制作記:aiver / Pause Catti「Growl」
はじめに
aiver島田です。
2021年末、aiverとPause Cattiの共作『Growl』をトラックメイカーレーベルのXXX//PEKE//XXXからリリースしました。
今回のコラボレーションでは、Dropboxを活用した制作フローを構築したのですが、クラウドストレージを利用する手法をとる制作記はあまり見かけないですし、他にも色々と知見を得られたので、備忘録も兼ねて制作記をここに残しておきたいと思います。
Writing: aiver & Pause Catti
Mixing: Pause Catti
Mastering: Kazuki Muraoka
Artwork: leno(術ノ穴)
Label: XXX//PEKE//XXX
リリースの経緯
XXX//PEKE//XXXは、術ノ穴などのレーベルを運営するササクレクト社傘下のレーベルです。Twitterにてデモを募集していたのを見かけて2021年9月頃にaiverがストックしていたデモをお送りし、その中から『growl』をリリースさせていただく運びとなりました。
Pause Cattiに声をかけたのはこのリリースがあったから、というより、apn周りでの動きにあわせて、という形でした。この頃aiverは内部で映像/グラフィック領域を中心に活動していた制作チームのapnを、より包括的な領域を取扱うコレクティブとして分派させようと動いていました(※)。この時期にapnはポッドキャスト番組を立ち上げようとしていたのですが、Pause Cattiはその発起人の1人としてapnに合流し、aiverの面々とも交友を深めていました。
※aiverからapnが分派した経緯や、aiverとapnの関係性、apnの活動理念などについてはaiver/apnリーダーの吉田がまとめた別稿があるので、そちらも併せてお読みいただくとより理解が深まると思います。
このような経緯とは別に、aiver内で『Growl』を他者とアイディアを広げあうための素材として活用してみたいという考えもあり、これら2つの背景が重なってPause Cattiとコラボレーションするに至りました。
時系列的に整理しますと、まず、apnの再編成・始動についてPause Cattiも含めて議論しはじめたのが2021年7月頃です。翌8月にPause Cattiも出演するポッドキャストのエピソードを収録。10月中頃に今回のリリースの話が浮上し協働をPause Cattiへ持ちかけ、10/27~11/7に本稿で言及する協働作曲(コライト?)を行い、11月中頃に『Growl』を納品。そして12月中頃にリリースという流れです。
協働への期待
先述したように、他者と協働する上での素材として『Growl』を活用しようと考えていました。なぜ『Growl』は素材であり、なぜ、僕たちは協働を求めたのか。この部分をもう少し掘り下げてみたいと思います。
『Growl』は元来、僕がソロ名義でリリースすることを想定して作っていたのですが、技量及ばず散漫な仕上がりのまま止まっていました。また僕の趣味が手癖の形で前景化しており、aiver的な(脱構築のための)構築的美学と叙情性にミスマッチしている印象も強かったです。前者は単にスキルを磨けば乗り越えれる問題ですが、後者に対して、手癖として現れる趣味性を地道に剥いでいくことで対処しようとするのは、何となく芸がないように感じていました。
そこで参照したのが以下に引用したような、aiverが初期から試行していた制作プロセスの在り方です。
剥ぎ取るべき手癖として現れる趣味性とは、まさにここで言われている「楽曲に存在する(僕の)所在」に他なりません。そして、この趣味性は、サンプリング、つまり何らかの文脈に半固定された作品を、素材として扱うことによって剥ぎ取られます。この趣味性を剥ぎ取るための集団的サンプリングのプロセスは、aiverにおいて、極度に推進され、肉体化されてきました。
肉体化、というとイメージし辛いかもしれないので補足すると、「繰り返し動作できるしなやかなフレームになる」ということを指して肉体化と言っています。aiver内の会話では(微妙にニュアンスは異なりますが)「共通言語を作る」だとか「フレームワーク化する」と置き換えることもしばしばあります。
話を戻すと、aiverにはすでに肉体化された集団的サンプリングのプロセスがあります。このプロセスで回せば、aiverらしいものが自然とできあがるはずです。ただ、前と同じことをやっていても芸がないので、せっかくなら別のことも試してみたいと思い、今回は、フレームワークを別の次元へ展開すること、aiverという肉体の外部へとプロセスを開くことを試すため、『Growl』を素材として扱い、かつ、aiverメンバー以外と集団的サンプリングのプロセスを回す方法を模索しました。
これらの考えとは別に、時間的制約やスキル不足という退っ引きならない課題もあり、Pause Cattiという信頼できる友人を迎え入れて、これらの課題をなんとか乗り切ろうという思惑もありました。
