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Soup Stock Tokyoの子連れ層向けの取り組みは何故、大きな反響を呼んだのか?

1999年に“食べるスープの専門店”として創業以来、
2023年現在で全国に60店舗を展開する「Soup Stock Tokyo」。

そんな「Soup Stock Tokyo」の新たな取り組みに関するTweetが、
賛否を含む大きな反響を呼んでいます。

全店で離乳食・キッズセットの提供を開始するという投稿に対して、
多くは好意的なリアクションや応援コメントを寄せる一方で、
「私子供好きじゃないから、もうスープストック行きません。」
「物乞い貧乏で常識ない親しか来ない」
などの刺激的な批判コメントも散見されます。

生きづらそうな人が多いな、、、と片づけることは簡単ですが、
BtoCでマーケティングするうえで、多様な正と負の感情に向き合うことも重要。

ということで、今回は「Soup Stock Tokyo」の取り組みに対する、
大きな反響について考察していきたいと思います。

そもそも「Soup Stock Tokyo」ってどんなブランド?

たびたびマーケティングの成功事例として語られているため、
改めて取り上げるまでもありませんが、一応ブランドの背景から見ていきましょう。

1.「Soup Stock Tokyo」とは?

運営企業である株式会社スープストックトーキョーは、
「Soup Stock Tokyo」を中心に年商91 億 9,000万円(2022年3月期)。

「Soup Stock Tokyo」のほか、
「100本のスプーン」など6業態を運営していますが、
ブランドアイデンティティが明確に表現されていることが特徴。

特に「Soup Stock Tokyo」のマーケティングに関する話は有名。

「Soup Stock Tokyo」は“世の中の体温を上げる”という理念を、
0から100歳全ての人にスープを提供する“soup for all!!”という考えのもと、
世の中にある“どうしてこうなっちゃうの?”の解決を手段として実現するブランドです。

いわば、“目の前にある“負”をスープの提供を通じて解消すること
を目指しているブランドと解釈できるかと思います。

そしてブランドの起源であり目の前の“負”の解消の対象だったのが、
昨年までHP内に記載をされていた以下のような内容。

一人の女性の「ふーふー」から始まりました
Soup Stock Tokyoが創業したのは1999年。当時女性がひとりで気軽に入れるファストフードはどこにもありませんでした。安心、安全でおいしい食事がゆっくりと食べられて、働く女性が自分の「居場所」として共感できる場所が必要でした。カウンターでひとり、スープをすすっている女性が思い浮かんだことをきっかけにSoup Stock Tokyoはスタートしました。今では全国に60以上の店舗を持つようになったSoup Stock Tokyoですが、どれだけ広がっても「おいしいスープを食べてもらいたい」という思いを常に忘れず、それがすべてにおいての判断基準になっています。

「Soup Stock Tokyo ブランドサイト」より全文抜粋

要は、“働く女性が一人で気軽に入れるファストフード店がない”という“負”を、“安心、安全でおいしい食事がゆっくりと食べられて居場所として共感できる場所”を提供することで解消するというメッセージです。

スープ自体の味や機能に関するベネフィットに言及せずに、
そのブランドを利用する理由について共感性を持たせて語れていることが、
外食産業のなかでは非常に秀逸なメッセージです。

で、こういった“負”の解消を実現するために、
顧客とコミュニケーションをとるブランドを擬人化し、
パーソナリティとして定義されたのが“秋野つゆ”という架空の存在。

■”秋野つゆ”のパーソナリティ
・37歳女性
・都内在住で、駅チカまたは高級住宅街が行動範囲
・独身または共働きで経済的に余裕がある
・都心で働くバリバリのキャリアウーマン
・人のことはあまり気にしない
・社交性があるが、自分の時間を大切にする
・個性的でこだわりがある
・シンプルでセンスの良いものを追求する
・装飾的なものより機能的なものを好む
・フォアグラよりレバ焼きが好き etc

スタート時のターゲットイメージと相まって、
よく顧客のペルソナの事例として語られる“秋野つゆ”ですが、
あくまでもブランドそのものにパーソナリティを与える擬人化であり、
スープを提供する対象の顧客像が“秋野つゆ”ではないということが重要。

そんな“秋野つゆ”がスープを提供するなら、
という価値観がそのままブランドのアイデンティティとして浸透しています。

ともあれ、働く女性を中心とした束の間の居場所を求める人々に、
スープを通じたベネフィットを提供することからスタートした「Soup Stock Tokyo」が、
今回全店で離乳食・キッズセットの提供を開始したということが話題になっています。

何故今回、「Soup Stock Tokyo」がこのような取り組みを行ったのでしょうか?

