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吉野と熊野 ―山岳霊場の遺宝― /東京国立博物館
今年の5月28日から7月15日まで、東京国立博物館の本館14室で開催されていた特集展示である。
それを、いまさらになって引っ張りだしてきたのは……昨晩の大河ドラマ「光る君へ」第34回の、藤原道長らによる「御嶽詣(みたけもうで)」のシーンに触発されたから。よい機会なので、ネタバレを避けつつ書いてしまおうと思う。
山岳信仰の聖地・大峯山(おおみねやま)へ登拝する御嶽詣。「花の吉野」から南へ連なる大峯山系を縦走して、山上ヶ岳の頂(標高1719m)を目指す。
「大峯奥駈道(おくがけみち)」と呼ばれるこの道は熊野へとつながっており、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成要素ともなっている。
白装束をまとった道長らが、山上ヶ岳と思われる崖を懸命によじ登るさまは、現在もさほど大きくは変わらない。
ちなみにこのシーン、どうみても大正製薬のアレで、なぜか軽快でコミカルな雰囲気だったBGMも相まって、爆笑してしまった。
筆者と同じく、テレビの前で笑いこけながら「ファイトー!」「いっぱぁーつ!」と叫んだ視聴者は多かったのでは。
崖を登りきった汗だくの平安貴族たちがリポDを開栓……じゃなくて、経筒を埋納し経塚を築く場面には、とりわけ興奮。
仏法が復活する56億7000万年後の来たるべき日に備え、写経を封入した経筒を土中に埋める——この行為はしばしばタイムカプセルに例えられるけれど、寛弘4年(1007)に道長が埋納した経筒は、江戸時代の元禄4年(1691)に偶然掘り出されてしまい、だいぶ早くに日の目を見るに至った。劇中に金ピカの再現作が登場した《金銅藤原道長経筒》(金峯神社 国宝)である。
古美術、殊に仏教美術の愛好者にとって、「経塚」は魅惑のキーワード。聞いただけで血湧き肉躍り、よだれのしたたる思いがしてしまう。経塚埋納が全国ネットで映像化というだけでもう、鼻血ものだ。
大峰山系の主峰・山上ヶ岳の頂からは、道長の埋納品以外にも、おびただしい数の経筒や小金銅仏、鏡などが出土している。その一部が東博の所蔵に帰しており、当地に立つ大峯山寺からの寄託分もある。
これらに、熊野の那智の滝の下から出土した那智山経塚の遺物を加え、一挙展覧しようというのが本展。吉野と熊野それぞれで約半分ずつ、スペースが使われていた。
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なかでも、鏡面に鏨(たがね)で線刻が施された御正体(みしょうたい)に感嘆。
うそのない、線。たどたどしくも、ひと筋ごとに願いを込めて線を刻んでいった古代の工人たちに、想いをはせた。
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那智山経塚の出土遺物で目立ったのは、曼荼羅を立体化して表すための小像や法具の数々。
下はそのごく一部で、さらに数セットが展示されていた。那智の滝の下には、かくも豊かな仏教世界が埋もれていたのだ。
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大河ドラマでも描かれた、藤原道長による経塚埋納。その願いがみごと成就したためか、以後、貴族たちはこぞって経塚埋納をおこなうようになる。
下は、銅製・陶製の経筒、経筒とともにしばしば入れられた中国・宋より舶来の青白磁合子の蓋。いずれも、道長より少し後の時代の経塚遺物である。
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——吉野・熊野は今年、世界遺産登録20周年の節目を迎えている。
東博の本特集もその一環であったが、ご当地・和歌山県立博物館では「聖地巡礼 ―熊野と高野―」展がまだまだ開催中。
なんと、今年6月から来年3月まで会期を細分化した超ロングラン、まさに「大河」な展示企画である。
こちらと組み合わせて、吉野・熊野を巡ってみるのも楽しかろう。
筆者は根っからの高所恐怖症ゆえ、大峯奥駈道でファイト一発!なんてのは遠慮しておきたいが……
※昨秋、滋賀のMIHO MUSEUMでは「金峯山の遺宝と神仏」が単館開催。道長の経筒も出品された。涙を呑んで断念したが、いまだに後悔している。
※「光る君へ」の岩場のロケ地は、千葉県鋸南町の元名採石場跡地とのこと。観光地となっている鋸山(のこぎりやま)の麓にあたる。