車いす、旅に出る(沖縄・1日目) 2月、沖縄の空は
2月、沖縄の空は
沖縄に着いた。明け方の横浜は昨日までの雪が解けずに残っていて0℃近くと寒かったが、一気に10℃ほど気温が上がって暖かい。着込んできたダウンもいらない。空気が明らかに違う。
特に寒いのが苦手な私は、昨年の秋ごろに「2月の寒い横浜を抜け出して、暖かい沖縄へと逃避行!」を計画した。目標を「冬の沖縄を満喫する」と決めて、南の島に飛ぼう。日差しがまぶしくてきれいな花がお出迎え。ぽかぽかと暖かい。横浜を逃げ出してよかった…と、なるはずだった。
今、那覇空港の空を見上げるとどんよりとした曇り空。沖縄の本来の気温と比べると少し肌寒い。天気予報ではこれからどんどん気温が下がって雨模様だそう。いきなり萎えた。とは言っても、前回の北海道はなんとか雨を切り抜けてきたではないか。きっと今回もそうなるさと一人自分を励まして、気楽に考えることにした。
私は脳出血による後遺症で右片麻痺と失語症を患っている。こんな私がWHILLという電動車いすを使って1人で旅行に出かけようと思い立ち、今回が2回目だ。北海道は汽車での移動が中心だったが、沖縄は鉄道が少なく、もっぱらバスやタクシーでの移動がメインだ。これでどこまで行けるのか。そんな珍道中だ。また、障害者による体験レポートとして参考になればうれしい。
空港から沖縄ただ一つの鉄道「ゆいレール」に乗る。モノレールで車両は統一されており、車いすにも優しいのではないかと思っていたが、案の定車両とホームとの段差はほとんどなく、乗降時にスロープは要らないようだ。それでも駅員さんは親切に見守ってくれて、より安心だった。
10分ほど揺られると、旭橋駅に着く。そこから15分ほどかけてホテルに向かう。「ホテル・アンドルームス那覇ポート」はまだ新しく、洗練されてとても綺麗だった。部屋を予約した時に自分が障害者であることを伝えていたので、余裕のあるバリアフリーの部屋を押さえてもらっていた。
前回の富良野ではWHILLに乗ったまま部屋へ入ることはできなかったが、今回も同様に制限はあるかフロントで確認してみると、残念ながら制限はありそうで、普通のドアとの事。
それでは前回と同じように車いすは外に出しておこうと思い、そう伝えたがフロントは「やめておいた方がいいのでは」という。どういうことかと聞くと、いわく客室のドア部分は中庭に面しており、私の部屋が外に一番近いということもあって風の強い日には雨が吹き込んでしまうそうだ。天気予報を思い出したが、やむを得ない。どうやって入るか思案していると「お部屋でやってみましょう」といってくれたので、一緒にエレベーターに向かった。
問題は部屋に入る時だ。健常の左手でドアを手前に開き、同じ左手でWHILLを操作して、ドアが自然に閉まる前にさっと滑り込めれば完璧だ。やってみよう。
WHILLに座ったまま手を伸ばして思い切りドアを開く。急いで操作をしようとするが、無情にもドアは早く閉まり、WHILLが動き始めた時には自分の目の前を通り過ぎてしまう。むなしい。「お部屋に入るときはフロントに電話してくださればすぐ来ますので、それでどうでしょう」といっていただき、やむなく従った。
次に部屋の中をチェックだ。フロントの方にも付き合ってもらった。気になるユニットバスを見ていく。ユニットバスといっても広い作りになっている。私はバスタオルを広げておくために背もたれのついた椅子を脱衣所に置くのだが、この部屋にはない。スツールが一脚あるだけだ。そこでフロントに頼んで持ってきてもらうことにした。風呂場への出入りはさすがにバリアフリーだけあって、段差がほぼない。椅子も使うときだけ入れて、その他は広く使える。
そして肝心のお風呂だ。以前ホテルのサイトを見たときにバリアフリーの情報はある程度つかんでいて(写真など親切な情報だった)、お風呂に入るためのイメージトレーニングはしてきたつもりだったが、写真を見間違えていたのか、体の方向を逆に捉えていたのだ。実際は左足から入り、右足から出るという立ち位置だったので、ちょっと不安になった。これは怖いけどやって見なくてはわからない。夜まで結論はお預けだ。