2.「Soup Stock Tokyo」が離乳食・キッズセット提供の全店導入を行なった背景

背景には様々な要因が考えられますが、

1つ目は、近年女性が一人で食事をするというシーンや意識が一般化し、
それに伴ってサービスを受容する選択肢も多様化していることから、
既存の顧客属性だけではさらなる成長が見込みづらいこと。

2つ目に、コロナ渦においてオフィス街や都心の商業施設のワーカー需要が一時消失し、安定成長に向けたポートフォリオ経営として、オンラインショップなどの強化とともに、住宅エリアのファミリー需要を強化する必要があったこと。

そして3つ目に、“働く女性が一人で気軽に入れるファストフード店がない”
という“負”を抱えていた既存顧客が結婚や出産によってライフステージが変わり、“気兼ねなく子どもと一緒に食事できる場所”“子供に安心して食べさせられる食べ物”などの新しく解消すべき“負”が出てきたこと。

働いていたときにオフィスで利用していた「Soup Stock Tokyo」を、
出産後、自宅近くにある店舗で今度は子供と利用する、
という循環型業態を目指した展開ということになるかと思います。

1つ目、2つ目のような経営環境面が背景にあったかもしれませんが、
本質的には3つ目の、当初より目指していた“soup for all!!”実現のプロセスとして、既存顧客から派生する新しい“負”の解消ということが本質的な背景となるかと思います。

これまでも「Soup Stock Tokyo」では、
「猫のためのスープ」や「咀嚼配慮食サービス」など、
既存顧客のライフステージの変化から派生するプロダクトやサービスを展開してきました。

HPでも、上記に掲載したブランド起源のメッセージとともに、
以下のようなメッセージが掲載されていました。

ひとりで食べるスープから、広がっています
創業当初から、私たちは現代の慌ただしい生活を送る人たちに「ファストフード」という形でスープを届けてきました。年月を経て生活のスタイルもより多様になり、スープが寄り添える場面もいっそう増えてきました。ご家庭で召し上がっていただく冷凍スープや、名古屋・星が丘にある、「お母さんのスープストックトーキョー」をコンセプトに、誰かと囲むスープを日本の出汁文化や「和」を表現した「おだし東京」や、JALの機内食まで。いつでも、誰にでもスープを食べてほしいと私たちは考えています。0歳から100歳まで、母乳から嚥下食まで、実は私たちの一番身近にある食べ物として、スープのある一日をこれからも広げていきます。

「Soup Stock tokyo ブランドサイト」より全文抜粋

昨年HPからキラーメッセージのブランドの起源が削除され、
全ての人にスープを提供するというメッセージが中心に変更されたことも、
マーケティング戦略が取り上げられるインタビューなどで、
“秋野つゆ”があくまでも顧客像ではなくブランドの擬人化である
ということを強調し浸透させてきた広報活動を行ってきたことも、
あるいは創業当初からの目標に向けてそうした顧客属性を拡張していくための布石だったのかもしれません。

そういった意味では、「Soup Stock Tokyo」の取り組みは一貫して、
“soup for all!!”の実現に向けた目の前にある“負”の解消にあるといえ、
固定的なファンが「Soup Stock Tokyo」を支持し続ける要因
だと考えられます。

3.何故、今回の取り組みが大きな反響を呼んだのか?

記事の目的は「Soup Stock Tokyo」の取り組みをレビューすることではなく、今回のプロモーション企画が何故大きな反響を呼んだ背景について考察することなので、前置きが長くなりましたが、そのあたりについて触れていきましょう。

前述の通り、あくまでも多くの固定的なファン層にとっては、
今回の取り組みも好意的にとらえられているということが前提ですが、
それでも多くの否定的な感情は、BtoCマーケティングにおいても着目すべきポイントです。

1つは、自身のコミュニティが侵害されることへの抵抗感です。

多くの古参ファンを抱えるコミュニティが新しい取り組みを行う際、
過去にもよく見られたリアクションですね。

強力のファンを抱えるコミュニティほど、
新しい客層をコミュニティ内に呼び込むことに対して、
一部のファンが排他的かつ拒絶的なリアクションを見せることが多いです。

このリアクションの背景には、

①機能的な価値が失われるリスク
・普段来ない(あるいは一時的な)顧客の流入で常連顧客が通いづらくなるなど

②情緒的な価値が失われるリスク
・新しい客層の流入でこれまでのコミュニティの雰囲気などが変わるなど

③機能的価値、情緒的価値どちらにもあたるリスク
・新たな客層への優遇策やサービスで既存顧客へのサービスが手薄くなるなど

という3つのリスクによる拒絶感があります。

吉野家コピペのスープストック版や、
新たに流入してくる客層への懸念などの投稿を見るに、
今回でいえば無料提供のサービスであることが、
より一層これらの層の感情を刺激した可能性がありますね。

