5歳で親子になった娘とわたし 食卓にて

 倫子が中学生になってからも、夕食の調理を三人で分担することは変わらなかった。その日はわたしの番にあたっていた。 

 夕食の献立はブリの照り焼き、だし巻き卵、ごぼうとにんじんのきんぴら、揚げとわかめの味噌汁、それに鰹節をかけたほうれん草のおひたし、といった料理で鍼灸院の仕事もしているから、いつもながら手間をかけた凝ったものはつくれない。それらの皿を居間のテーブルにならべて、妻と部活から帰ったばかりの倫子をよび、食べはじめたときだった。

「あれ?」
 味噌汁を一口ふくんだ倫子の手がとまった。椀をおいて、中をのぞき込んでいる。箸の先で点をすくいとると、ティッシュペーパーにふれた。箸を引いたあとに黒い点が残った。ちいさな虫(コバエ)のようにみえた。

「ごめん、ごめん。すぐ替えてくる」とわたしが椀に手をのばしかけると、
「いいよ、もう出したから。お父さん、目が悪いからね」

 かばうようにわたしには聞こえた。倫子はそれだけをいうと、なにごともなかったかのようにふたたびお椀を口にもっていく。
「だって、それ気持ちわるいだろう」
「ううん、いいよ、だいじょうぶ」とお椀のなかにむけて言った。

 夏場は三角コーナーのゴミに発生しがちなコバエにたいしてわたしは湯気の立つ鍋にはこまめに蓋をし、髪の毛は鉢巻や帽子で入らないように気をつけていたけれど、それでもこうしたことが年に一、二回はあった。
 由紀はだまったまま淡々と食事をつづけている。その姿勢も倫子の対応をささえている気がした。

 食事のあとで、食器を洗う冷たい水を心地よく感じながら、わたしはさきほどの光景を心のなかで反芻していた。
 なにごともなかったように、ふたたび味噌汁を飲みはじめた倫子をべつの女の子に置きかえてみる。中学生の女の子は、一生でもっとも潔癖感がつよい時期であろう。こんどから気をつけてよね、くらいは言いそうだし、あの味噌汁にふたたび手をつけなくても、あたりまえと思われた。
 食器を洗いおわって水道をとめると、外の草むらの虫の音が調理していたときよりもさらに大きくなって、わたしの耳が痛くなるほど競い合いながら鳴いている。

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