とりあえずチェックは終了。フロントの方にお礼を言ってドアまで見送った。なにげなく下を見ると、部屋の隅にドアストッパーがあるではないか。そうか、これを使えば少々手間だが問題なく部屋に入れそうだ。
試しにやってみた。まずWHILLをドアの外につける。降りてドアを大きく開ける。ドアを体で押さえたまま床のストッパーを拾い、それでドアを止める。WHILLに乗って部屋に入る。ストッパーを外して終わりだ。問題ない。思わずガッツポーズが出た。これで一安心だ。
1日目:神社にお祈りしても
意気揚々と観光に出かけた。気になる天気だが、雨は降っていない。今日はホテルから近い波上宮と沖縄県立博物館・美術館(通称:おきみゅー)に行くルートだ。もう16時近くになるのでサクサク行こう。
まずは波上宮。ここは琉球の時代から船で訪れた人々は必ず立ち寄る神社で、いわば琉球の入り口だ。かつてはここで神様に道中の無事を感謝してから目的地に行ったという。私もせっかく沖縄に来たのだから、挨拶ぐらいはしなきゃなと思ったわけだ。
この辺りは工場や倉庫が多い住宅街らしい。どうやら近くに港があるようだ。WHILLでずんずん進むと海岸沿いに出て、そこだけひときわ高い丘の上に神社があった。ホームページの写真をみると、正殿にスロープのようなものが設置してあったので、おそらくバリアフリーに対応してそうだと安心して来たのだが、思いのほか下から正殿までの坂がきつく、WHILLが登れるかどうか心配になった。思い切ってやってみると難なく登ってくれた。さすがだ。
正殿に向かう前に手水に行ったが、片手ではできないことに気がついて、まあ気持ちだけでいいか、と手を洗わずに正殿に向かい、参拝をした。二拝二拍手一拝。拍手は手のひらが合わせられないので「カスッ、カスッ」と勢いがない。神様は私の存在に気付かれたかどうか。3日間無事に過ごせますように、とお祈りした。
参拝が終わってからおみくじを引いた。考えてみたらこれが今年の初詣だ。今回の旅行と今年の運勢を占う事となるわけで、急に緊張してきた。片手で開くのがもどかしい。開いた。大吉だ。かなり縁起がいい。個別の運勢も見る。旅行、さわりなし。いい傾向だ。帰りがけ、左手一つでおみくじを柵に巻き付けた。上手にできたと思う。満足。
それでは次に行こう。ところが急に雨が降ってきた。しかも少々寒い。しまった。自分が濡れることはいいとしても、防水ではないWHILLはさすがにこれでは。ところがまずいことにレインコートをホテルに置いてきている(本来、WHILLは雨天の使用は想定されていない。レインコートは標準ではない)。さわりなしのはずだが、十分にさわりありだ。一旦ホテルへ帰ることにした。
ホテルへ着いてから「おきみゅー」の閉館時間が気になり、スマホで検索してみたら午後6時だった。今は5時過ぎ。急いで行ったら間に合うだろうが、急に行く気がうせてしまった。予約をしているわけでもないし、やめておこう。
雨の中見つけたお店
それでも出かけなくてはならない。ホテルは素泊まりで頼んでいたのだ。レインコートを頭からかぶって雨の中を行くことにする。事前にネットで見つけた、旭橋駅の沖縄海鮮料理が楽しめるお店に行こうと思うが、グーグルマップで確認すると入り口に段差があり、WHILLを外に停めようにも雨を避けることが出来なさそうだったので、あまり期待すべきではない。やっと店を見つけたが、案の定あきらめざるを得ない。別の店を探そう。
私が出入りできそうでWHILLを雨ざらしにしないような店…なかなか見つからない。カッパ着てぐるぐる駅周辺をうろつく車いす。人からどんな風に見えるのだろう。最悪コンビニ弁当かなと思ったとき、とあるお店に目が止まった。なんと入り口が二つある。
