Theme 6: 検査(全3話 その3)
examination
医師/精神分析家(慶應義塾大学環境情報学部)
岡田暁宜(おかだ・あきよし)さんが綴るワンテーマ・エッセイ
《ぼくたちコロナ世代》避密ライフのこころの秘密
1: マスク~2: 検温~3: 消毒~4: 自粛~5: リモート と進んできた“ぼくコロ” 6: 検査の最終回です
3/3 発達障害の検査
前回の臨床検査における“特異度”や“感度”の考え方は、本来であれば、心理検査においても求められるでしょう。
“特異度”99%のPCR検査で陽性であれば「コロナに感染している」と考えてよい。反面、“感度”50-70%のPCR検査で陰性であっても「コロナに感染している可能性は否定できない」。
私の印象では、10年程前からだと思いますが、発達障害の診断のために心理検査を希望する方が精神科外来を訪れることがしばしばあるように思います。2005年より「発達障害者支援法」が施行された影響もあるでしょう。みずからの希望による場合もありますし、職場や学校や家族の意向による場合もあります。
発達障害の心理検査には、大きく分けて質問紙と知能検査があります。WAIS-IVという成人用の知能検査には、「言語理解/知覚推理/ワーキングメモリー/処理速度」という4つの指標があり、言語性IQと動作性IQの高低差が大きい場合には、発達障害の疑いがあるとされています。発達障害を専門にしている精神科医は、その高低差に注目しているのかもしれません。
私自身の経験でいえば、AQ(自閉性スペクトル指数 Autism-spectrum Quotient)やWAIS-IVの結果のみで発達障害と診断したことはありません。主観に基づく自己記入式の質問紙や、体力測定のような知能検査を、PCR検査のような確定診断に用いることはできないと思うのです。そもそも心理検査は、医師による診断の補助的な役割ですし、精神科で診断される障害の多くは、記述的な診断基準に基づいているからです。
発達障害の診断のために心理検査を希望する方が精神科外来を受診した場合には、すぐに心理検査を実施することではなく、診断を希望する理由や、心理検査に期待していることなどを、うかがうことから関わることが大切だと思います。それは、発達障害の診断を求める理由や心理検査への期待をめぐる“こころの動き”を診断(評価)することでもあります。
前回にも、コロナのPCR検査では、PCRの特異度や感度に加えて「検査前確率」を考慮することで検査後確率を高める、と述べましたが、発達障害の診断では、その人の養育史・生活史、さらに診断や検査に至る経緯などについて理解することが大切です。言い換えれば、発達障害の心理検査では、検査の“特異度”や“感度”よりも「検査前確率」が重要といえるように思います。
Theme 6 了
当たり前の事かもしれませんが「検査」だけで
全て事実が分かるわけではないということが、
今回のエッセイでよく理解できました。
すばやく効率的に「検査」で答えを導きだすことも大切ですが、
その背景にあるもの、前後にあるものなどを範囲を広げて
人の手、眼、心、知恵、経験などをフルに使って目の前の生身の人を、
より正確で精密に理解していくことは外せないように思えます。
それが「人間に与えられた力」なのかもしれません。
みなさんはどんな風に考えますか?