具体的な制作プロセス:DropboxとDiscord
今回の共同制作ではDropboxとDiscordを活用した制作フローを構築しました。どちらもツールとしては平凡ですが「『Growl』を素材として扱い、かつ、aiverメンバー以外と集団的サンプリングのプロセスを回す」上では色々と都合がよかったです。Dropboxを活用した制作手法はPause Cattiから教えてもらいました。
一般的にDAWで作曲する人同士が遠隔で共同制作をする際は、
全トラックをバウンス(いわゆるパラ出し)
バウンスデータをクラウドストレージ(Dropbox、Google Drive)や、ファイル共有サイト(ギガファイル便)にアップロードして共有する
1~2を作業者が交代するごとに繰り返す
というような方法が採られます。この方法は不可逆なプロセスです。1.のパラ出し以降、エフェクトの掛かり具合やプラグインシンセのパラメーターの変更は基本的に不可能です。
このような融通の効かなさを避けるため、トラックやパートを綺麗に整理・分担して制作を行うコライト的な手法も広く使われているイメージがあります。いや、単に不便を避けるためにそうしているというのはフェアじゃないかもしれません。うまく作業を分担することでマジカルな効果を狙うこともできるはずです。ただ、それでもできることに相当の制限を課して成立する方法なので色々と原理的限界があるはずです。
そこで我々はパラデータをクラウドストレージで共有するのではなく、プロジェクトファイル全体をDropboxで共有することで、遠隔での共同制作につきものであった制約を緩和することができました。
この方法のメリットは、各々がパートやトラックに縛られず、アレンジしたい部分をアレンジしたいときにアレンジできることです。このことは単にストレスを軽減させるだけでなく、楽曲の仕上がりにも大きな影響を与えます。
仮にパート単位で作業を分担した場合、Aが作業したパートと、Bが作業したパートとの間には、AとBの作家性や個性に起因するズレが生じます。そのズレはコラージュ的な印象を与えることに一役買うかもしれませんが、表現の目的においてそのような印象が望ましくない場合もあるでしょう。
また、パートを横断する表現、たとえば「Aが担当するラスサビからBの担当するアウトロにかけて徐々にクレッシェンドしていくストリングス」というような表現はやりにくくなります。
パートやトラックといった個別的な分担から解放された制作フローにおいては、共同者それぞれの表現力が、個別(パート・トラック)から全体(アレンジメント)に至るまで作用します。ズレの生じる機会がまったくなくなるわけではありませんが、作家性や個性がより複雑に混じり合うことになるのでズレは曖昧化していきます。パートやトラックを横断する表現のやりやすさや自由度も向上します。
なお、近年のコラボレーションツールは大体コミュニケーション機能を備えていますが、DAWにはそのような気の利いた機能はないので、制作に関するコミュニケーションはDiscord(aiverとapnで使っているサーバー)で行いました。
Discordはフロー型のチャットツールなので議論がストックされていかず、日常利用だと使いにくく感じることもあるのですが、今回の共同制作では、短期集中で完成までもっていくことが優先されていたので、むしろ軽快なフローでコミュニケーションをとれるDiscordの方がSlackのようなストック型のチャットツールよりマッチしている印象でした。フローでコミュニケーションをとっていることを意識していれば、自然とピン留めのようなストック的機能の効果的な使いどころを意識するようになるので、無駄なストックを最小限に留められるという点でもよかったです。
それでは以下にDropboxとDiscordを利用した共同制作の簡単な手順を示します。
※aiverとPause CattiのメインDAWはAbleton Live 11 suiteです。他のDAWをお使いの人は適宜読み替えてください。
Abletonが配布している公式Pack(付属ライブラリ)はすべてDLしてインストールしておく
「すべてを集めて保存」をするときに公式packのファイルもプロジェクトフォルダに集約されてしまうとデータサイズが肥大化するため
お互いに共通利用したいサードパーティプラグインを洗い出す
Dropboxに適当な共有フォルダを作成してプロジェクトを保存する
作業開始時
Discordで作業開始を報告
Abletonを起動していつも通りアレンジ(以下注意点)
共通利用できないプラグインを使ったらそのトラックはフリーズする
Windowsとmacの互換性維持のため基本的にプラグインはVST3、なければVSTで挿す(mac同士なら関係ない)
Abletonには変更履歴を表示する機能がないため、変更点を相手に知らせたい際のサイン(トラック色の変更など)を予め決めておく
作業終了時
「名前をつけて保存」で song_02.als のようにバージョンを分ける
