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プロ漫画家論

Xのプロモーションで見かけた漫画を読んでみたら、あまりにもおもしろくなかった。

いや、おもしろく読む人が多いだろうなとは思ったけど、絵は雑で破綻しているし、キャラも話もXでよく見る内容を繋ぎ合わせたような、見たことのある感じ。

敵と決めつけた相手をやり込めてスッキリ系で、敵へ歩み寄る思いやりなどは一切なく、自分を救ってくれた相手へのリスペクトも感じられない。こんな主人公とは友達になりたくない。

絵の汚さのせいで生々しさが増してるとも言えるけど、そもそも雑すぎる。
アーティスティックなこだわりかと思いきや、ただ破綻しているだけで、全く美学を感じられない。

私に言わせると「読者への誠意が感じられない」の一言に尽きる。

うっすらと胸糞悪くなったところで、さらに衝撃。めちゃくちゃ絶賛されとる!
いや、好きな人も多いだろうなーとは思ったけど…ここまで?
考えれば確かに、間違いなくバズりやすい内容。

まぁ、そういう作家商売もあるということか。
私は嫌いだけど…
あまりに驚いて、今まで感じてきた考えが噴出してしまった。

私はとかく「読者への誠意が感じられない」コンテンツが好きじゃない。
そういうのって滲み出てます。
特に一人で描く漫画は、作者の全てが滲み出る。
健康か、幸福か、オシャレか、知性的か、何に憤っているのか。

だから漫画家は常に自分を高い状態で保つ必要があると思っている。(少なくとも意識だけでも)

常に健康と幸福と、少しの怒りの状態を保ち、描く題材への教養を真摯に学び、今の時代の空気感やトレンドを肌で感じる。

これを苦もなく当然として続けなければいけない。

精神が老いることなど許されないし、社不とか発達とかを言い訳にしている場合ではない。(というか多分全員そうだし)

「アーティスティック路線を貫くからトレンドは必要ない」と言うなら、尚更ストイックな自己研鑽が必要になる。
藤本タツキの映画の視聴数の膨大さたるや。
市川春子や宮崎夏次系の世界観の深さたるや。
吐くほどインプットして死ぬほど咀嚼しているはずだ。しかも苦でなく。

漫画家というのは一生アスリートでいることを喜んで選んでいる人種だ。吐くほどの教養や情報を食べて走り続ける。
これを喜べない人は長続きしない。その方が正常だ。はっきり言って狂気じみている。

自己研鑽について喜びを感じているかは本人の資質だが、そのベクトルは「読んでくれる他者」に向いていることは間違いない。
自己研鑽は「読者への誠意」でもある。

アマチュアのうちは表現なんてものは趣味でいい。しかしプロなら、自分が表現し世に送り出したもので「読者がどう感じるか」ということに対して、ある程度の責任を持つべきだと私は思う。

以下、「読者への誠意が感じられなくない?」と物申したい3つの項目について書く。

雑な絵、雑な線

「雑さ」には意図があるべきだ。
線の荒さが味になり、勢いや空気感を出すならそれでいい。しかし荒い線は基礎デッサンが出来ている絵にしか基本許されない。
そもそもの絵が下手だったり単調だったりするなら、線をキレイに描く以外の対処法はほとんど無い。
たとえふにゃふにゃの線でも、雑なのと、こだわりがあってそうしているのでは全然違う。漫画は線のメディアだ。線に魂をこめろ!

意図がない「雑な絵、雑な線」は、ただ作家の情熱を散漫に書き散らしただけで、読者の読書体験に対して責任を持っていない絵と言える。
それはプロの仕事ではない。

演出過多で派手な漫画

自己研鑽が足らず漫画の基礎にあたる部分が欠落しているのに、やたら絵や演出が派手な漫画も、読者への誠意が足りていない。

パッと見おもしろそうなのに、読んでみたら「??」ってなる漫画はだいたいこれ。

作家のエゴと承認欲求を押し付けている作品はプロの仕事ではない。むしろエゴなどノイズでしかないのだから、極力0にするべきだ。こだわりとエゴを混同してはいけない。

エゴの強い漫画にはおおむね客観性が足りない。
そもそもわかりにくい、題材への教養や理解が足らない、主人公の動機が弱い、など、読者を楽しませることに主軸が置かれていないことに本人が気づいていない。

