100万円のキャットツリーはいかにして生まれたのか?
■すべては、「みるちゃんに一目惚れ」から始まった
小林:梁原さんとは少し前に知人の紹介で知り合ったのですが、リアルでお会いする前に、梁原さんが代表を務める会社RINNのホームページを見て、この人は間違いなくすごい人だ!と直感しました。写真1枚とっても、これまでのペット業界ではありえないカッコ良さなんですよ。すごいセンスの持ち主がペット業界に入ってきたな~と、ワクワクしましたね。しかも、こんなに素晴らしいプロダクトを創り出しているのに、梁原さんって美術とかモノづくり系の業界出身じゃないんですよね?
梁原正寛さん(以下、梁原):はい。新聞社の編集局でキャリアをスタートし、その後は広告代理店の営業職を経てウェブ制作会社でディレクターをやっていました。ペット業界で働いたことのないド素人なのに、脱サラして猫の健康をサポートする会社を立ち上げてしまったんです(笑)。
小林:きっかけは何だったんですか?
梁原:愛猫のみるちゃんとの出会いです。僕はもともと実家で犬を飼っていたこともあって、どちらかというと犬の方が好きだったのですが、妻の知人の紹介で生後2か月のみるちゃんと出会って、一目惚れ。すぐにみるちゃんを譲り受けて、一緒に暮らし始めました。初めての猫との暮らしは想像を超える素晴らしさだったのですが、夫婦共働きなのでどうしてもみるちゃんの食事の時間が不規則になってしまうのが悩みでした。そこで自動給餌機を探したのですが、なかなか良いものがなくて・・・。給餌機に限らず、一般的に売られている猫用のアイテムってデザインがファンシー過ぎて自宅のインテリアのテイストにそぐわなかったり、装飾が過多で使いづらいものが多いんです。僕は引き算の美学というか、日本的な美意識を感じられるシンプルなデザインが好きで、無駄をそぎ落とした暮らしをしたいと思っているので、ファンシーな猫アイテムが家にあることにフラストレーションを感じてしまって・・・。もっとユーザーフレンドリーなプロダクト、もっと暮らしにとけこむプロダクト、インテリアとしても楽しめるプロダクトがあったら良いのになという思いが、ある日ついに爆発してしまって、気づいたら妻に「もう我慢できない。俺が作る」と宣言してしまいました(笑)。それが、すべての始まりです。
■「猫が上ることで完成するアート」と評された100万円のキャットツリー
小林:自分でニーズを実感して、そのニーズを満たすものを作るのって、ものづくりの原点ですよね。それに「素人」っておっしゃいましたけど、素人って最強ですよ。バイアスのかかってない新しい感覚を持っているんですから。長い間ペット業界にいると、知識や経験は増えるけど、それにとらわれてしまって、新しい発想がなかなか生まれなくなってしまう。その点、梁原さんは、異業種に身を置くひとならではの、まっさらな発想力を持っていて、素晴らしいなと思います。特に、あの100万円のキャットツリーには驚きました!
梁原:あれは、もともと売るつもりはなくて、研究開発のような感覚で作り始めたものなんです。すると、妻が「せっかく作るんなら中途半端なものじゃなくて、ぶっ飛んだものを作ってみたら?」と言ってくれたので、天然の大理石、国産の木材、北欧製のファブリックなど上質な材料を惜しげなく使って、原価を無視して作っちゃいました(笑)。そしたら、想像以上に素晴らしいものが完成してしまったので、試しに販売してみようということになったんです。
小林:市場の反応はどうでしたか?
梁原:想像以上に反響が大きくてびっくりしました。海外からの問い合わせや注文も多く、中にはInstagramの投稿を見てダイレクトメッセージで注文してくれたサンフランシスコ在住の方も。彼女はアート関係の仕事をしている人で、僕たちの作るキャットツリーのことを「これは、猫が上って完成するアートだ」って言ってくれたのが嬉しかったですね。購入者の方とのやり取りを通じて、自分の美意識に叶う猫用プロダクトを求める飼い主さんの潜在的なニーズがあることを実感しました。
■最初にプレスリリースのタイトルを作る、逆算の発想
小林:なるほど、単なるキャットツリーとしてではなく、アートとしても評価してもらえたのですね。でも、ちゃんと猫が安全に上下運動できるように設計されていて、キャットツリー本来の機能も十分満たしている点も素晴らしいと思います。
梁原:ありがとうございます。プロダクトの企画・制作にあたって、僕が大事にしているのは「猫目線と猫と暮らす生活者の視点」です。猫と暮らす一生活者としての違和感や気づきを大切にしています。その意味で、僕のペルソナは自分なんですよね。常に自分を起点に自分と対話しながら企画をすすめます。この100万円のキャットツリーも、夏の暑い日にみるちゃんがおなかを大理石の床にくっつけてクールダウンしているのを見て、「大理石、冷たくて気持ちよさそうだな」→「でも、大理石って重いよね」→「重いってことは土台の素材として最適だよね」→「大理石を土台にするプロダクトって何かないかな」→「大理石を使ったキャットツリーもいいな」→「大理石だけでなく、とことん素材にこだわって、世界一ラグジュアリーなキャットツリーを作ったら面白いんじゃない?」、といった具合に対話しながらコンセプトを練っていきました。大理石を使った高級感のあるキャットツリーならインテリアとしても魅力的だし、上下運動もできるから「猫の健康をサポートする」というRINNの理念にも適っている、じゃあ、作ろう!みたいなかんじですね(笑)。
