デイヴィッド・ホックニー展:3 /東京都現代美術館
(承前)
現美のホックニー展。最大の見せ場は、ラストにやってきた。
コロナ禍のロックダウン中にiPadで描かれた《ノルマンディーの12か月 2020-2021年》(作家蔵。以下すべて部分図)である。
長さ、90メートル。90センチでも9メートルでもなく、90メートル。
この長大すぎる画面が、上からみるとおおむね「J」の字状をした島を壁面として、絶え間なく展開されていた。
「J」字の鉤(かぎ)の外側から、ぐるんと反時計回りに一周していくイメージ。「どこまで続くのだろう?」と思いながら四季をめぐっていくうちに、結局途切れることはなく、元の位置に戻っていたのであった。
縦はちょうど1メートル。傾斜をつけず垂直に、目線の高さに展示されていた。壁は黒で、画面の上下に帯が入り、映画のスクリーンのように際立ってみえた。
タイトルのとおり、移住先のフランス・ノルマンディー地方の季節の移り変わりを、刻々と表している。
冬枯れの寂しさから、やがて芽吹き、青空が広がり、種々の花木が競って咲き誇る。ザーッと雨が降り、緑の繁る夏。秋には果実が実り、紅くなった葉が落ちて、雪が降り積もる——こういった、さまざまな天候を交えた四季の情景が、間に木を挟むなどして場面転換をはかりつつ、連続していく。
サイズも大きければ、色みも強い。電光掲示板のように、後ろに光源があるんじゃないかと疑ってしまうくらい、燦然と輝いてみえた。
本作から思い浮かぶのは、中国の画巻や日本の絵巻物であろう。
ホックニーが過去に中国の画巻に影響を受け、複数の視点や時間をひとつの画面に折り込む手法にいたったことは確かで、本作にもその視点が生かされてはいる。
だが、これらと決定的に異なるのは、画面が左から右へ遷移していくところだ。
「縦書き」文化の東洋と、「横書き」文化の西洋とでは、身体に染みついた視線の移動方向に大きな違いがある。本作では「左から右」、つまり「横書き」の視点が設定されている。
本作に関しては、直接的な着想源がある。《バイユーのタペストリー》(11世紀 フランス、バイユー・タペストリー美術館)である。もちろん「左から右」の仕様で、長さは70メートルもある。
ただし、ノルマンディー公の栄光と権威を示すこのタペストリーとは異なり、歴史の叙述やストーリー性が、ホックニーの作品に織り込まれているわけではない。
おそらくノルマンディーにはありふれているのであろう、豊かな自然や人里の風景が、延々と続いていくのである。
こうしてみるとやはり、山水風景を描く東洋の画巻が、内容としてはより近いものだと感じられる。
ホックニーが見て、受けとめたノルマンディーという地の素晴らしさを存分に表現するためには、東西の要素を借りたこの手法が最も適していたのだろう。
呆気にとられながら、ノルマンディーの時間旅行を擬似体験。気づいた頃には、「J」の字を計3周もしてしまっていた。
いいようのない多幸感に包まれるなか、展示室を辞した。
※「擬似体験の擬似体験」は、こちらの動画で可能。
※今年、生誕100年を迎えたサム・フランシスの作品4点が、コレクション展で公開中。こちらもたいへん素晴らしいので、お見逃しなく。