一つは雨の当たる歩道の前にあるが、もう一つは歩道から隠れていて屋根のある、一度通っただけでは気がつかないようなところにあった。普通は絶対使わない入り口なのだろう。でもこれなら入れそうに見える。屋根の下の入り口にWHILLをつけて降りる。ドアを開けて、中の店員に車いすをここに置いてもいいか確認したが、ドアの外を全く見ないで「あっいいですよ」と気楽に答えてくれた。じゃあ、ここでいいか。助かった。
「海さん市」という、海鮮料理のお店だ。いいな、計画に近い。店内は天井が高く漁船を模した飾りが気分を盛り上げる。目立つのはウミガメの剝製だ。とても大きい。「こちらにどうぞ」とカウンター席を案内された。椅子が高く少し弱気になったが、富良野でも問題なかったので座ってみることにした。やはり問題ない。これからは自信を持ってカウンター席でも座ろう。
メニューを開く。ヤコウガイの刺身、車エビの焼き物、ラフテーは即決。沖縄っぽくなりそうだ。「ひらやーち」なるものがあるが、聞いたことがない。なんだろう。面白そうだ。とりあえずこれらを頼んだ。何を飲むかだが、やはり古酒がいいだろう。泡盛はしばらく飲んでないのでどのような味か忘れてしまったのだ。思い出してみたい。その名も「琉球王朝」という古酒をソーダ割りでオーダーする。
しばらく待つと古酒版ハイボールが来た。ドキドキして飲んでみると、いきなりフルーティーな香りが押し寄せてきて、後からお酒の旨みが来る。面食らった。忘れていたが、私が飲んだ泡盛は安かったのだろう、こんな旨さは味わったことがない。古酒の美味しさは全く違うのか。
ヤコウガイが来た。コリコリしておいしい。付け合わせのレモンやわさびなどを付けて、味変しても楽しい。次に車エビだ。いい香りがして、頭から尻尾の先まで香ばしく焼き上がっているようだ。思わず頭からかじりつく。味も濃く、美味しくいただいた。ふと左を見ると、生け簀があった。そこでは車エビが元気よく楽しそうに(そう見えた)動き回っていた。こんな可愛らしい車エビがあんなおいしい焼きものに変わっちゃったのか。申し訳ないやら有難いやら。
ラフテーは、沖縄版豚の角煮である。皮のゼラチン質から肉まで柔らかく煮込んであり、とてもおいしい。さて、ここでひらやーちが来た。ソース系で薄いお好み焼きのようだ。食べてみると、にらの香りがした。ツナも入っている。珍しい食材は入っていないが、同じような味付けで違う名前の料理に出会うと、親近感がわいてちょっとうれしい。
ここまででお腹は満足だ。何の気なしにメニューを見ると「焼きガキ1個198円」という文字が目に入った。今だけの特別料金らしい。安い、それにカキは沖縄でも取れるのか。ぜひ食べてみたい。でも複数は多いかなと思ったので、店員さんを呼んで「これは1個から頼めますか?何個以上などの縛りはありますか?」と聞いてみた。そうしたら「1個でいいですよ」と気前よく言ってくれた。ありがたくお願いしよう。メニューには焼きガキとあったが、説明を聞くとそれだけではなく、生ガキ、バター焼きなどその他にも対応するという。うれしくて選ぶのに困っちゃう。私は生ガキを選択した。
頼んでから冷静になり、ああそうか所詮は小さなカキなのだろう、と値段が安いのを勝手に納得していた。ところが出てきたのは子供の掌ぐらいの大きさで、明らかにでかい。思わず写真を撮らずにかぶり付いてしまった。すると身がプリッとしていてみずみずしく、口の中に旨味がブワッと広がった。これはうまい。旨くて思わず目をつぶった。カキを含んだまま深呼吸。1個だけにして失敗した。これなら2、3個は入ったな。考えつつ古酒を飲み干す。
今日は雨に降られて計画通りにいかなかったが、最後は満足だ。ごちそう様。お会計を済ましてお店をでる。またもネット情報は空振りに終わったが、こんな出会いもあるならまだ捨てたもんじゃない。
部屋に帰ってからお風呂に入った。入る向きが逆だったのは想定外だったが、何とかクリアした。しかし湯船でシャンプーを使った影響で足が滑ってしまい、麻痺足が硬直するなど、非常にヒヤヒヤした。とりあえずケガなく入れて良かった。前回のように順調には行かず、まだ楽観的ではいけないなと反省した。(続く)