こうして自分と対話しながら、最終的に「猫が透けて見える100万円のキャットツリー」というコンセプトを決め、デザイナーには「透けて見える猫の『気配』をデザインしてほしい」と伝えました。このコンセプトは商品を発表するときのプレスリリースのタイトルとしても使えるように考えたもの。つまり、このタイトルがメディアの人や消費者に響かないのであれば、僕のコンセプトメイクが失敗だということなので、売れなくても責任は僕にあるということです。だから、制作チームのみんなは、「商品を売るかではなく、この商品のコンセプトをどうビジュアライズするかだけ考えてくれればいい」と伝えて、あとは基本的にお任せしてしまいます。
小林:最初に目指すべきゴールを決めて、それを実現するにはどうすればよいか考えながら作っていく。つまり、逆算の発想ですね。僕も動物たちの治療をする際に、逆算の発想をとても大切にしています。つまり、確実にやってくる「死」を起点に逆算して、治療の内容や方法を考えていくんです。そうすることで飼い主さんも少しずつペットの死を受け入れる準備ができるし、今現在、本当に必要な治療やケアが明確になるからです。
梁原:なるほど!小林先生に最初からすごく共感できたのは、同じ発想で仕事に取り組んでいるからなのですね。
小林:そうかもしれませんね!それにしてもプレスリリースのタイトルを最初に決めてから開発に入るって、すごいなあ。しかも、そのタイトルどおりのものを作り上げて、狙い通り、たくさんのメディアに取り上げられているのが素晴らしい。梁原さんは発信力もありますよね。
梁原:ありがとうございます。新聞社や広告会社で働いていたので、メディア側のリテラシーをある程度理解できているのが功を奏しているのかもしれません。もちろん、メディアに取り上げられるのも嬉しいですが、猫派の一人としては、自分の関わった商品が「#猫との暮らし」や「#キャットファースト」というハッシュタグ付きでSNSで紹介され、飼い主さんたちの暮らしぶりを垣間見られたときが、一番嬉しいですね。皆さんの猫との暮らしを豊かにするお手伝いができていることが、実感できるので…。
■今までない価値をもたらす、新たなマーケットを作りたい
小林:今回の対談の場所を提供していただいたカリモクさんともコラボレーションして、素敵なプロダクトを創り出していますね。
梁原:はい。カリモク家具の副社長である加藤洋さんが、100万円のキャットツリーを目にしてくださり、知人を介してコンタクトをとってくれたのが、きっかけです。「コンセプトは?どうやって作ったの?」って、興味を持ってくださったんですね。それで思いがけずご縁が繋がって、新ブランド「KARIMOKU CAT」が誕生しました。
小林:すごいご縁ですね~。発信することの大切さを実感します。
梁原:大切ですよね。ほかにも、うちのプロダクトを見て興味を持ってくださった企業さんと、いくつかコラボレーションを実現しました。たとえば、2021年の夏にはSoup Stock Tokyoさんの「猫のためのスープ」商品企画に協力させていただきましたし、今も複数の企業さんと商品やサービスのコラボ企画を進めています。RINNの理念は「猫の健康をサポートする」なので、健康に直結する食関係のコラボが多いですね。そのうちの1つ、猫のおやつの開発には、小林先生にもお力を借りています。
小林:良いものができそうで、私も楽しみにしています。RINNでは、今後も引き続き食関係の仕事に力を入れていくんですか?
梁原:そうですね、少なくとも2022年はそうなると思います。ただ、2023年以降はちょっと新しいことにも挑戦していきたいと思っています。まだ具体的なことは言えないのですが、ありそうでなかったような、新しいマーケットを作れたらいいなと思っているんです。たとえば、六本木には著名なペット専門店がありますが、そのすぐそばに洗練された高級インテリアショップがあるんです。ペット専門店では実用性を重視したリーズナブルな商品が、インテリアショップでは五感を揺さぶるような情緒的な価値を重視した商品が販売されています。僕の目から見ると2つの店のコンセプトは両極端ですが、どちらも多くのお客さんに支持されていて、どちらにもニーズがあるんですよね。2つのニーズの間のギャップが興味深くてペットショップとインテリアショップを行き来しているうちに、この両極端なニーズのギャップを埋める新しい商品があるんじゃないかな・・・と思うようになりました。今は、具体的にどんなことができるのか、いろいろ考えているところです。
小林:マーケターの視点ですね。梁原さんが次にどんな形で私たちを驚かせてくれるのか、ますます楽しみになってきました。
2022年もまた一緒に楽しいことをやりましょう!引き続きよろしくお願いします。