COVID-19から予測できること:失業率・銃・自殺(アメリカの場合)
社会科学の理論と研究結果を使って、大胆な予想をしてみようと思います。
「コロナによって失業率が上がれば、自殺率が増える。特に、名誉の文化で知られるアメリカ南部の中年の白人男性において、その影響が顕著に見られるはず。」
失業率が自殺に与える影響
コロナが引き起こした経済への悪影響は、リーマンショックを上回るだろうと予想されています。特に予想されるのが、経済のストップによる失業率の増加です。
失業率が増えると、自殺が増えるのはずっと前から研究されています。リーマンショックを含めた期間のアメリカの自殺率を時系列で調べたデータがあります。州や性別などによって変わってきますが、失業率が1%増えると、大体2%の自殺率の増加が推定できます。(リーマンのあとは大体10%の増加)[1]
そんなことを考えていた時に、意外なニュースが飛び込んできました。
「今、アメリカでは銃が売り切れている」
一見、パニックに陥ったアメリカ人が過剰な自己防衛のために念のため銃を買い占めているのかもしれません。そこでふと、僕は、実はこのような状況での銃の確保は、ゆくゆくは間接的に自殺につながっていくのではないかと思っています。
と言うのも、そもそもアメリカでは銃は殺人に使われるのではなく、自殺に使われる場合の方が多いのです。
1968年から、常に自殺への使用率の方が殺人よりも高い
2017年においては、自殺への使用率は殺人に比べて約2倍にも
銃があれば、死にたいときに簡単に死ぬことができてしまうのです。
そして、自殺の原因は経済的な要因だけでなく、社会的・文化的な要因も絡んできます。特に、アメリカの南の州では、特に銃の保有率と自殺率が高いです。その中でも、特に自殺の可能性が高いのが南部に住む白人男性、いわゆる「名誉の文化」に住む人たちです。
名誉の文化とは?
アメリカの南部では、ヨーロッパ人が植民してきて牧畜を中心に生活をしてきた歴史があります(いわゆるカウボーイたち)。このような文化では、個人の尊厳や、自分たちの土地に進入してくる敵に対処するために強い攻撃心と対抗できる武器が必要になります。「やられたらやり返す精神」や「世評(要するに面子のこと)を保つこと」が重要視されてきました。
そのような文化の背景から、名誉の文化は、もともとアメリカ南部における高い銃の保有率や殺人率を説明する文化的要因として研究されてきました。「名誉の文化については、神戸大学の心理学者である石井教授が日本語でわかりやすく説明してくれています。(リンク)」
しかし、名誉の文化は諸刃の剣で、名誉の文化である南部の州では、実は自殺率も顕著に高いのです。なぜでしょう?
その謎を説明する要因に、抗うつ薬の使用率の低さが挙げられます。名誉の文化では、自分の弱さを見せたり、人に頼ることは文化的にあまり好まれない行動です。他人に弱さを見せることが恥な文化だと、自分が鬱になった場合に一番大切になる社会的や医療的なサポートを遮断してしまうことになります。そこに加えて、自殺に使える銃の保有率が高いわけです。自分が死にたくなった時、他人に助けを求めるくらいなら、面子を保つために自分で死んだ方が良い、思うのでしょう。例えば、このような名誉の文化で抗うつ薬の使用率が低い州にはネバダ、アリゾナ、アーカンソー、テキサスなどがあります。[2]
抗うつ薬の使用率が低く、Honor states (=名誉の文化)の州が一番高い自殺率を示している
名誉の文化による南部の高い自殺率を指示するさらなる証拠として、自殺率の個人別のデータがあります。[3]
銃の保有率の高い数での白人の高齢者が高い自殺率を示している (Y軸は100,000人に一人の割合) [3]
南の州での白人の高齢者が高い自殺率を示している [3]
このように、南部での銃の保有率が高く、そしてそのような名誉の文化では、自殺率が高いことが明らかになっています。
コロナによっていきなり失業率が上がったとしたら、アメリカの自殺率にはどのような影響があるのでしょう?僕の予想は、名誉の文化に住む、特に社会的サポートに頼りにくいヨーロッパ系白人男性が自殺する可能性が高いのではないかと危惧しています。
今、銃を買い占めている人たちが「コロナきて失業しそうだし、死にたくなったら自殺しよう」と思って買ってる人がいるとは正直かなり言いにくいです。だけど、銃があることで、死にたいと思ったら簡単にできる状況が増えたら、間接的に自殺率は増えてしまうのではないかと予想しています。もしかしたら、銃の消費率は自殺率には全く関係がないかもしれません。
どちらにせよ、ある程度年齢を重ねた後に、もしいきなり失業して、他人にも頼れなくなり面子を保てなくなる状況に立たされたら、どう言う思いに立たされるのでしょうか。そこに銃があれば、あなたは引き金を引きますか?
社会科学で社会のダイナミックな動きを読み解く
要点をまとめると:
・失業率が増えると、自殺率が増える
・銃はそもそも自殺に使う場合の方が多い
・アメリカ南部、名誉の文化に住む中年白人男性が一番自殺の可能性が高くなる
このように、社会科学を使えば、思いもしなかった側面に気づくことができ、ある程度予測を立てることができます。そして、複雑な社会のダイナミクスを紐解く助けになります。
そもそも自殺という現象を社会的な現象として研究したのは、フランスの社会学者、デュルケームでした。(豆知識:英語だと、”ダークハェム”と言うんです)。
彼は、宗教によって自殺率が違うことに着目し、社会や文化的な要因で自殺を研究した、社会学の父とも呼ばれる偉大な学者です。そもそも彼のような発想がないと、COVID-19のような危機による社会の変化と、個人に与えるその影響を調べることは難しくなってしまいます。[4]
今、コロナから命を守るために必死に闘う人間がいる一方で、少し時間が経ったら、コロナの影響により自ら命を断つ人も出てくる可能性があるわけです。そのような不幸は、どうにかして食い止めたいものです。
この予測が正解かどうかが分かるのは、数年後...(論文にします!)
[1] Phillips, J. A., & Nugent, C. N. (2014). Suicide and the Great Recession of 2007–2009: the role of economic factors in the 50 US states. Social Science & Medicine, 116, 22-31.
[2] Crowder, M. K., & Kemmelmeier, M. (2014). Untreated Depression Predicts Higher Suicide Rates in U.S. Honor Cultures. Journal of Cross-Cultural Psychology, 45(7), 1145–1161. https://doi.org/10.1177/0022022114534915
[3] Crowder, M. K., & Kemmelmeier, M. (2017). New Insights on Cultural Patterns of Suicide in the United States: The Role of Honor Culture. Cross-Cultural Research, 51(5), 521–548. https://doi.org/10.1177/1069397117712192
[4] Durkheim, E., 1951 (J. A. Spaulding, G. Simpson, Trans.). In: Simpson, G. (Ed.), Suicide, A Study in Sociology. Free Press, Glencoe, Ill. (アマゾン)