匂いに追われて
生まれてこの方、人より鼻が利く。察しが良い方の「鼻が利く」ではなく、実際の匂いを人より早く嗅ぎ分ける方の「鼻が利く」。食べ物に限らないので単に食いしん坊というだけではなさそうだ。意識して嗅がなくても匂いは問答無用でひょいひょい鼻まで乗り込んでくる。ひょっとすると、過敏なのかもしれない。過敏というと気にし過ぎて神経質な人をイメージするが、自分の実感としては気にする気はないのに気にするしかなくなるといった具合である。鼻が利くことで得をした記憶は特になく、平凡な嗅覚なら気楽に生きられたのになぁ…とまるで特殊能力を持って生まれたかの如くため息を吐くことはしばしばある。
それはさておき、「あの頃」「あの場所」「あの人」を思い出す匂いは、誰しも意識・無意識に関わらず持っているのではないだろうか。ある一つの匂いと思い出がや感情がリンクして、年月の経過で色褪せることなくその匂いが漂うとその思い出が蘇る。そのまた逆も然り、思い出を振り返ったことで匂いを呼び起こす。誰かがつけていた香水の香りはその人を思い出させるし、おばあちゃんの家の匂いはいつまでも記憶に残っていたりする。
小さい頃、新芽だか若葉だかとにかく濃い緑の匂いを初めて嗅いだ時、耐えられずクサイ!と大騒ぎして泣いた。嗅覚がキャパオーバーしたような感覚だった。一緒にいた家族は何ともなさそうで、緑の匂いだと嗜められた。今でも濃い緑の匂いを嗅ぐと、その時のことが蘇る。と同時に鼻を塞ぎたくなる。
10代の頃は、コロンや香水に目覚めて好みの香りを探した。明らかにつけ過ぎな人は、自分がその状態なら吐き気がして到底何も食べられないが、強い香りに包まれた状態で食事を味わえるものなのか気になった。
20代の頃は、実家のタオルの匂いに苦言を呈して何度も母を怒らせた。改善提案もせず、洗濯を代わるわけでもなく、タオルが臭いと告げるのだから憎たらしい娘である。「文句があるなら自分で洗いなさい!」私が母でも同じ台詞を言い放ったであろう。
実家のみならず人様のお宅のタオルを使う機会があれば、拭いた手から良からぬ臭いがしないかと人知れずドギマギする。いい香りがした時は天使が現れ、ガーンな臭いの時にはデビル参上。まったく嫌な客である。誰にも招かれなくなりそうなので、この話は誰にも話したことがない。飲食店のおしぼりが良い匂いだの臭いだのという軽めの話は、気軽に誰とでもできた。人より匂いを強めに感じていることに気付いたのは中学生の頃だった。しかし、その事実を赤裸々に説明すれば「神経質でちょっとおかしな人」に分類されてしまいそうなので、日頃は人並みの嗅覚を気取って生きている。
そんな人間が、ひとたび風邪や副鼻腔炎で匂いを感じなくなると…それは例えて言うなら、閉所恐怖症の人が狭い空間に閉じ込められた感覚そのものである。生きた心地がしなくて、自分の置かれた状況(嗅覚不能)から神経をそらすことに全力を注ぐ。馬鹿げた話に聞こえるかもしれないが、匂いを感知できないことが、本当に息苦しくて気絶寸前の過酷な状況なのだ。回復した時には、よくぞ戻ってくれたと嗅覚に熱い抱擁でもしたくなる程に大きな存在なのである。
愛犬の匂いは、私にとっては大好きな匂いだが誰にも理解されないであろう。亡くしてから10年以上経っても忘れられず、いつだってすぐに思い出せる。
雨が降り出した地面の匂いも好きな匂いだ。じゃがいもを洗う時も同類の匂いがする。それを味覚から感じられるのが、ビーツという紫色の野菜。土臭いので好き嫌いが分かれる食材だが、雨の匂いが好きな人は美味しく食べられるのではないだろうか。
悪阻の頃には、定番とされるごはんの炊ける匂いに始まり、愛用していたフレグランスさえも受け付けなくなり、癒しの香りは麦茶パックぐらいしかなかった。
赤ちゃんの匂いは、ふにゃんと脱力するほんわりとしたお湯の湯気の様な匂い。その赤ちゃんが成長すれば頭から汗の匂いがし、更に成長すれば足からは蒸れた悪臭がするようになるのだから、人間は不思議でいて面白い。
