白い部屋(診断メーカーからの創作)
懐かしい味がした。
白い部屋の中で管につながれたソイツは、
入口にたたずむワタシをみて少し驚いたように目を瞠(みは)る。
まさか、ワタシがここに来るとは、思いもしなかった。
そんな顔をしていた。
そりゃそうだろう。
口の端がぐいと上がるのがわかる。
ソイツの顔がさらに歪んだ。
懐かしい味がした?
そう、確かにそう思った。
骨と皮だけになって、呼吸さえ自分ではできない。
朽ちるだけのソイツ。
ワタシと会う時はいつも、朽ちる寸前。
以前はそう、自ら朽ちようとしていた。
今は……朽ちることしか選べない。
「ざまぁないなあ」
「なんでワタシなんか、連絡先に書いたんだ?。
おかげで会いたくもないのに、こんなところまで呼びつけられたじゃないか」
「まさか、まだワタシがオマエを想っているだなんて夢でもみてたのか?」
ワタシに覗きこまれて、ソイツは充血した目をぎょろりと動かす。
人工呼吸器が組み込まれた喉からは、むろん声はでない。
「その口でさんざん嘯(うそぶ)いてきたくせに、いざって時に使えないとは」
ギリと、歯噛みする音がした気がする。
「期待を裏切って申し訳ないが、ワタシはオマエに何の感情もないよ。
ただ、死に損ないの顔を見に来ただけさ」
そう、死に損ない。
自分で毒を煽ったくせに、苦しみが過ぎて救急車を呼んだ、笑い者。
「何年経っていると思う?
こっちはオマエのことなどとっくに忘れていたのに、迷惑なことをしてくれたもんだ」
「宿なしのオマエを拾ってやったのに、恩を仇で返すだけじゃ飽き足らず、
ワタシのこれまでをめちゃくちゃにして、おもしろおかしく生きていたんだろう?
そのまま、笑い者になって終わればよかったものを」
濁った眼が悔しそうにワタシを見る。
ああ、懐かしい。
最初に拾った時も、コイツはそういう目でワタシをみていた。
ゴミ捨て場で残飯をあさって、のたうちまわっていたあの時も、こんな目をしていた。
大丈夫かと聞いただけなのに。
そのくせすぐにしっぽを振って、拾ってやったら我が物顔で人の寝床を占領した。
世間知らず。
甘ったれ。
才能もないのにプライドだけは高くて、何様かと思うことばかり口にする。
ワタシの空間にいる耐えがたい異物。
ワタシの時間を奪うだけの存在。
耐えかねて追い出したワタシを恨んでか、あてつけのように悪い噂を流したヤツ。
赦さない、とあの時は確かに思った。
けれど。
「オマエは口だけは達者だったけど、達者と才能はまた別だということを知らなかった。
だから、またこんなふうに落ちぶれて、ひとりぼっちになったのさ」
「さあ、こんなところまで呼びつけたんだ、さっさと見せてみな?」
「死にざまを、見て欲しかったんだろう?」
にやりと、至近距離で笑ってやる。
オマエが忘れられなかったであろう、この顔で。
「~~~~~~~!!!!!」
「できるじゃないか」
口の端から赤の混じる泡を溢れさせて悶えているソイツを後ろに、病室を出る。
すれちがいにバタバタとなだれ込む白い、人、人、人。
ポケットに手を入れると、カサリと指先で鳴いた紙屑を
開くことなく、ダストボックスに投げ入れた。
- ー -
××様
こんなところをお見せするつもりはありませんでしたが、
これが最後のようなので、お手紙します。
私はあなたが笑顔の裏で苦しんでいたことにも気づかず、
あなたが私を見なくなったことを恨み、
あなたが楽しそうにしていることを妬み、
あなたの周りにあるものを憎んでいました。
あなたからその場所を奪ってやろうと思いました。
できる限りの方法で邪魔をして、あなたが違う道を選ばざるを得なくなった時、
本当にうれしかった。
こんな私でもあなたに爪痕を残せたと。
ばかなことをしました。
子供だったと思っています。
あんなことをしなければ、今頃あなたと笑いあえていたかもしれないのに。
あなたのことが好きでした。
私は、私の劣情で、大切なものを、なく し まし た。
the End
(2022-06-14)