東京で、奈良をさがして:2
(承前)
奈良から東京へ移築された古建築には、東博の十輪院宝蔵や茶室・六窓庵(興福寺の塔頭・慈眼院より移築)がある。都内近郊まで広げると、川崎の日本民家園に民家が1棟、西武グループの明治村的施設である狭山不動尊にも仏殿や門が数棟あるようだ。つぶさに確認すれば、もっと見つかるはずである。
これらのどこに足を運んでも、南都からのかすかな風を感じることはできそうなのだが、それが最も濃密な形で実現可能ではとわたしが思っているのが、品川のグランドプリンスホテル高輪(旧・高輪プリンスホテル)の庭園にある「観音堂」だ。
もはや、奈良である。とても東京の光景とは思えない。
と同時に、なんだかへんてこな建物だと気がつかれたかもしれない。
この現「観音堂」は、もと長弓寺(生駒市)にあった三重塔の初層部分なのだ。長弓寺は反りかえった軒先のカーブが美しい国宝の本堂で有名だが、その本堂と同時期の鎌倉期の建立と目されている。二層め、三層めは寺域が荒廃した近世以前の早い時期にすでに失われ、昭和に入ってからこの地に移築されたという(詳細はこちらのサイトに)。
長弓寺は、近鉄の富雄駅から富雄川沿いをバスで10分ほど行き、さらに徒歩で10分、田園風景のなかを分け入っていくと現れる。このコンパクトながら壮麗な寺院をわたしは二度ほど訪れていて、最初は人っ子ひとりいない平常時、二度めは賑々しいお正月だった。
お正月にはご本尊・十一面観音像(重文)のご開帳があり、このときばかりは国宝の本堂の中に入れる。ご本尊はどこか思いつめたような個性的な表情をしたお像で、白洲正子さんの『観音巡礼』にも撰ばれている隠れた名仏だ。富雄駅から行ける大和古寺はいくつかあるが、伽藍にいたるまでののどかな風情もあいまって、とくに印象は深い。
礎石はまだ、彼の地に残っている――そういったことを少し意識するだけで、心が鉢にでも乗せられて奈良へと飛んでいくような……そんな浮遊感をいだいてしまうのだ。(つづく)
※ホテルの表玄関から堂々と入ってもよし、さくら坂側の入り口から直接庭園にアクセスしてもよし。いずれにしても、ホテル利用者以外でも入園料金なしで入場可能となっている。
※村野藤吾設計の各施設や、旧竹田宮邸の貴賓館など、このホテル内だけでも必見の建築が多数ある。
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