もう1つに、シンプルに子供や子連れ層への嫌悪があります。

全くの専門外なのであくまでも私見になりますが、
これにもいくつかの見方があると思っています。

①コミュニティの希薄化による子供嫌い層の増加
⇒都市部を中心に地域のコミュニティ意識は希薄化しているなかで、
以前であれば子供は地域で育てるもの的な認識から子供と接する機会が多かったが、現在では子供と接する機会が減っているため子供嫌い層は増加している。

②子供や子連れ層に対する負の感情が表現しやすくなった
⇒以前であれば子供や子連れ層に対して寛容であるべきという世間的な共通認識があり、そういった層への批判などをリアルでは声高に主張しづらい空気感があったが、
SNS時代で多様な感情を自由に表出させる権利を得たこと、
同じような感情を持つ人への共感によるマイノリティではないという安心感から、
そういった負の感情の主張が高まりやすくなった。

③無条件に優遇されていると感じる層への嫌悪や不満
⇒子供による騒音や子連れ層によるマナー違反など、
自身が目の当たりにした実体験などをベースに、
むしろそういった状況が改善されず無条件に許容されるという空気感に対する不満。

ただ単に他者の幸福に対する破壊的な衝動や、
自己が実現できなかったことへの妬みなどの感情は別ですが、
上記3つに上がったような感情による批判については、
今後その環境を選択しないという自身の行動によって回避することができることです。

上記のような感情を持つ一定のファン層の客離れする可能性はありますが、
子連れ層が流入しづらい店舗を選択する層も一定は存在するだろうし、
場合によっては自宅利用や子連れ層が流入しづらい立地やコンセプトの店舗の展開が受け皿になる可能性もあります。

したがって、今回のプロモーション企画に関していえば、
ある種トレードオフになることを前提として、
既存顧客層の完全な離脱と新たな客層を含む顧客の支持とを天秤にかけ、
ブランドとしてのリスクは許容範囲内に収まっているのではないかと思います。

そもそも今回の批判的なリアクションの多くは、
ユーザーとしての感情よりもプロモーションイメージに対するものが多く、
実際に「Soup Stock Tokyo」を日常的に使用していたファン層からの批判ばかりだったかというと若干疑問でもあります。

いずれにしても、肯定的な意見、否定的な意見問わず、
同調圧力や世間の空気感によって強要されるべきものではない、
ということが現代において最も守られるべき原則の一つです。

したがって、あらゆるリアクションが起こることを想定したうえで、
自社の目的を達成できるかどうかの経営判断を行わなければなりません。

ただ、「Soup Stock Tokyo」にとっては、
批判的なリアクションを起点として大きな反響となり、
今回のプロモーション企画の認知はもちろんのこと、
結果ブランドアイデンティティを周知浸透させる機会となった点を見ても、
想定外だったのかどうかはさておき、狙いは達成できたのではないかと思います。

4.さいごに

今回の「Soup Stock Tokyo」によるプロモーション企画は、
基本的に多くのファン層に対しても好意的な反響を得ているかと思います。

しかしそれは、「Soup Stock Tokyo」が、
創業以来の取り組みに対する共感や信頼の蓄積があったということ、
既存顧客に対して一貫性のあるメッセージを含んでいたということ、
これらがあって初めて、大きな反響が好意的に受け入れられているというべきです。

BtoCマーケティングで多くの人の関心を集め行動に移してもらうためには、
限られた対象の感情をいい意味で激しく揺さぶる取り組みが必要になります。

一方で、特にSNSを中心に多様な価値観や感情が許容され主張される時代において、片側の感情をいい意味で激しく揺さぶることは、
他方の感情を悪い意味で揺さぶってしまう可能性があることがあります。

この点、それらの配慮することは難しく、また配慮する必要も無いなかで、
(違法、不適切でない限り)
むしろ大切にするべき顧客層に対しては受け入れられるように、
ブランドとして一貫性のあるメッセージを伝え続けることが重要だということですね。

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