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薬価について(10/17追記)

●薬価とは

まず皆さんは薬価というものがどういうものかご存じだろうか?
日本製薬工業協会のウェブサイトには以下のような説明があります。

医療用医薬品の価格は、「薬価(やっか)」と呼ばれます。薬価は、国の医療保険制度から、病院や保険薬局に支払われる時のくすりの価格のことで、製薬企業の資料などをもとに厚生労働省が決める「公定価格」です。
公定価格である日本の医療用医薬品は、原則として2年に1度の価格改定のたびに、価格が引き下げられているため、製薬会社が価格を自由に設定できる国に比較して安価になる傾向があります。

https://www.jpma.or.jp/about_medicine/guide/med_qa/q41.html#:~:text=%E8%A7%A3%E8%AA%AC,%E6%B1%BA%E3%82%81%E3%82%8B%E3%80%8C%E5%85%AC%E5%AE%9A%E4%BE%A1%E6%A0%BC%E3%80%8D%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82

つまり保険で出される薬を病院や薬局が患者にいくらで売るかというのは国が全て定めており、製薬会社にも病院薬局にも値段を設定する権利はないということです。

では製薬会社から卸売業者、卸売業者から病院・薬局に売る値段は決まっているのでしょうか?
こちらは決まっていないのでそれらの会社、病院などによって様々です。しかし、当然売る値段より高い値段で仕入れれば赤字になってしまうので、原則として売る値段、つまり薬価よりも安い値段で売られることになります。
この薬価と仕入れ値の差が薬価差益と呼ばれるもので、以前はこれが大きな問題となっていました。

●薬価差益とそこから利益を上げていた病院

数十年前は院内処方が当たり前で、薬価差益も30%40%とあったため高い薬を院内でどんどん処方し、差額で利益を得るというのが病院の大きな収入源になっていました。
これを改めるために処方医と調剤薬局を分離し、薬を出せば医師が儲かるという構図を解体したのが日本における医薬分業の始まりです。
(参考:医療費の無駄を減らせ 「薬価差益」削減の秘策 日経ビジネス

●薬価改定

そしてその薬価差益自体もどんどんと削られていくことになります。その仕組みが薬価改定です。
薬価は原則2年に一度(毎年行うという議論もなされている)改定され、基本的には引き下げられます。
何故引き下げられるのかというと現在の薬価と病院・薬局の仕入れ値を比較してその仕入れ値に近づけるという形で改定が行われるからです。
その結果現在の薬価の乖離率(公定薬価と仕入れ値の差をパーセンテージで表したもの)は一桁%で推移しています。
(参考:薬価改定の仕組み AnswersNews

上のリンク先の薬価改定率の推移の票を見てもられば分かるのですが、改定のたびに5%ほど薬価が下がるのが恒例となっています。しかも1錠10円などの最低薬価に達してしまった薬は下げられないため、下げ幅のある薬はこれ以上に下がることになります。ものによっては一度に20%以上下がる事すらあります。
薬価が下がれば当然病院・薬局はその薬価未満の値段で仕入れないと赤字になってしまうため卸、製薬会社に値下げ圧力がかかります。そうして2年後にはその下がった仕入れ値を基にさらに薬価を下げるという仕組みが薬価改定です。
当然このように勝手に値段がどんどん下がっていっては製薬会社の利益がなくなってしまうのですが、今までは前の薬の値段が下がる頃にまた別の新薬を投入してそちらを高値で売ることで利益を確保していました。
しかし医療の高度化により大きな利益の出る新薬の開発は難しくなり、後発品メーカーも出すべき後発品が少なくなるなどして、値段が下がり切った赤字の薬を作り続けないといけないという状況に追い込まれたのが昨今の医薬品不足の正体です。
ちなみに製薬会社には安定供給の義務が課されており、利益が出ないからといって自社の判断で製造を中止することはできません。全て日本医師会の許可を得る必要があります。
(参考:赤字品でも販売停止できない「医師会」の呪縛

●薬剤費は上がっていると言う医師の謎

このような絶対に薬価が下がっていく仕組みにも関わらず、「薬剤の値段が上がって病院経営を圧迫している」という医師がたまに見受けられます。一体なぜでしょうか。
考えらえるのは高額な新薬の登場です。
例えばリウマチ治療では20年ほど前ならばリウマトレックスという飲み薬がメインでしたが、これであれば月の薬剤費は数千円、多くても1万円強くらいでしょう。
しかし今ではバイオ製剤と呼ばれるモノクローナル抗体の注射やJAK阻害剤というサイトカインに直接作用する薬剤がいくつも発売されており、これららを使えば月の薬剤費は安くて数万、物によれば数十万とかかってしまいます。
しかしこれらのほうが確実に効き目は高いので、重症の患者が集まる基幹病院ではこれらの使用率が高く、結果として一人当たりにかかる薬剤費が増えているのではないかと考えられます。

●今の薬は海外からの導入品が多い

ちなみに全く別の視点からの問題にはなりますが、こういった高額医薬品は海外からの導入品が多くあります。これによる問題点は2つあります。
1つは支払金額の多くが海外に流れてしまうということでこれは日本の税金が海外企業に流れてしまうということです。
2つ目は日本の薬価の下がり方があまりにひどいがために海外メーカーが日本での発売を躊躇し、海外では一般的となっている薬が日本では使えない、いわゆるドラッグロスという問題を引き起こしていることです。

●薬価をこれからどうすべきか

薬価は上げるしかありません。なぜなら利益の出ない製品を作る会社は存在しないからです。

小児に唯一使える解熱鎮痛剤カロナール錠 1錠6.7円
多くのガイドラインで基本的な抗生剤と位置付けられるサワシリン錠 1錠15.3円
最も一般的な咳止めであるメジコン錠 1錠 5.7円

このような値段で利益が出るはずがありません。
しかも製薬工場は製造工程や製品の検査が厳しく、不備があってロットごと廃棄、ロット全回収などもあります。そのバッファもとらなければなりません。
薬の供給を万全にしようと思えばそのコストは国民が払わなければいけません。

●下がった薬価はどこに消えた?

