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【卒業生ストーリー vol.6】都市と農村の接点・都市型菜園事業を展開|倉内 敏章さん(3期生)


これまでの歩み

〈学生時代〉神経生理学を学び、昆虫を研究
2010.4 東洋ナッツ食品株式会社に入社
    商品開発、マーケティング、経営企画の各部門を担当
2020.3 六甲アイランドでスタートした都市菜園「シェラトンファーム」に参加
2021.9-2022.3 神戸農村スタートッププログラム受講
2022.5 都市型菜園事業「そらばたけ」を開始
2023.4 食農体験事業を開始
2024.5 一般社団法人たねまきLABを立ち上げ


食と農をベースに、農家と消費者をつなぐ事業を展開

 都市型菜園事業「そらばたけ」を企画・運営しています。現代社会では、生産者と消費者が分断されてしまって、耕作放棄地や農家さんの減少、フードロスなど、色んな問題が起こっています。そういった中で、生産者と消費者がお互いを知って、食や農の未来を変えていくことを目指す取組みです。「そらばたけ」では、街中のビルの屋上や学校にプランター型の小さな畑を設置し、区画貸しをすることで、利用者さんに野菜などを育ててもらいます。野菜を作ることを目的にしたいわゆる一般的な貸し農園ではなくて、その場所に人が集まり、交流するコミュニティ型の菜園です。プログラム同期生のクリス(有機農家・有機野菜レストラン「C-farm」を経営)に農家として入ってもらい、利用者のサポートも行います。
 事業としては、企業や学校などが”お客さん”という位置づけですが、契約前にしっかりと時間を取って「そらばたけ」のポリシーを説明して、それに共感してくれる人たちと一緒に作っていくような流れにしています。ポリシーは、畑の体験を通じて「人と話をする機会が増える」「自然環境に目が向く」ことです。
 また、2022年からは食育事業にも取り組んでいて、神戸市内の学校のPTAや幼稚園などと連携して、子どもたちと一緒に野菜を育てて収穫、そして調理までやるというプログラムを、パッケージにして提供しています。

この日は神戸国際大学付属高校(神戸市垂水区)の市民菜園「学が丘菜園」の活動日
プランターの木材は、造船所で長年使用された足場板を再利用している

幼少期の畑や虫との触れ合いが、食や農に興味をもつルーツに

 福岡の北九州の実家は一軒家で、3坪ほどの畑があって、子どものころから畑には親しんでいました。子どものころは身体が弱く、腎臓の病気だったので塩分を取らないような食事制限を長く続けていました。そうした生活の中で、食べたものがダイレクトに身体に影響するのを実感していたので、食や農には自然と興味を持つようになりましたね。次第に畑にいる虫にも関心が出てきて、図鑑などを読むのも好きでした。大学では神経生理学を学び、ゼミの研究では昆虫を研究しました。 
 大学卒業後は興味のあった食に関連する東洋ナッツ株式会社(本社:神戸市)に入社し、商品開発からマーケティング・広報などの様々な部門を経験し、今は経営戦略を担当しています。特に社外とつながるマーケティング部門は、適性に合っていたのか楽しかったですよ。お客さんの考えていることを知り、自分たちが応えて、その反応を見るというのは、今思えば大学時代の虫の研究にも通じるところがありますね。
 
 当時から仕事も順調で、家族や仲間とのプライベートも充実していました。ただ、「社会に貢献したい」と思うもうひとつの”別の人格”を、いつの日からか段々と持つようになりました。環境問題や食糧問題に関心はあっても、なんのアクションもできていないという後ろめたさのようなものを感じていて。一時期は、ひたすら本を読んだり色んな取組みを見たりして、もやもやを感じながらインプットの時間を過ごしていました。

都市菜園に参加して、育てた野菜を食べることの豊かさを思い出した

 そんなとき、六甲アイランドにある神戸ベイシェラトンホテルの屋上を使った菜園「シェラトンファーム」が2020年にオープンし、息子と一緒に参加したんです。いわゆる区画貸しの屋上菜園ですが、自分の作ったものを食べるという体験の豊かさに気づきました。当時幼稚園の年長だった息子も最初は乗り気じゃなかったのが、そのうち「オクラってこうやって花が咲くんだよ」と教えてくれるようになり、目に見えて変わっていったんです。
 野菜を採れるというだけじゃなくて、そこに出来たコミュニティがすごく温かい雰囲気でよかったんですよ。例えば大根が3本採れたら、そのうち2本は誰かにあげて、代わりにピーマンをもらうみたいな。それまで企業では、どれだけ投資して、売り上げを立てて、利益を得るか、という世界で過ごしてきたので、お金以外のモノでの交流がすごく心地よく感じました。
 