仮案としてバージョンを分けたい場合は song_02_branch_01 のような形で枝分かれさせる(Gitにおける版管理のイメージに近い)
「すべてを集めて保存」機能で保存(外部フォルダのファイルをDropboxに集約する)
Discordで終了時間を報告
デモの解体と再構築を行う
Growlのデモは、作風が異なる4,5の部分で構成されていました。Pause Cattiはこの音楽が持つ時間的展開(BPMや拍子、小節の構成)を抽出し、いわば「肉が削ぎ落とされた骨格」に戻しました。同時に、僕は自分が最低限残したい音以外をすべて削除してもらいました。これらの作業を通じてデモは解体・再構築されました。骨格に所々特徴的な筋肉が付いているジャコメッティの極限まで線な人体彫刻のようなイメージです。
以下のスクリーンショットでこのプロセスを見ることができます。DAWを使ったことがない人向けに説明すると、これは音楽のタイムラインを表す画面で、横軸が時間を示しています。色がついた横長の棒は音が入っています(ドラムやキーボードなど)。両方を比べてみると、いくつかの棒が削除されていることが確認できます。
骨格を調整する
先にGrowlのデモが作風の異なる4,5の部分によって構成されていたと述べましたが、これは「再帰的近代」をモチーフとした構成でした。すなわち、再帰性の増大にあわせて、空間的・意味的境界が崩れ、現在にあっては加速主義やジンゴイズムのような奇妙な歴史意識を生み出すに至る歴史。それぞれの時代にはそれぞれの再帰性のあり方に基づく社会の形があり、Growlのデモは、社会の形が再帰性の増大によって変容していく様をなんとか音として表現しようとした結果でした。
Pause Cattiはこのイメージを音楽史の歩みに転換させようと考えました。1曲のなかで徐々に1990年代的な音楽から2020年代的な音楽へ移行していくようなイメージです。それぞれのパートが、ある特定の年代の音楽に対応していて、1990年代的音楽、2000年代的音楽、2010年代的音楽……というようなイメージが喚起される音楽表現というとわかりやすいでしょうか。
ここで再帰的近代というモチーフは「あるパートがある時代に対応する」という程度の意味しかもっていませんが、それとは別に音楽史的なモチーフが制作に持ち込まれています。共同制作においては、必ずしもどちらかのモチーフしか選べないわけではありません。共同者がそれぞれのモチーフを元に同じ曲の上で制作を行い、各々が同じ曲に別々の意味を見出すことも可能です。
ただ最初のデモは、共同者が同じ音に別々の意味を見出そうとするには具体的過ぎる印象もありました。だからこそ前述したように「肉が削ぎ落とされた骨格」にまで解体・再構築する必要があったのです。そうすればイメージの余地が膨らみます。そして、余地が大きすぎると感じる部分があるなら骨格をより強固にすればいいし、その逆であれば今度は骨格をもっと極端に壊せばいいのです。そうした作業を重ねるうちに、2人のモチーフに適う骨格が定まってきます。
以降のアレンジ
骨格を再構成した時点ですでにv05くらいになっていたのですが、最終的にはv25くらいまで、Branchした分を含めると計30以上の版を重ねているため、詳細な編集過程を記述するのは難しいのですが、記録が残っていたり思い出せる範囲で振り返ってみたいと思います。以下ではPause Cattiにも執筆に参加してもらい、どのような場面でどのような工夫を行ったか、あるいはどのような気づきがあったか、ブレスト的に洗い出していきます。
島田記
とにかく音や意図が捨てられる
骨格を作る時点で、すでにデモの意図や細かい音は捨てられていましたが、肉付けの段階ではより多くの意図と音が捨てられていきます。このことをオープンに捉えるマインドセットが今回の共同制作では求められました。
なんだかんだ担当が分かれる瞬間はあった
パートごとに担当を分ける必要がないのがこの制作手法の利点ですが、制作の過程で担当箇所を明確化したほうがいいような場面が発生しました。
自分で作ったデモであるがゆえに変にこだわりがあるパートなどがあり、そういった箇所はあえてPause Cattiに任すことで凝り固まったアイディアから離れることができました。
Pause Cattiのなかでのグループ化のルールがわからなかった
Pause Cattiは音のメカニズム(因果関係)を重視するところがあり、楽器単位でグループ化を行っていました。例えばMS-20で作ったトラック群はMS-20グループとしてまとめられ、Octatrackで作ったトラック群はたとえMS-20と似た音であってもOctatrackグループとしてまとめられていました。
僕の場合は、音を機能的に捉える意識の方が強く働いているため、そのサンプルが何から採取された音かはあまり気にしません。そのためグループの名前もIntroとかNoise Sequenceのようなあるパートの機能で分けることが多いです。
Pause Catti=共時性の作家、aiver=通時性の作家、という対立軸を発見した