ここでもう一度薬価改定率の推移の表を見ていただきたいのですが、右側に医療費ベースという欄があります。毎回1%以上のマイナスとなっていますが、全体の医療費は下がっているでしょうか。

全体の改定率が大きく下がっているは小泉純一郎内閣の時の2002年~2006年だけで、他は薬価改定によるマイナスを打ち消すかのように診療報酬本体のプラス改定があり全体としては横ばい~微減にとどまっています。
つまり薬価改定で製薬会社が血を流して作った医療費削減を、日本医師会が横取りしているという構図です。
そして今医師たちが口々に「薬がない薬がない」と言っています。彼らはこの構図が全く分かっておらず、自分で自分の首を絞めてきたことにまだ気づいていないのです。

●最後に

社会には医療が必要です。医療がないと命の危機があったり、不可逆な障害を負ってしまうという人は一定数いるでしょう。
しかし、それは医師を崇めてその言う事を何でも聞くべきということでは決してありません。医療には医師も必要ですが、それ以上に薬が必要です。
薬の供給を守るために私たちは相応のコストを払い、そして医師の言いなりになるのをやめるべきです。


以下10/13追記分

●医薬品・原薬の輸入について

海外からの導入品である新薬は、海外工場から完成品を輸入していることも多いです。そのため、様々な輸入の遅延が生じると供給が不足する可能性が常に存在します。
下に挙げた薬ではないが国内への入庫が1か月に1度というものもあると聞いたのでおそらく船便で大量に運んでいるのだと思います。
(参考:ライゾデグ®配合注フレックスタッチ®の4月出荷調整・停止見込みについて
また、医薬品そのものは日本国内で製造していても、そのもととなる化合物(原薬)は輸入に頼っている場合が多いです。
(参考:「言い値でなければ」原薬輸入頼みのジェネリック医薬品が抱える課題
輸入ということは当然に為替の影響を受けます。つまり、円安になればなるほど国内企業から見た薬・原薬の値段は上がることになり製薬企業の赤字が拡大する、国外企業に原薬を買い負けて製品が作れないなどの事態が考えられます。
また、船便で輸送しているということは日本近海が安全に航行できる環境が必要なのことは言うまでもありません。

●日本の医薬品の品質管理は厳しすぎるのではないか

品質管理が厳しいということはそれだけ安全に気を配っているということで一見良いことのように思えますが、これにはデメリットもあり、以前から品質に対する過剰な要求であるという声が製薬会社にはあるようです。
(参考:品質に関する過剰な要求
「今の薬は海外からの導入品が多い」で挙げたように原薬を海外から購入して製品を作っているものが多いわけですが、最終製品の品質管理が厳しいということは当然原料に対する品質管理も厳しくなければいけません。しかし日本向けに厳しい品質管理を海外の原薬メーカーに要求するということはその分のコストアップ、そのコストが払えないことによる買い負けにつながる可能性があります。
(参考:医薬品品質保証こぼれ話 ~旅のエピソードに寄せて~
また医薬品は販売後の品質検査も厳しく、品質試験で問題が発覚すれば該当ロットを全てメーカーが回収して廃棄ということも頻繁に行われます。
成分の量に過不足があった、異物が混入していた、安定性に問題があったなどであれば回収も当然なのですが、過去にはロット番号の記載の0(ゼロ)とO(オー)が間違っていたために回収という事例もあります。
(参考:医薬品回収の概要 ヒルドイドフォーム
当然この回収にかかる費用は製薬会社が負担することになるため、製薬会社の経営を圧迫しますし、回収が増えれば単純に世の中に出回る薬の量が足りなくなる可能性もあります。
これらの製薬会社の過剰品質を求める体質も、日本人の安全安心をどこまでも追い求める心が生み出したものだと考えられます。
安全安心は無料じゃない、どこまでのコストでどこまでの安心を買うのかという議論は今後薬以外の分野でも必要になってくるのではないでしょうか。


以下10/17追記分

●薬価改定に潜む罠

とあるかたから追記依頼があったのでさらに追記します。
薬価改定では原則前年度の薬価を上回らないという規定があり、薬価は下がることはあっても上がることはありません。
さらに少しでも仕入れ値と販売価の差で利益を出したい病院・薬局は当然に安い価格を提示した卸売業者から薬を購入します。卸売業者間には市場による競争が働くので当然各社可能な限り安値を提示して契約を取ろうとします。
この状態で薬価改定があれば仕入れ値を基準に決められる薬価は当然に下がります。すると次の年は下がった薬価よりもさらに安く売るよう卸売業者に圧力がかかるためさらに仕入れ値も下がるという事が繰り返され、薬価は際限なく下がっていくしかありません。
さらに質の悪いことに、厚生労働省はこのような仕組みを作っておきながら「乖離率が高いから薬価が下がるのであって、販売側の過度な値引きが問題である」というような態度であり、構造上下がり続けるしかない薬価に対してほとんど手を打ってきませんでした。
このような過度の値引き競争を放置したことが後発医薬品の不正や供給停止につながっている可能性は大いにあります。つまり現行の薬価改定制度を放置している厚生労働省にも医薬品供給不安の責任の一端はあると言えるでしょう。

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