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【三題噺】中東の魔人
お題
1.『炎に包まれた屋敷の中』
2.『煎餅』
3.『揉む』
『中東の魔人』
「最期に…」
「一度でいいから…」
「揉んでみたかった…なぁ…」
権六は燃え盛る炎の中で、息も絶え絶えに呟いた。
権六は今年で25歳になる真面目な男だ。
家柄はそれほど良くないが、厳格な父のもとに生まれ、幼いころから学業に励んだ。決められた規則は破らず、ほどほどに優秀な成績を修め、数年前から官員として町の役場に勤めている。職場に女性は少なく、厳しい父のこともあって、権六は未だ女を知らなかった。
そんな日々を過ごしていた権六に、先月父が「おしん」という女性との縁組を持ってきた。「おしん」の情報は顔写真しかないが、細身で控えめそうなかわいらしい女性で、今週末に控えた初顔合わせに彼は胸を高鳴らせていた。
家族は旅行に出かけていたので、一日の仕事を終え、家に帰宅した権六は簡単な晩飯を済ませ、明日の仕事に向けて一人眠りについた。
午前3時。
ゴウゴウという音と妙な息苦しさに、権六は目を覚ました。
眠い目をこすりながら瞼を押し上げたその瞬間、息を吞む。部屋が火の海になっている。部屋から出ようにも脱出できる箇所が無い。周りにある炎以外のものは、職場で貰ってきた煎餅と幼いころから身につけている仏像だけだ。
なぜ、こんなことになっているんだ。
必死に考えようとするが、息苦しさから思考がまとまらない。真面目な彼はタバコを吸わない上、普段から火の用心も怠っておらず、心当たりなど全くなかった。
実は、権六の職場での勤勉さを見て好意を抱く女性陣が一定数おり、仕事でミスを犯してクビになった元同僚が逆恨みから彼の屋敷に火を放ったのだった。そんな奴が官吏になっていたなんて世も末だが、あっという間に彼の屋敷は火に包まれた。
「最期に、乳が揉みたかった…」
彼の口からぽろりと零れ落ちたのは今まで押しとどめてきた根源的な欲求だった。父の支配下で真面目一筋で生きてきた彼が最後に求めたものは奇しくも乳だったのだ。
次第に酸素が薄くなり、彼に思考する余裕は無くなっていた。
胸ポケットに忍ばせていた仏像を硬く握りしめ、呟く。
あぁ、揉みたかった、揉みたかった。揉まれたかった、揉みたかった。
するとその時、炎と煙の雲の中からヌッとグラマラスな色黒の女が現れた。目を引く魅力的な体つきに、サングラスをかけ、何故かライオンのたてがみのようなものを頭に纏っている。女は、部屋を見渡しながら、キョロキョロし始め、珍しそうに煎餅を見つめたかと思うと、勝手に袋を開けてバリバリと食べ始めた。
かろうじて息の残っていた権六は目を開け、戸惑いつつも現実か幻かもわからないままその女に尋ねる。
「お、お主は誰だ…?」
女は部屋に現れてから初めて権六に目を向けると、よくぞ聞いたとばかりに大きな胸を振るわせ、高らかに名乗った。
「わが名は、小東ライオン。中東で魔人をやっている者だ。」
「さぁ、願いを言え。」
マ、魔人…?権六は困惑しながら目を凝らした。確かによく見ると女からうっすらと後光が差しているような気もする。
魔人はマジなのかイマジンなのか、小東なのか中東なのか、権六は何もわからなかったが、もはや彼に判断力は残されていない。混濁した意識の中で、彼にとって唯一確かなものである推定Jカップに目を向けながら権六は言った。
「最期に、胸を、揉ませて…頂けないだろうか…」
小東ライオンを名乗る魔人は暫く黙って煎餅をバリバリと食べていたが、飲み込み終わると
「もーんだーいナイサー!」
と叫んだ。
権六はその大声に驚きつつ、自分は恥じらいがある方がそそるのにとか、「揉んだ」と「問題」をかけてるのかなとか、「問題」ではなく「心配」じゃないのかなどと一瞬考えたが、脳の残りのリソース全てを目の前にそびえたつ中東の峰に捧げる事に決めた。
で、では行くぞ。
よし来い。
死に際で組み手のようなやり取りをしながら、権六は褐色の胸に両手を埋めた。
瞬間、体を駆け巡るやわらかさ。心地よく跳ね返してくるその弾力。味わったことのないその感覚に権六は思わず涙を流した。
胸を揉みしだきながら、幼い頃に感じた母のぬくもりのような抱擁感と甘い香りに包まれ、圧倒的多幸感の中、権六は意識を失った。
小東ライオンは、権六が目を閉じたのを見ると、彼の腕を取り、ポツリと呟いた。
「心肺ナイサー。」
ぼやけた視界に白い天井が映る。
権六はうっすらと目を開け、体を起こした。体の節々が痛むがどうやら病院にいるらしいと気付く。
意識の戻った権六に気づいた看護師がすぐに、担当医を呼びに行く。
担当医の話によると、炎に包まれた屋敷の中に誰も入れず、誰もが権六の死を覚悟した瞬間に、バン!という爆発音のような音が聞こえたかと思うと、意識のない状態の権六が転がりでてきて、病院に搬送されたのだという。
三日も眠っていたこと、命に別状はなく一週間ほどで退院できるという説明を受け、医師が去った後、いつものように胸ポケットに入れていた仏像を手でまさぐると、何か別の感触がある。確認してみると、ひと握りの獅子のたてがみだった。
権六は、火の海の中での夢とも現実ともつかぬ体験を思い出しながら、「おしん」の写真を取り出し、細身のシルエットを見て「心パイ無いさ」と呟くと、ダイヤルを回した。
権六は、父に無事である旨と「おしん」との縁談を断る旨を伝え、電話越しに聞こえる父の怒号を振り切って、中東行きの汽車の切符を買った。
あとがき
いかがでしたでしょうか。
生まれてほぼ初めて小説的なものを書いてみました。一から全て考えるのは面倒くさいという事で、三題噺なるものに挑戦しました。
お題を見てから、燃え盛る炎の中で異形と問答しながら心配ないさと心肺無いさでしめる阿保らしさを軸にしようと思って書き始めましたが、2時間ほどかけて書いていくうちに途中で色んな要素が加わり、性癖を胸に捻じ曲げられた男が、性の力で父のしがらみが自立していく成長ストーリーになってしまいました。大西ライオンさんすみません。
保育園くらいの時に自分の書いた文章を読んでくそつまらなすぎて以来書くのをやめてしまったのですが、今回は意外に楽しめました。ありがとうございました。
(P.S.)
胸は揉んだことが無いので描写が変かもしれないです…