他人に承認させようとさらに寒いギャグやメタネタやパロネタを盛る傾向があって、そうなると一層醜悪さを増す。

パロネタこそ深い理解と教養、さらにバランス感覚が必要という超難関なのに、簡単にウケが狙えるからと安易に手を出しがち。
二次創作でないなら本当にやめた方がいい。大亜門とロボコにしか許されない。

潔く絵だけに特化してコミカライズ作家になれば道もありそうだが、それも結局、編集や原作者とのコミュニケーションが大事になるので、果たしてエゴを抑えて仕事に徹することが出来るのかどうか…

子供を毒の沼に引き込む、あるいはクソ夢漫画

作家の多くは既存の価値観に「おまえはそれでいいのか?本当はこうじゃないのか?」ってつきつけたい生き物のはず。
「みんなハッピーになろう」くらいだとしても、実は十分な主張だ。なぜなら世の中の人の多くはハッピーではないから。

ほとんどの作品が何かを「救済」することが目的で、大抵の場合は作者本人を救済している。
それは「ヒマな状態から救済する」でも構わない。自分を救う物語が他者も救う。

「作品を読んだ読者がどのような価値観を感じるか」ということに責任を持つべきだ。
中高生以下をターゲットにしているのに、世の中や未来に希望を持てなくなるような、厭世的、諦念的な観念を撒き散らしている作品は、はっきり言って害悪だと思う。

「大人って汚い」って言いたい中高生に刺されば商業的に成功するかもしれないけど、人格形成の大事な時期にそんな価値観に染まった子たちの人生の責任を、作者や編集が取れるのか?そんなわけないだろ?

大人って一人一人は優しいし、グレーなとこをうまく擦り合わせて距離を取って適度に気持ちよく生きてるんだよ。害悪作家はいつまでも中学生みたいにエゴと思い込みで目を濁らせて、そういう絶妙なバランスで成り立っている優しい世界に気づけないのでしょう。

汚い世界を突きつける系は大人向けでやってくれ。希望ある若い子を自分が浸かっている毒沼に引き込むのはやめろ。

同じく、多感な中高生以下の女子に、
「真面目に健気に生きていれば、男子は皆あなたにメロメロになって、勝手にお察ししてチヤホヤしてくれるよ♡」とか、
「強引(暴力的)な男子ってあなたのことが好きすぎるだけで魅力的だよ♡」とか、
現実とかけ離れたクソな夢を見させる少女漫画も害悪だと思っています。

真面目健気女子は抑圧と搾取の対象になるだけなので今すぐやめろ!主張しろ!
可愛くなる努力をしない女に誰もメロメロになるわけがない!
男がお察しできるわけねーーーだろ!
暴力男はもれなくDVかモラハラパートナーになるんだよ!啓蒙しろ!!!

別に害悪漫画が存在しても問題はない。
漫画くらい夢を見ていい。そのためのフィクションだ。
ただ、18禁にするべき。
社会や現実をまだよく知らない子供に読ませるべきじゃない。禁書にしろ、禁書に。


…以上、これまでに感じていたことが噴出してしまいました。
プロ漫画家論を偉そうに語るおまえは、どんな高尚な漫画を描いているかって?

美青年がモブたちにめちゃめちゃに犯される成人向エロ漫画を描いています!!

いわゆる有害図書。しかも実用重視。
でもすっごい優しい世界を描いてると思う。全員ハッピーで絶対ハッピーエンド。

有害図書だからこそ、真摯に向き合って、誠実に取り組む必要があると思う。でなければどこまでも粗野で下品で醜悪になってしまう。
清廉で上品でキラキラしたモブレ漫画を生業としています。

私の漫画を読んだ人が、明日を生きる活力を得て、現実にもちょっぴり希望を持てて、なんとなく楽しくなれることをマジで願ってる。

私は一生、現役漫画家として生きていきたい。

もし私が老いや奢りで読者への誠意を忘れ、エゴに塗れてしまったら、そんなのは私のなりたい私ではない。
思いっきりぶん殴ってほしい。