 菜園で過ごす息子を見て、自分も子どものときに畑に触れていたことを思い出したんです。土に触れたり、野菜を育てたりするような経験が、大人・子ども関係なくあった方がよい、と思いました。そんなときにシェラトンファームの仲間から神戸農村スタートアッププログラムのことを聞いて、「これだ」と思ってすぐに応募しました。

高校生と共同作業で菜園の整備などを行っている

プログラムで出会った最高のビジネスパートナー

 プログラム開始当初は明確な事業プランはなく、なんとなく「シェラトンファームのカジュアル版みたいな都市型菜園を作りたい」と思っていた程度でしたが、次第にブラッシュアップされていきました。例えば、サブスクリプションモデルといった仕組みや、企業を対象にしようといったターゲット設定ですね。ここには企業に勤めてきた経験が活きました。
 なにより、プログラムの一番の収穫は、クリスと引き合わせてもらえたことです。事業のチームには農家さんに入ってもらいたいと思っていたので、当時就農研修を受けていたクリスには注目していました。彼の考え方やバックグラウンド、やろうとしていることなど、「目線の違い」に惹かれたんです。でもシャイなのでプログラム中はなかなか話ができなくて、最後の事業プラン発表会の日にやっとちゃんと話せました。(笑)
 
 今、クリスは「そらばたけ」だけではなくて、他の事業でも連携する良いパートナーです。例えば、神姫バスの既存路線に野菜を載せて都市側へ運ぶ「ベジバス」や、食育事業も一緒にやっています。「ベジバス」は、農村側で活動するクリスと、街側にいる自分が組むからこそ成り立つ事業だと思います。
 でも、一緒に何かやろう、と作戦会議をして作っているわけではないんですよ。お互いが独立してそれぞれの事業をしている中で、「自分は今度こういうことをしたいんだけど、どう思う?」と投げかけて、お互いが関われるところで協力し合っています。ときには「それは関われないわ」ということもある。自律分散型のチームですね。

左がプログラム同期生のクリス(稲垣 将幸)さん

「自分が楽しいか」をベースに、「食と農」にまつわる事業を拡大していきたい
 2024年に一般社団法人たねまきLABを立ち上げました。食育事業で出会ったPTAの方とチームアップして、それぞれのやりたいことを実行していこうとする団体です。そのチームが出来た経緯にも通じますが、これまでもサービスの売り込みのような、いわゆる営業活動はしていないんです。自分のやりたいことを誰かに話せば、その人が誰かを紹介してくれたり、一緒にやるよ、と相乗りしてくれたりする。そんな風に事業を展開してきています。
 
 今までは副業として、赤字にならなければよい、といった感覚で、自分の精神的な充足を重視してやってきました。でもこれからは、食と農に関わる仕事の比率を増やしていきたいです。当然それに見合った収入も得ないといけないので、都市型菜園事業だけではなくて、体験型の事業を拡大していく予定です。これまでも取り組んできた「食×農」にプラスアルファして、「食×農×〇〇」で展開していきたい。自分がお金を稼ぐためだけならコンサル業なんかもできるけど、それでは意味がなくて、ベースは「自分が楽しいかどうか」。そこから「人も楽しく、ハッピーになれるか」が大事。その中でお金も生み出していければと思っています。

菜園の利用者とお話する倉内さん。倉内さんの周りは常に明るい雰囲気が漂う

■インタビュアーPICK UP!

 「事業をやっている中で課題はありますか?」と尋ねると、「あまりない。暑すぎて野菜ができないとか、当然そういう課題はあるけど、そこから学ぶこともあるし、じゃあ来年どうしようか、と改善するのがすごい楽しみ。」と語ってくれた倉内さん。プログラム卒業後から驚くような勢いで事業を展開されてきたが、それは、倉内さんが楽しかったり、大切だと思ったりすることを多くの人に話して、その求心力に渦のように巻き込まれていくひとが多いからなのだと感じた。課題があっても常にポジティブに未来を見ている倉内さんは、ご本人いわく「実験が好き」なのだそう。自然や野菜、ひとといった”相手”の反応を見て、アクションをする。その姿勢は、学生時代の昆虫研究から今の菜園活動にも通じるところがある。コントロールできないことも多い「自然」を扱うビジネスの中で、次に何が出来るのかを考え続けることが大切なのだと、改めて感じさせてくれた。

◆2024年9月~の神戸農村スタートアッププログラムの詳細はこちらのWEBサイトよりご覧ください。

文:臼井 綾香(コーディネーター)
写真:山田 真輝(コーディネーター)
〈取材日:2024年9月〉


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