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TECHNICOLOR'S 吉野石膏コレクション展:2 /表参道ヒルズ

承前

 モネと同じ一角には、ピサロ、セザンヌ、シスレー、バジール。風景画の章(SECTION 01)だ。
 シスレーは、青空が広くとられた水辺の景色を多く描いている。
 底抜けにさわやかなシスレーの「青」は、わたしの好むもの。穏やかに明るく、理屈抜きで快を得られる感じがする。いま机のそばに掛けている絵葉書も、Bunkamuraのポーラ美術館展で求めたシスレー《ロワン河畔、朝》だ。
 本展の出品作は《モレのポプラ並木》。川沿いの並木道。空は、もちろんあの澄んだ青だ。セザンヌ《サンタンリ村から見たマルセイユ湾》との並びは、とりわけ目にも心地よいものだった。

 その後はルノワールやドガの人物画(SECTION 02)、ゴッホ、ゴーギャン、ミロ、ピカソの印象派以後早送り(SECTION 03)となり、西洋絵画の展示はひと区切り。残すところあと3つのセクションは日本の絵画作品となっていた。

 このなかで、とりわけ魅かれたのはゴーギャン《カリブの女》(こちらのサイトの下のほうに画像あり)。
 板に油彩で描かれているのだが、この板の粗いことといったらない。油彩も薄塗りで、油絵の具の上から木目がはっきり見える。ふつうは、こんな材は使わないだろう。
 いっぽうで、その木目が画面上で、ある効果をなしているのもたしか。うねるように縦に走る木目に同調するかのように、ふしぎなポーズをとる人体があり、ひまわりの花や茎、白い衣の曲線がある。
 粗い材そのものが、表面に描かれたモチーフと同様に、土着・土俗の気配を醸しだしてもいる。画材が描写を下支えしているのだ。もしかするとこの板は、最初から画材として調製されたものではなく、カリブの現地で手に入れたものかもしれない……

 わたしがゴーギャンにようやく〝気づいた〟のは、そう古い話ではなく、最近。
 三菱一号館美術館で現在も開催中の「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜展」においてだった(ほんとうに最近です)。

 充実した楽しい展覧会だったので全力でおすすめしたいところなのだが(ならばさっさと紹介記事を書きなさい)、とくにゴーギャンには、なぜか妙に魅かれるものがあった。

 濃密な土地の香り、土のにおい……という点でいえば、先日まで話を続けてきた民藝ともつながる。同じく最近取り上げた沖縄の洋画家・大嶺政寛も近さを感じさせるし、縄文に至っては「土」そのものだ。
 わたしのなかで「来るべくして来た」タイミングということなのだろう。(つづく

※「ゴーギャン」「ゴーガン」の表記については、所蔵先や版元によって揺れがある。どうも「ゴーガン」が正確性の高い読みとなるようだが、公式文書でもなんでもない本稿においては、耳馴れた「ゴーギャン」のほうを使うとしたい


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