法隆寺を彩る動物たち /法隆寺大宝蔵殿
11月2日は、5年ぶりに法隆寺へ。
この日を選んだ理由は、3つある。
ひとつは、上御堂(かみのみどう)の御開帳。文化の日前後の3日間、国宝のお堂(鎌倉時代)の扉が開き、釈迦三尊の坐像(平安時代 国宝)を拝観できるのだ。
5年前はこの御開帳や正倉院展に合わせて、千葉からやってきたのだった。
また、秋のこの時期と春には、夢殿で秘仏《救世観音》の御開帳がある。
聖徳太子の顔貌を写したと伝わるこのお像、フェノロサや梅原猛の話を引き合いに出さずとも、お顔を観るだけで、ちょっとただごとでない雰囲気をまとっているなと思ってしまう。今回もそうだった。
そして、この時期に法隆寺に来た3つめの理由として、大宝蔵殿の企画展「法隆寺を彩る動物たち」が挙げられる。
法隆寺には、大宝蔵院と大宝蔵殿がある。どちらも寺宝の展示施設で、平成10年竣工の新館である前者では《夢違観音》《百済観音》《玉虫厨子》などを常設、旧館の後者では企画展示が開催される。前者は伽藍の拝観と共通券になっており、多くの人が観ていくが、後者は別料金。静かに拝観できる。
大宝蔵殿での展示は、今回がじつに3年ぶりになるという。2本立ての小さいほう、五重塔の特集展示を先に拝見。
年輪により594年伐採と判明している心柱の、修理時に交換された根元部分。直径80センチの堂々たるものだった。
五重塔は建長4年(1252)と弘長年間(1261~64)に相次いで落雷に見舞われており、これを受けた叡尊が木札の「避雷符」をしたため、各層の四方に設置した。本展ではその現物を展示。以降、現在に至るまで落雷は起きていない。
他にも、1層の内部にある塔本塑像の一部や、綱吉の母・桂昌院による修理を示す葵紋入り金具などを観ることができた。
五重塔の次の部屋から、「法隆寺を彩る動物たち」の展示がスタート。
法隆寺の絵画・工芸から、動物の意匠をもつ例をピックアップする本展。
最初の展示室では、仏像の光背にいる鳳凰、柄香炉の柄で重しの役割を果たす獅子、螺鈿の卓に舞うチョウなどを発見。
注目は聖徳太子の伝記を彩った人物、後世にその志を受け継いだ人物が大集合する《聖皇曼荼羅》(鎌倉時代 重文)。
下部には愛馬・黒駒の姿が。画像ではわかりづらいものの、足の先だけが白い「靴下」模様の馬だ。太子は黒駒にまたがって空を飛び、富士山頂に達したとされる。
最上部には、2羽の白い鳥がいる。右・聖武天皇の隣にいるのは太子廟を守る鳥、左・弘法大師の隣はタカ。太子には、タカに変化した伝説がある。
凹字形の大宝蔵殿。逆側のウィングに移り、仏画のなかの動物をさらに見ていく。
星曼荼羅には十二支、涅槃図の下部には嘆き悲しむ動物たち、孔雀明王図の明王はクジャクに乗り、羅漢図にはトラ、春日鹿曼荼羅にはシカが登場する。《蓮池図》(鎌倉時代 重文)では、蓮の合間にシラサギやオシドリが遊ぶ。
以降は、常設されている仏像が展示の主となり、端々に動物の小品が入る形式。
平安期の《獅子頭》《行道面》《舞楽面》(いずれも重文)。《獅子頭》はリーフレットにも出ているもので、太子を供養する聖霊会では太子の輿を先導する。
夢殿伝来の《牛玉(ごおう)像》(鎌倉時代)は、牛が座った形の彩色蓋物。正月の修正会で須弥壇の裏に置かれ、式の無事を祈る。
展示室の出口付近、最後に控えていたのが、本展最大の珍品《鯨図絵》(江戸時代・享和3年〈1803〉)。クジラなどの比較的大きな海洋生物を墨のみで描き、種名と簡単な説明をメモ書きした巻子である。
メモには「長須」「世美」「真甲」「座頭」などと記入されている。それぞれ「ナガスクジラ」「セミクジラ」「マッコウクジラ」「ザトウクジラ」だ。クジラ以外にも、サメ、シャチ、イルカ、エイなどが描かれているという。
ところで、なぜこのような代物が法隆寺に伝来したのか……? その理由は、まったくわかっていないとか。
大いなる謎を残して、本展はお開き。
——おまけに、法隆寺で撮った写真を何枚か貼っておくとしたい。
美しき、斑鳩。何度でも訪ねたい。