X軸にテンション感、Yに時間をとるグラフを書きながら楽曲のテンション感の推移について議論していたところ、Pause CattiがZ軸も必要ではないか、という提案がありました。
Yの時間軸に対して垂直に伸びるZ軸があるというとき、その根底には時間の断面におけるテンションの在り方を捉えようとする共時的発想があります。
どちらも共時的な発想と通時的な発想をもっていますが、aiverではよりナラティブな表現に着目する傾向があります。
著作権的にアウトなアニメのボイスサンプルとの向き合い方
あるパートに著作権的にアウトなボイスサンプルを配置していたのですが、そのサンプルなしではパッとしない印象になってしまうので、サンプルを代替する別の音を入れ込む必要がありました。
特徴的なトランジェントをもったサンプルだったので、以下のような手法で、このトランジェントの成分だけを抽出しました。
AbletonのAudio to MIDI機能でサンプルをMIDIデータ化し、ピアノ音源をアサイン
ピアノトラックにMeldaProduction MRatioをインサートし、サイドチェインにサンプルトラックを入力。サンプルのトランジェントにピアノ音源のボリュームが反応するように設定
Pause Catti記
作った音を島田により改変された
空いている周波数を見つけ出し、それに見合う音を入れた。しかし、それは多くの場合iZotope RX等で改変され、意図と音の因果関係が消滅した。
因果関係の消滅と同時に、自分が慣れ親しんだ音が、他者によって改変されているイメージを持った
特に島田によりはっきりとした音が、はっきりしない音に加工された
協働であることを自明にしなくてはという心理的なバイアスがはたらいた
曲全体が混濁した音響であったため「もっと音が際立った音響にしなくては」という意識がはたらいた。その意図に基づいて最終パートは1人で大まかに作り、それに島田がアレンジで入った。
意識的に自分が多用する音を入れた。(octatrackでプロセッシングした音・複数の空間を持ったcollage)
相手への呼応
「〜ぽさ」を誇張したパートを察知し、それに呼応した。Flying Lotus的・James blake的なパートはそれをより誇張するアレンジを施した。
島田が絶対に残したいと考えている箇所があり、それに合わせて制作を行った。自分だったら採用しないリズムに、どのようにして合わせていくかを考える作業が生まれた。
ミキシングを意識した制作
全体を通してとりとめのない印象があり、耳を引く部分が全体を通してあったほうが良いのではと思い続けていた。一貫して使用されている音色が存在しないことに起因する。
乗れない箇所が多すぎる
aiverの楽曲は一貫したリズムパターンが存在しない事が多いが、今作ではこれを回避しようと思っていた。
他者に決められたBPMでリズムパターンを思考することは、工夫が必要であった。
このように様々な工夫や気付きが生まれたのは、両者の嗜好が拮抗しているためであり、例えば、島田は際立って目立つ音を嫌いPauseは好む、島田は変則的なリズムを好みPauseは嫌う、のようなことが重要であったと思います。お互いにそれぞれが好ましいと思う状態へ編集・アレンジしながらも、ある部分では譲り合ったり、別の方途を模索したりすることで、新たな工夫が生まれ、新たな気付きが生まれていきました。
削り落とすミックス(by Pause Catti)
ミックスで行ったのは以下の項目です。
どの要素を前面に持ってくるかを検討する
1の工程で不必要だと思われた音を削除する
膨大なトラックから音を削り出す
いわゆるミックス作業
一般的なミックスでは1,4工程を行うことが主流でしょう。さらに言えば、1工程は作曲やアレンジの段階で済んでいることが多いため、4工程のみの場合もあるでしょう。
ではなぜ1,2,3工程が必要になったのでしょうか。それは、前項にて述べたようなプロセスで「主役」と「脇役」の関係が曖昧化していたからです。ここは島田に相談せずPause Cattiの独断で決定しました。というのも、聴覚的、表象的なイメージは両者の間である程度共有できていたからです。その判断軸から外れなければ、まあ許してもらえるんじゃね?という思いでした。そしてリリースされた現在でもまだバレてはいないようです。ひそひそ。
おわりに
人と音楽を作る方法は様々です。スタジオに集まってフレーズを出し合うもよし、デモテープを送りあうもよし。そのなかの一つの方法として、クラウドストレージでプロジェクトファイルを共有するような方法が選ばれるようになればいいなと思います。
トラック数に制限をつけるなどのルールを設けたりすれば、今回とは違った仕上がりになると思うので、今後も試行錯誤してこのプロセスの可能性を拡げていければと思います。
また、aiverとPause Cattiは今後も共同制作するつもりなので気にかけていただければ幸いです。
※Pause Cattiはミックスやマスタリングの依頼も受け付けているので、随時DMやメール等にご連絡ください。