加齢臭やワキガなど、努力でどうにもならない体臭は言うまでもなく責めるに値しない。しかし明らかに清潔に保つ努力を怠っているニオイにはどうにもモヤモヤする。更には柔軟剤や洗濯洗剤の強烈な香りも、鼻をもぎ取りたくなる。子供が給食当番袋を持ち帰ると、クラクラしながらアイロンがけをすることが多い。毎週違うお宅で洗濯されて香りが混ざっているのか、前回洗濯したお宅の香りが私には強すぎるのか。かく言う私だって、無臭なわけではない。切ない加齢臭や汗の臭いは人並みにあり、人と居る時に風上に立つと気が引けてスススと移動する。匂いの許容範囲は実に人それぞれで、悪臭と一口に言っても人によれば悪に感じないこともあるのかもしれない。
最近では洗濯洗剤や消臭スプレーなど宣伝広告の謳い文句に「臭いの原因は菌」と当然の如く触れている。何でも菌だ菌だと騒ぐのもどうかと思うが、洗濯物が明らかに異臭を放っていたら放置するわけにはいかない。現在我が家の強敵は、子どもの靴下。夏場ともなると自分のものでもTシャツの脇部分やブラの谷間部分など、汗をたくさんかいて乾きにくい場所は若干の異臭が発生することがある。何であろうと家の中でいつにない異臭を感知すれば私の中でゴングが鳴り、戦闘モードに入る。
我が身を守るニオイ対策としてはここ数年「デオナチュレさらさらクリーム」を使っている。真夏の汗をかきまくる時期のみ愛用。外出前に塗っておけば、どんなに汗をかいても臭わないので有難い。
衣類に関する異臭撃退法は、長年の相棒「ワイドハイターex」。まず、①問題の衣類が乾いた状態で、問題の部分にワイドハイターを直がけする。菌が発生している部分は化学反応が起きて白い泡がブクブクしてくる。ニオイのない部分では発泡しないので一目瞭然である。ちなみに衣類が湿った状態でワイドハイターをかけてしまうと反応しないこともあるため、乾いた状態の衣類に直がけすることをお勧めしたい。ブクブクの状態でしばし置いたらお次は、②厚手のゴム手袋を装着し、可能な限り高温のお湯で揉み洗い。ニオイの菌を繊維の奥から押し出すイメージで。ここまで終えたら、③他の衣類と共にいつも通り洗濯するだけ。揉み出してすぐに洗濯機を回さない場合には、ワイドハイター+液体洗剤+お湯につけ置きし、翌朝など洗濯機を回すタイミングで放り込む。つけ置かずに湿った状態で長時間放置すれば、ニオイの菌が増殖しかねない。面倒であってもすぐに洗濯しない場合は、せめてお湯か水に浸けておかないとワイドハイターと高温もみ洗いが報われないので要注意。
梅雨のこの時期、なかなか洗濯物が乾かない。ドラム式乾燥機のない我が家では、タオルのみ乾燥機へ。タオル以外の衣類を部屋干しする際には、サーキュレーターをフル活動させて乾かしている。臭わせないためにも風が命。
子どもの靴の中はその日の運動量や緊張具合で汗の量も変わるのか、臭わない日もあれば、本人が「くさっ!」と大声で叫ぶ日もある。靴下や中敷のニオイの菌は一度の揉み洗いで落としきれないこともあるが、ワイドハイターと熱湯の繰り返しで落ち着く。幼稚園のブラウスやふきんを煮洗いした経験はあるが、ラスボス級の靴下をキッチンで煮洗いする勇気はまだない。
残念ながらどんなに異臭を撃退しようとも、その後また湿った状態が繰り返されれば、ニオイは何度でも現れる。異臭がそこにある限り、嗅覚が衰えない限り、これからも追って追われて匂いとの追いかけっこは続くだろう。
諸悪の根源である我が子の足の方はというと、帰宅後にハンドソープやボディソープで洗っても1度洗いで匂いが取れないこともあった。そこで友人から勧められた「帰ってスグの足洗いソープ」で洗ったところ、一発でノンスメルな足になった。ミントの香りがして気分が良いらしく、子どもも嫌がらずに洗ってくれる。これからもお世話になること間違いなし。
じめじめの梅雨が過ぎれば、ギラギラの夏がやってくる。
匂い対策で心地よく、元気に夏を乗り越えよう。