油まみれでビカビカ光る人間から逃げる夢を見た
チャンスの女神
チャンスの女神を知っているだろうか。
女神の髪の毛は前髪しかなく、他はつるっぱげ。
現れたと思ったら、あっという間に目の前を通り過ぎてしまい、つかみたくても頭がつるつる滑って女神を捕まえられないという。
しかも女神は高速移動をするし、神出鬼没なため、次にいつやってくるかわからない。
これはチャンスが来たと思った瞬間にしっかり掴まないと、チャンスを逃してしまうという例えだ。
幼い頃からこの話を父から聞いていた私は、前髪だけ生えているつるっぱげの女神がキックボードのようなものに乗って爆走しているところをよく想像した。
彼女の顔は真顔。
大変シュールな様子だ。
しかし、女神の纏っている服は想像の中でははためいている。
幼心に“つかめるやん”と思ってもいたが、“世の中そういうもんなのかもしれない”と矛盾を受け入れていた。
そのおかげか(?)どちらかというとチャンスじゃなくても、とりあえずやってみよう精神で生きている。
体育教師直伝”チャンスの掴み方”
高校生の時、授業中に体育教師も”チャンスの掴み方”のことを話していたのをよく覚えている。
体育教師は座学の時に自分の考えや経験、奥さんとの馴れ初めなどをよく話した。
その中で「おまえら、チャンスってやつは一瞬の判断で掴まなあかんぞ」と話し始めた。
「進研ゼミ親父から聞いたやつ!!」と思いながら聞いていたが、どうも様子がおかしい。
体育教師「ええか、チャンスってのは全身が油まみれや」
生徒「油、まみれ????」
全員ポカーンとしている。
体育教師「せや、油まみれやから掴もうと思ってもツルツルすべって、絶対に掴まれへん」
生徒「でも、服掴めますよね?」
体育教師「残念ながら、服は着ていない」
生徒「ぜ、全裸……???」
待って待って。
思っていたのと違う。
体育教師は真剣に話していて教室に緊張感が走っていたのだが、全裸の油まみれ人間が脳裏に浮かんで正気を保つのがやっとだった。
体育教師「その油まみれのチャンス君、なんと前髪だけはある」
ブフォ、、、と笑いを堪えられなかった。
しかも体育教師は”チャンスの象徴”のことを「チャンス君」と呼んでいる。
女神ちゃうんかい。
うら若き女子高生たちに、体育教師は人生を乗り越えるための諸々を語ってくれているはずなのに、いろいろツッコミどころ多くて、なんかもうだめだ。
体育教師「チャンス君がやってきたら、すかさず何も考えんと前髪を掴むんや。
しかもチャンス君は走るのがめっちゃ速い。
あっ今のがチャンス君やった!ってあとから気づいても遅い。
つるつるすべって、絶対掴まれへんねん」
体育教師の説は私が感じていたチャンスの女神への矛盾を、完膚なきまでに解消している。
油まみれ全裸なら、服すら掴めない。
というか、こんなものが来たら明らかに不審者だし、前髪にすら手を伸ばすのを躊躇しそうなものだ。
インパクトが強すぎて、チャンスの女神のように“チャンスの象徴”として受け入れられない。
“チャンスの象徴”というより、もはや怪異だろう。
その後も体育教師は何度も「チャンス君」を繰り返す。
その度に怪異のようなチャンス君の風貌を想像して、笑いが止まらなかった。
ある日見た夢
さて、高校生ともなると進学か就職か、それぞれの進路を決める時期だ。
この時の選択は一生を左右すると高校生の頃は本気で思っていたし、まだ思春期から抜けていなかった私は心の中も常に大嵐だった。
友人たちと今後の進路や夢について話すかたわら、気になるあの人の進路を気にしつつ、自分の未来を決めきれない。
一方で親からは「金がないから国公立へ進学しろ」とギリギリと精神的に詰められる日々。
そんなある日、夢を見た。
私はいつも通り、地下鉄の駅構内で通学するための電車を待っている。
(私は電車通学だった)
電車到着のアナウンスが聞こえ、地下鉄のトンネルの向こうから光が差し込む。
電車のヘッドライトだろう。
いつも通り、電車が駅に入ってくるのを見届けようとした時、私の目にはとんでもないものが飛び込んできた。
あかりは電車のヘッドライトではない。
全身で光を放ちながら高速で走ってくる、全裸ののっぺらぼうだった。
な、なにーーーーーーーーーーー?!!!!
「ヒィ!」と声にならない声を出し、反射的に私は逃げた。
全裸ビカビカのっぺらぼうは私に狙いを定めたようで、私に向かって一直線に走ってくる。
ぎゃああああああああああ!!!!!!
思わず線路内に飛び込み、ひたすら走った。
ヤツは全速力で私を追いかけてくる。
ぎえええええええええええええええええええ!!!!!
走っても走っても追いかけてくる。
なぜか線路と駅構内を行ったり来たりしながらも、その駅からは私もヤツも出ない。
すんでのところで、サッとうまくかわせた。
ヤツは私を追い越して、向こうへ走って行く。
が、ほっとするのも束の間、クルッと方向を変えて光を放ちながらまた私に向かって走ってくる。
こいつ……ヌルヌルテカテカしてるし、ビカビカやし……
何やねん……
くっそ、上手く走られへん。。。
「もうあかん、つかまる、死ぬ」と思った時、一瞬、全裸のっぺらぼうの顔を見た。
前髪がある。
おまえ、チャンス君やったんか!!!!!!!!!!!!!!
そこで目が覚めた。
なかなかに怖くて、気持ち悪い夢だった。
あの夢の意味を考えてみた
追いかけられる夢は精神的に追い詰められる時によく見るという。
また、駅は夢占いで見ると人生の転機の象徴だという。
確かに当時の私は、精神的にも金銭的にもありとあらゆる分野で追い詰められていた。
恋も勉強もうまくいかず、親とも折り合いは良くなかった。
あのあと、血迷った私は大学進学ではなく、家から出たいがために寮付きの仕事を選んで就職した。
長年思い描いていた夢を捨て、突然、就職を選んだのだ。
それほど、心と頭の中は大嵐だった。
しかし、あれほど逃げても逃げてもチャンス君はしつこく私を追いかけてきてた。
私はあれがチャンスと気づかずに逃げ続けていたのだ。
「逃げずに立ち向かえ」とチャンス君は私に伝えたかったのかもしれない。
世の中のチャンスって、案外チャンスの顔をしていないのかもなと、大人になった今は思う。
「チャンスが目の前を通り過ぎるのは一瞬で、次はいつ来るかわからない」
確かにその通りだ。
しかし、高校生の頃から20年以上。
何度も何度もチャンスは私の元にやってきて、少しずつ夢に近づいている。
私はあの頃捨てた夢を、何度も形を変えて叶え、さらに今も別の形で叶えつつある。
何度もチャンスはやってくる。
自分に可能性がある限り、何度も。
あの地下鉄の駅構内でチャンス君と追いかけっこしたことは、私の人生を暗示していたのかもしれない。