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けずる絵、ひっかく絵 /平塚市美術館

 「塗る」ではなく「けずる」「ひっかく」という絵画技法に着目した所蔵作品展。特別展「リアルのゆくえ」との二本立てとなっていた。
 モノの質感を写実的に表現しようと試みるとき、「けずる」「ひっかく」のような激しく、偶発性の余地も残る技法は採用されづらい。「リアル(写実)のゆくえ」とは好対照をなす企画といえよう。

 展示室では物故作家2名、活躍中の作家さん3名の作品を作家ごと/生年の早い順に展示。
 とくに、多数収蔵されている井上三綱(1899~1981)や、ご当地・平塚出身の重要作家・鳥海青児(1902~72)の作品が充実。画風の変遷もみることができた。

 井上三綱については失礼ながら存じ上げず、今回初めて作品を拝見。たいへん魅力的な作家と感じた。

 戦後の代表的なスタイルは、このように、縦横無尽にキャンバスを傷つけていくもの。痕跡は溝のように深く、執拗に刻みこまれている。制作時の動きようはさぞ激しかったものと予想されるけれど、「粗暴」「乱雑」といった評は、これらの絵にはふしぎと似合わない。
 闊達で、詩的。
 見つめるほどに発見がありそうな絵だった。

 三綱のマチエールには、鳥海青児に通じるところが大いにある。三綱の作を数点観ながら、「たしかに、鳥海青児とは相性がよさそうだな」と思ったのだった。
 鳥海もまた「けずる」「ひっかく」を多用した油彩画家であるが、それ以上に「塗る」、もとい「盛る」といっていいくらい、絵の具を分厚く積み重ねて画面をつくった。厚みがあったからこそ、大胆にけずったり、ひっかいたりすることが可能になったともいえる。

 《壁の修理》制作時の写真が残っている。
 そこに写っているのは、画面右下のあたりに鑿(のみ)とトンカチをあてて、コツ、コツ……と絵の表面をけずっている鳥海の姿。
 トンカチを打ちつけられたキャンバスには、穴ぼこひとつ開いていない。それだけ堅牢なのだ。

 鳥海のマチエールはざらざら、ぼろぼろとしていて、大和路で見かける崩れかけた土壁の風情がある。この質感は、新聞紙に油分を吸わせることで油絵具の光沢を抑え、さらに目の不均一な砂を混ぜこんで実現されたという。
 西洋でおこなわれてきた油彩の技法を、そっくりそのまま移植するようでは、日本の絵は描けない。そう考える鳥海の工夫であった。

 井上三綱と鳥海青児には、東洋の伝統や古代の美に強い憧憬をいだいたという共通点がある。鳥海は、古美術のコレクターとしても知られた存在だ。
 テイストこそ若干異なっていても、両者の作品はあたかも数百年を経たような経年変化を感じさせ、親和性が高い。
 憧れへの飽くなき探求心、その昇華のための格好の表現手段こそが「けずる」「ひっかく」技法であったのであろう。



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