木村セツ&木村いこ 祖母と孫の2人展2022 /ギャラリー山陽堂
奈良県桜井市在住の木村セツさんは、89歳のとき、長年連れ添った旦那さんを亡くした。気を落とすセツさんを見かねた娘さんは、新聞紙を使った「ちぎり絵」づくりを勧めたのだった。
以来、ちぎり絵の制作に没頭。ある日、できた作品をお孫さんがツイッターに投稿すると、瞬く間に拡散。現在、アカウントのフォロワーは6.5万、作品集が1冊、ポストカードブック1冊が出版されている。
能書きはさておき、作品を観てほしい。出版物のAmazonのページにサンプル画像がいくつか上がっているので、リンクを張りたい。
ほぼ、食べ物。なんともおいしそうである。
ツイートを投稿しているお孫さんというのが、マンガ家の木村いこさん。
作品履歴を見ると、グルメマンガもある。祖母・孫ともども、食べ物の絵を描いている恰好。血は争えないもの……そんなおばあちゃんとお孫さんの2人展に、行ってきた。
おばあちゃん・セツさんの作品は、ほぼすべてがポストカードの判型。猫を描いた1点をのぞき、食材・食品の類をモチーフとしたものだった。お孫さんの絵本原画とも違和感なくとけあい、統一感のあるギャラリー内となっていた。
近寄ってみると、まずはその細かさ、手先の器用さにため息が出た。
いっさいの妥協がない。懸命に、絵はがきサイズの画面に向かって、ちぎっては貼り、ちぎっては貼りされている光景が目に浮かぶ。すごい集中力だ。
細密な手仕事にみられがちな堅苦しさや緊張感、執念深さといったものは、ここにはない。伝わってくるのはその懸命さと、食欲をそそる「おいしそうな感じ」である。
共働きでお子さんを育てたというセツさんは、料理をつくるときと同じような心持ちで、愛情をこめて丁寧に食べ物のちぎり絵をつくっているのかもしれない。
それに、セツさん自身が、相当な食いしん坊なのではないか。
著書の絵に添えられたコメントを読むと、絵のモデルとした食べ物を、その後に召し上がることも多いよう。
「梅干しを目で見ただけで唾液が分泌される」という現象があるけれど、セツさんは視覚をとおしてみずからの内から湧き出る「おいしそうな感じ」を受け止めながら、ちぎり絵をつくっているのではとわたしは思った。
おいしそうだという隠しきれない思いがにじみ出して、写真よりもおいしそうなシズル感満載のちぎり絵が生み出されたのではなかろうか。
新聞紙のちぎり絵ゆえ、もとはどんな記事や広告の一部だったのか推測する楽しみもある。
セツさんの絵の特徴のひとつに、パッケージも込みで描く生活者的な視点が挙げられる。バナナはビニール袋入り、寿司はスーパーのプラスチックトレイのまま。
しかし、パッケージにある文字がそのまま再現されることは少なく、別の任意の文字が並べられ、意味としてはでたらめな文字列と化す。そこにはおかしみあり、記号としての文字の存在への疑問符あり。ご本人はそこまで考えていらっしゃらないとは思うが、なかなかに深い。
出品作に付された直近の日付は、今年の1月15日だった。いまも奈良のご自宅で、紙と向き合っておられるのだろう。
いつまでもお元気で、だいすきなちぎり絵づくりを続けていっていただきたいものである。