってもかなり高価な物なので、誰もが気軽にというわけにはいかないが、イヤホン沼にはまった人が沼から抜け出す最後の蜘蛛の糸として、存在するのだ。まあ、その蜘蛛の糸もあっけなく切れるのであるが。
今回はそんな中でも、今年4月から受注が始まったテイラーメイドイヤホン、ソニーエンジニアリング(株)が〈Just ear〉というブランドで展開する「XJE-MH1」「XJE-MH2」を開発した、松尾伴大氏にお話しを伺うことにした。MH1が30万円、MH2が20万円という、高額商品である。
・〈Just ear〉 http://vernalbrothers.jp/just-ear.html
場所は外苑前駅から徒歩3分のところにある、東京ヒアリングケアセンター青山店である。ここで「XJE-MH1」および「XJE-MH2」の耳型を取っていただけるほか、MH1についてはここに松尾氏自らが常駐し、音質のチューニングもしていただけるという。
テイラーメイドイヤホン〈Just ear〉の「なぜ」 (1)
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小寺:西田さんは以前試聴したことがあるということで、まずね、僕が何も知らないというところからスタートしたいんですが。そもそもですね、東京ヒアリングケアセンターとソニーの関係というのから教えてもらえますか。
松尾:はい。まず、今回〈Just ear〉はソニーのブランドでもなくてですね。ソニーエンジニアリングという、ソニーのグループ会社が立ち上げた新しいブランドになります。もちろん、ソニーエンジニアリングというソニーの冠がついた会社の商品なので、ソニーグループの商品ということには変わりはないんですけども、製品の表にソニーのブランドがつくことはない、というのが特徴となっています。
わたくし松尾は長年ソニーのヘッドホンの設計を続けてきておりましたけれども、実はソニーエンジニアリングから常駐という形で、ソニーのヘッドホン部隊に入ってヘッドホンの設計をしてきていた、という経緯があるんですね。で、このたびソニーエンジニアリングの中でも自社開発製品を進めていく、ということで、新しく立ち上がったプロジェクトがこの〈Just ear〉のプロジェクトになります。
・〈Just ear〉プロジェクトを統括する松尾 伴大(まつお ともひろ)氏
ソニーエンジニアリングはソニーのグループ会社で、設計専門の会社になるんですね。通常はソニーの部隊に入って、いろんな製品の設計をしている、設計者を派遣、常駐させるという会社なんですけども。ただ昨今の情勢もあって、ソニー頼みの会社体質というのはあまり良くないね、ということで、自分たちでもビジネスをやれるようにしていこうと。
最初に商品になったものが、FreFlow(フリフラ)という無線で制御するペンライトのシステムなんですね。L’Arc〜en〜Cielさんだったりとか、いろんなアーティストさんのコンサート等で使われているんですけれども、お客様が持って振っているペンライト、それを無線制御で色を変える、というのをやっているんです。わりと最近そういったシステムは増えてきているので競合も多いんですけども、そういったものをわりと早い段階で始めたのがソニーエンジニアリングだったりします。
その中のひとつとして、“ソニーの技術を使っているんだけども、ソニーがやらない領域”ということで、オーダーメイドのイヤホン、ヘッドホンのビジネスをやろう、というのがこの〈Just ear〉というブランドになります。
西田:もうひとつのそもそもとして、「オーダーヘッドホンを作りたいと思ったのはなぜなのか?」ですよね。結局、ずっとヘッドホンは作られてきたわけじゃないですか。そこのところで、たぶんなにがしかのフラストレーションがあった、と。
松尾:はい、そうですね(苦笑)。私、ソニーではヘッドホンもイヤホンも両方設計してたんですけども、その中で特徴的な業務として、「耳型職人」というのをやっていました。それは、いろんな社内の人間の耳の型を取って、耳の形を見ながら、「装着状態が良い」ヘッドホンを作っていこう、というのをやっていたんですね。
もちろん、ヘッドホンにおける装着性というのはいくつかパターンがあるんですけれども、“安定して快適にヘッドホンを使えるか”というところ。ソニーでいうところの装着性って3パターンありまして、「安定性」「快適性」、もうひとつは「即時装着性」と言いまして、要はパッと付けられるか、みたいなところです。
その中でも、安定性というところでいうと、音質に非常に影響があるんですね。特に、イヤホンの場合ですと、外耳道に対してイヤーピースがきれいに収まっているか、というところで、密着具合で低域の量が変わったりとかもありますので、そこをいかに安定してその状態を保てるか、というところを、工夫して設計をするわけなんですけども。
要するに、良い音をお客様に対して提供するにあたって、安定した装着状態をヘッドホン側で実現してあげないといけない、と。で、耳型を取りながらいろんなパターンの耳を見て、どんな耳の人でも安定して装着できるヘッドホンの形とはどういうものがあるか、というところをソニーでずっと研究していたわけです。
西田:いわゆるマスプロダクトとしての装着性ということですよね。
松尾:はい。で、その耳型職人をやっていて感じていたのが、非常に耳の形というのは様々ある、と。本当にすべての人たちに対してパーフェクトに装着性を実現できる形状を作り出すのはけっこう難しい、というのは感じてたんです。これはちょっとアンオフィシャルな情報なんですけども、ソニーの中でヘッドホンにおける装着性のカバー率って大体、7〜8割ぐらいを見てるんですよ。
小寺:うん、まあそんなとこですよね。
松尾:残りの2割、3割の方は、正直、装着できないのが通常だ、と。それぐらい割り切らないと製品が作れない、というところはあるんですね。
小寺:ソニーのイヤーチップって、ものすごい数のサイズと長さのバリエーションを揃えるじゃないですか。あれだけ気を使っても、カバー率は8割、と。
松尾:いろんなメーカーさんが新しいタイプのヘッドホンを出してくると思うんですけれども、装着状態に対する新しい提案をしているメーカーって実は多くないんですよ。たとえば、3種類のイヤーピースを揃えることで、密閉型のイヤホンを作れます、というのを最初に出したのはやはりソニーでしたし、ネックバンドという、ヘッドバンドを後ろに回すタイプのヘッドホン、あれを出したのもソニーでした。まあ、耳掛け型のヘッドホンは他社さんが最初でしたけども。
そういう意味では、新しい装着スタイルのヘッドホンを出す、というのはわりとソニーが多くやってきてたんですけれども。それは、装着性をいかに担保するか、というのをわりと自信を持って検証しながら製品として出してきていた、というところがあるかなと思っています。その裏付けとしての「耳型職人」という存在があった。
で、その中でも、ヘッドホン自体が注目されるにあたって、ヘッドホンの高音質化というのがどんどん進んでいきました。かなり突き詰める所まできた段階で、個人差によるばらつきのほうが気になるようになってきた、というのがあるんですね。
もし、ある人にとってはこの状態で装着しますよ、というのが前提にあれば、それを基に、その方にとってのベストな音を追い込める。それは好み云々ではなくて、僕らが提案する音質を、その人の耳の状態では、こういう作りにすると良いはずだ、という考えがありまして。それで耳の形に合わせて、もしくはその人の頭の形に合わせて、イヤホン・ヘッドホンを作る、ということをやりたい、というふうに思ったんですね。
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