有元ふたたび
2月9日、残念なニュースが入ってきた。数日前にリークされ波紋を呼んでいた版画の贋作騒動に、有元利夫も巻き込まれていたと判明したのである。
有元は特別な画家だ。幻想的で意味深な、つかみどころのない絵画世界、経年劣化したような質感は比類がない。若くして、唯一無二の画境に達していた。
それはなにもわたしひとりの感想ではなく、多くの人がそう思っているはずだ。だからこそ、夭折から久しい現在もなお根強い支持を得ており、定期的に開催される回顧展は決まって盛況となる。作品の絶対数は少なく、今後増えることもないので市場価値はすこぶる高い。
そうなると、贋作で儲けようという人物が出てしまうのも自然の流れか。
この騒動の第一報で報じられた画家は平山郁夫、東山魁夷、片岡球子という国民的画家といってよい顔触れだが、これに有元が加わったとしても、需要の高さからすればなんら違和感はないのである。
今回、なにがよりいっそう残念だったかといえば、発覚したのが2月だということ。
有元利夫は1985年2月24日、肝臓がんで亡くなっている。享年38歳。
生前に有元を扱っていた彌生画廊はかつて、毎年2月、命日の頃に小さな作品展を開いていた。場所は九段下の三番町小川美術館。
毎年この時期、このためだけに開館するようになっていた小川美術館は、大通りから一本入ったビルの1階にひっそりと入居していた。古墳の羨道(せんどう)のような石造りの細い廊下、間接照明、その先の石室のような展示室、非常にふかふかとしたカーペットなどさまざまと思い出されるが、最初から有元の作品を展示するために設計されたのではと思われるほど、有元の作品にマッチした展示空間であった。
毎年この時期、この展示を観に行くのを心待ちにしていたのだが、5年ほど前から開催されなくなってしまった。常設で有元の作品を観ることができる施設はどこにもないので、渇望はここ数年、否応なしに高まっていたといってよい。
有元ファンは昨年にも一度、残念な思いをしている。
夏にBunkamuraで開催予定だった没後35年の回顧展が中止となったのだ。東京では10年ぶりの大回顧展となるはずだったのに、延期ではなく中止。痛恨事であった。
10年前の大回顧展といえば、東京都庭園美術館の展示。古拙の味わい漂う有元の絵は、古い洋館との相性がとてもよい。庭園美術館のアールデコの空間と共鳴しあうさまはたいへん素晴らしかった。同じく戦前の建物を舞台に開催された有元の展示には、大山崎山荘美術館(2017年)や東京ステーションギャラリー(2002年)でのものがある。
昨年、Bunkamuraでの開催は断念した。では今度は会場を替えて、どこぞの洋館でもう一度、どうにかこうにかカムバックを果たしてくれないものだろうか……贋作に名を汚されてしまったいま、有元ファンの切なる願いである。
※贋作事件に動きが