ラリック、至高の空間 ルネ・ラリック リミックス /東京都庭園美術館
「好きな美術館は?」などと聞かれると、ほとほとこまってしまう。
美術館にかぎらず、この手の質問には手を焼く。極度の気分屋でもあるので、最初の問いに対する回答も時と場合に応じてまちまちとなるのだが、「ここではないか」といつも候補に挙がる館のひとつに、東京都庭園美術館がある。
わたしのなかの判断基準は、展示の傾向や館蔵品の内容もさることながら、展示環境の美しさや作品との調和といった面に負うところが大きい。庭園美は旧朝香宮邸のアールデコ建築に共鳴するような展示を毎回おこなっており、ホワイトキューブの無機質な空間とは一線を画する空間全体としての美を構築できる希有な館だ(と考えるので、庭園美にホワイトキューブの新館ができたことに関しては複雑な思いがある)。
庭園美の装飾にはルネ・ラリックが関わっている。エントランスの、女神の姿をかたどった巨大な硝子戸こそラリックの作。来客を最初に迎える、この私邸の最も主要なピースのひとつをラリックが担ったのだ。
「ルネ・ラリック リミックス」は、そんな庭園美での待望のラリック展。しかも、開催期間は夏真っ盛り。ガラスは水流や氷を思わせて涼を誘うし、強い日差しをよく反射してきらきらと輝きもする。アクセサリーの類も、自然光のもとでより魅惑的に光を放つだろう。きっと、至福の時間を過ごせるに違いない――そう思って、楽しみにしてきた。待ちきれずに、少々フライング気味に箱根へ行ったり掛川へ行ったり……そうしていよいよやってきた訪問の日である。
「リミックス」の名のとおり、本展ではラリックという作家を特徴づけているさまざまな要素を各章ごとの切り口として設定し、理知的に突き詰めている。テーマはほぼ部屋ごとに変わっていくので、章解説で示されたコンセプトを常に頭に置いて鑑賞にあたることができる……かと思いきや、哀しいかな、朝香宮邸の内装とよくマッチした、もとい完全にマージしたラリックの作品はどれもがさらなる品格を帯び、互いを高め合っていて、わたしはただ魅了され見入るばかりになってしまうのであった。
こんな物騒な形容が似つかわしいかはあやしいのだが、ラリックの発想力・意匠力というものは〝底無し〟で、驚かされるばかり。それに、朝香宮邸の空間美が交わる。窓からは夏の陽光が差しこむ。至福といわずしてなんと言おう。
全館で写真撮影OKであることもこの展示の売りで、わたしも調子に乗って、ばしばし撮ってしまった。
それでもなお欲しい気持ちになってしまったのが、左右社の編集・発行による今回の図録。この左右社、図録の分野に参入した時期はそう古くないが、横浜美術館など3館の共同企画「トライアローグ」の図録に代表されるような、非常に手の込んだオシャレな本を手がける版元だ。
今回もA5判で2700円+税と決して手に取りやすい価格設定ではないのだが、コレクションとして手元に置いておきたくなるような、「モノ」としての高い価値を持った素敵な仕上がりになっている。この手の図録兼書籍をつくらせたら、いま左右社の右に出る版元はないのではないか(ダジャレ?)。というわけで、図録も購入。
エントランスの、ラリックの手になる硝子戸は、安全性を考慮し現在は開け閉めができず、その前で突き当たって右から館内へ入っていく動線となっている。
図録の冒頭では、このラリックの硝子戸を少しだけ開けた状態のカットが掲げられていて、ふだんは見られない姿を堪能させてくれる。「ようこそ、アールデコの館へ」とでもいわんばかりに。
こういった見せ方が、ほんとうに心にくい。導入の仕方として、これ以上ない上手さであろう。