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20世紀美術の巨匠たち ウォーホル、ロスコ、リキテンスタイン /中之島香雪美術館
神戸の御影にある香雪美術館が、大阪の中之島に分館を設立したのは2018年3月のこと。その後、御影館は2021年12月に改築のため無期限休館に入り、中之島館は展覧会活動をますますさかんにしてきた。
そんななかで、ここ1年ほどは、展覧会の傾向がガラリと変貌した感がある。茶道具や仏教美術を中心に収蔵している香雪美術館。その「変貌」を象徴するかのような本展である。
本展は、岡山・倉敷にある西洋美術の殿堂・大原美術館から20世紀美術の作品39点を借用して構成。
この種の作品を香雪美術館は所蔵していないが、「特別出品」として、館蔵の《薬師如来立像》(平安時代 重文)を加える。仏像の写真が入ったバージョンのリーフレットを初めて見たときは、見間違いかと思ったものだ。
そんな本展、最初に来館者を迎える絵はジャン・マルシャン《移住者》。意外なことに、抽象絵画ではない。
日本では馴染みが薄いが、作者はフランスのキュビスト。第一次大戦後に、他国からの移住者や亡命者の姿を多く描いたという。妻はウクライナ出身の画家ソニア・レヴィッカ。
このような補足情報から、現代を生きるわたしたちは、現代の諸問題を想起せずにはいられない。戦争、移民、難民、貧困、ウクライナ……だが、そういった連想を引き出すことこそが、本作を最初の1点に選んだねらいに他ならないのだろう。
すなわち、過去のアーティストたちが制作をとおして向き合ったテーマは古びないどころか、厳然として生きている。けっしてわたしたちから遠いものではなく、近くにあるのだ。
そして、それは本作のような具象画だけでなく、しばしば「わからない」「むずかしい」と拒否反応を示されてしまいがちな20世紀美術全般、抽象表現主義やポップ・アートなどにおいても、じつは同様なのだという。
本展ではマルシャン《移住者》を入り口とし、同じような手法で章解説や作品解説によって巧みにナビゲートしながら、それぞれの作品の語らんとするところを紐解き、全体として20世紀美術のあらましを描こうとしている。
39点といえど、作品の前で考える時間は長い。じゅうぶんに、じっくり愉しめる展覧会といえよう。
さて、仏像である。
出品作の《薬師如来立像》は、彫りの深い顔立ち、素材となった木材の存在感を強く意識させられる造形が特徴的な平安時代前期の作。
#重要文化財 薬師如来立像🪷
— 中之島香雪美術館 (@kosetsu_museum) April 13, 2023
一本のカヤの木から彫り出されています🌲かつては、台座に当初あったほぞが切断され、立像というのに不安定でグラグラでした😵💫
新しい框座(かまちざ)を作り、ほぞを差し込んでしっかりと立つように‼️苦難を経た分、凛々しく堂々とした #薬師如来 のお姿です🌟#展覧会 pic.twitter.com/BrZwESDoHQ
対置されたのは、マーク・ロスコ《無題(緑の上の緑)》(1969年)。死の前年の作である。
晩年のロスコは、無宗教の礼拝所「ロスコ・チャペル」(テキサス州ヒューストン)のために力を注いだ。しかしながら大動脈瘤に倒れ、大作に関してはドクター・ストップがかかってしまう。出品作は、この時期の作品となる。
上下に分かれる配色は、ロスコ・チャペルの作に近い。緑とも黒とも、青とも紫ともつかぬ、またそのどちらともいえる微妙な色合いであり、ムラも多い。それゆえに、揺らいでいるかのような錯視を引き起こしている。
解説によれば「仏像もロスコも『基本的な人間の感情を表現』しているという点では、同じなのではないか」とのこと。たしかに、仏像はそれ自身が尊いともいえるが、礼拝をするのは像の向こう側にいるさらに大きい「なにか」であって、物体としてのそれではない。かたやロスコは、その「なにか」を、絵筆によって直接的に描きだそうと試みている。
そしてその「なにか」とは、じつは人間の外ではなく、心の内にあるのかもしれない。
自分自身の心を見つめるための、媒介としての彫刻であり、絵画。一見かけ離れた、生まれた時代も場所も異なるふたつが、ぴたりと重なって見えた。
——最後に、冒頭で触れた香雪美術館の「変貌」について、もう少し話を広げておきたい。
香雪美術館では、茶道具や仏教美術などの館蔵品を主体として、ひとつのテーマないし作品を深く掘り下げていく方式の展示が従来は多かった。
とくに中之島開館後は、展示パネルや図録のデザインも垢抜けてとても見やすくなり、硬めのジャンルを親しみやすくお見せしようという気概が看取された。図録のクオリティも高かった。
風向きが変わったのは昨春。今年度1本めの企画が「北斎と広重 冨嶽三十六景への挑戦」(江戸東京博物館からの借用)、館蔵品の仏教美術展を挟んで「珠玉の西洋絵画:モネ・ルノワール・ピカソ」(和泉市久保惣記念美術館からの借用)、そして今回、倉敷の大原美術館からの借用による本展である。
来年度のスケジュールを見てみると、埼玉・蕨の河鍋暁斎記念美術館からの借用展、現代の写真家・土田ヒロミさんの展示、ベルナール・ビュフェ美術館からの借用展というラインナップ。館蔵品を活かす企画が見当たらず、借用主体の傾向にいよいよ拍車がかかっている(※土田さんの展示は、アサヒカメラ関係の企画なのかもしれない)。
これらは(土田さんの展示を除き)立地やスペース、展示機会といった都合で所蔵館ではじゅうぶんな活用がはかられていないコレクションとはいえそうで、ビジネス街のど真ん中でアクセスがよい中之島で展示する意義は大きいとは思われるけれど……一鑑賞者としては、香雪美術館の既存のコレクションを活かす企画も、まだまだ観たいのが本音だ。茶道具や仏教美術といった地味なジャンルよりも、江戸絵画や西洋美術のほうが、はるかに集客につながることは、百も承知の上で。
本展の最後では、茶室にイヴ・クライン《青いヴィーナス》(1962年)がしつらえられていた。わたしはイヴ・クラインもとてもすきなのだが、この場合はなんだか、コラボというよりは、最近の中之島香雪美術館を表しているようで、少しだけ胸がずきんとするのだった。
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