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レトロなうどん自販機
人が集まる場所には物語があり、集う人々にはそれぞれの人生がある―。
NHK総合の長寿番組「ドキュメント72時間」は放送開始から今年で12年目を数えます。この番組が大好きで、同じジャーナリストとして、ある意味、目指す姿があります。訪れた場所での意外な出会い、そこで触れる多様な考え方や価値観こそ、新聞記事にとっても原点であると思っています。
こんにちはド・ローカルです。
番組の中でも反響が大きかったのが、古びたうどんとそばの自動販売機を訪れる人々を取材した「秋田 真冬の自販機の前で」(2015年3月放送)だそうです。吹雪の中で麺をすする親子、がんを患った洋菓子職人の男性…。取材者の驚きや気付き、感動が、見ている人にも共感や連帯感を与えるのでしょう。
兵庫でもこの昭和感漂う、レトロな自販機がないのか―と調べてみると、兵庫県北部の香美町と、神戸市東灘区の2カ所に今も現役で活躍するうどん自販機を見つけました!
レトロなうどん自販機復活/冷蔵装置故障で稼働停止→全国からの支援金基に修理/香美町
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兵庫県内でも希少な存在で知られる香美町のうどん自動販売機が今秋、冷蔵装置の故障で稼働停止に陥ったが、全国から寄せられた修理費を基にこのほど復活した。レトロな外観と40年以上休まず提供し続けた味で人気だが、メーカーは生産を停止し、寿命は老朽化との闘い。復活後は訪れる人が増えており、オーナー藤村学さんは「急な客の増加に供給が追い付かない」とうれしい悲鳴を上げている。
うどん自販機は、大手電気機器メーカー「富士電機」(東京)が1975~95年に約3千台製造。同町村岡区長板で食料品店「藤村商店」を経営する藤村さんの父親が76年、近くの国道9号沿いに「コインスナックふじ」をオープンした際に設置した。ほかにジュースやたばこ、パンなどの自販機が屋内外に12台並び、住民やドライバーらに親しまれている。
うどん自販機は、300円を入れると、関西風だしのきつねうどんが30秒も待たずに出来上がる。生産を停止したメーカーは部品供給や故障対応を行わず、現在の稼働台数は不明だが、同店へは近隣府県だけでなく北海道などからもファンが訪れていた。
今年5月以降、麺を冷やす内蔵装置が不調となり、9月中旬から稼働を停止。修理費用(65万円)の工面に悩んだ藤村さんは、おいの勇太さん(32)とクラウドファンディングで資金を募ると、2週間もたたずに約75万円が集まった。全国から「ぜひ直して」などと多くの声が寄せられたという。
装置を交換し、10月20日に販売を再開した。藤村さんは毎朝、約20杯分の麺をセットするが、復活後の売り上げは1日平均約30~40杯と増加。天候が良く、写真を撮りに訪れるファンやバイク客などが多い時は50杯に上る日もあったという。
地元の常連客の男性は「コンビニで売っているインスタントのうどんとは味が違う。何とも言えんが、心温まる。この場所が落ち着くし、自販機がなくなったら寂しい」としみじみ語る。
日中は麺の補充に忙しい藤村さんは「やめることも考えたが、うれしい。お客が来すぎて、また自販機がつぶれちゃうと困るけど」と顔をほころばせている。
神戸・深江浜の工場地帯に自販機/うどん、そば わずか25秒/稼働40年、体ぽかぽかに
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神戸市東灘区深江浜町の工場地帯で、「うどん・そば」と書かれた自動販売機が目に留まった。カップ麺やおにぎり、フライドポテトなら高速道路のパーキングエリアなどで見掛けるが、「うどん・そば」とは一体?
場所は、生活雑貨などを売る会社「石田鶏卵」の店舗前。石田周三社長(61)によると、約40年前、飲料水の自販機を置き始めた際に周辺の工場に勤める社員らの要望で置いたという。
1995年の阪神・淡路大震災前までは1日200食が売れたが、その後は減少。撤去も考えたが、同時期に「数少ないレトロな自販機」とメディアに取り上げられ話題に。今も1日30~40食は売れるという。
230円を入れてボタンを押し、25秒で完成。同社の店で買った生卵を入れていただく。大きな天ぷら、甘いだし、コシのあるうどん。体と心が温かくなる。
石田社長は「好んでくれる人がいる限り続けたい」と笑う。深江浜に寄った際は、ぜひご賞味ください。
神戸新聞朝刊1面のコラムでも、このうどん自販機を取り上げています。
立ち食いそばのうまい条件を作家の中島らもさんが書いていた。吹きっさらしの中であること。汁が熱いこと。値が安いこと。もうそれだけで十分だと(「ポケットが一杯だった頃」)◆うどんも同じだろう。兵庫県香美町にある今や希少なうどん自動販売機の話題を本紙地域版で読んだ。国道9号沿いに40年以上前からあり、300円を入れると関西風だしのきつねうどんが30秒弱でできあがる◆故障で停止し修理費65万円の工面に悩んだが、クラウドファンディングで資金を募ると「ぜひ直して」と2週間足らずで全国各地から75万円が寄せられたそう。おかげで再開した自販機うどんは〝人情〟の味付けもきかせて、さぞかしうまいに違いない◆人情といえば、作家の吉村昭さんに愛媛県のうどん屋の話をつづった文章がある。朝だけ営業していて、早くから牛乳配達員や出勤前のサラリーマンらが訪れるその店に看板やのれんはない(「味を追う旅」)◆母娘らしき2人が忙しく働く中、自ら調理場に立つ客もいる。値はとびきり安い。うどんのように太く長く、地域の人たちをつないできた―いわばそんな店なのだろう◆湯気立つどんぶりをすする。熱いだしがのどからしみて冷えた体を温める。うどんにひかれる季節である。
<ド・ローカル>
1993年入社。人にはそれぞれ生き方の流儀があります。ふだんは口にしないし、伝わることもありません。うどん自販機というスポットを通じてフォーカスすることで、多くの人々が「自分と同じようにいろいろ抱えている」「勇気をもらった」「頑張ろうと思った」など、自分の人生と〝シンクロ〟させていきます。そんな記事をこれからも書き続けたいとしみじみ思いました。たかがうどん、されどうどん。