ショートストーリー 炊き込みご飯

具だくさんで、栄養満点。
ご飯の芯まで味が染みて、味わい深い。
どんな具材もたいていのものは、受け入れてくれる懐の広さ。
どの年代の層も好む味付け。
これほど万能なのに、メイン料理になれない。

炊き込みご飯をリクエストされたら、もれなく私の顔から表情が消える。
細かく材料を切って、調味料を測り入れ、上手く炊けていてるかやきもきする。
それほど大きな失敗をした事もないし、食べれば美味しいが、どうも納得いかないメニューだ。

おかずがいるのも、手間の一つ。
オムライスやカレーは、それだけでも料理として出来上がっているのに、コレはそうもいかない。
最低でも味噌汁と目玉焼きは、必要だ。

割って焼いただけの卵にすら、メインの座を譲らねばならない気持ちに同情する。
専業主婦の私は、毎日奮闘しても家計の収入源である夫に、家長の座を譲らねばならない。
散財はする、計画性はない、子育てはいいとこ取り、家事はからっきし、優柔不断の夫が、建前であっても家長を名乗る資格などないのに。

優しいところに惹かれたはずだった。
結婚前のデートで朝早く起きて、作った炊き込みご飯のおにぎりを、大事そうに食べていた横顔に惚れた。
あれは、寝不足でフィルターが壊れていたのかもしれない。
炊き込みご飯の魔力がそうさせたのか。

味噌汁の味噌を溶かしていたら、炊飯器がピーとなる。
なかなか溶けない味噌にやきもきしながら、こんな時に出来上がるなんてとやや焦る。

私がもたついていると通りかかった夫が、炊飯器を開けた。
「うわぁ、美味しそう。いや、匂いだけでも美味しい。あー、幸せ」
湯気を鼻から味わっている夫は、隣に置いていた三つ葉に気がついた。
いそいそとしゃもじを用意し、かき混ぜても良いか聞いてきた。

呆然としながらもお願いすると、今度は茶碗やら箸やらを食卓に並べてくれた。あれよあれよという間に夕飯の準備か整った。
何か裏があるのかと夫を疑いの目で見る。目が合うと、夫は照れくさそうに言うのだ。
「新婚の男の子がね、奥さんと家事を分担しているんだって言っててね。僕は、そういうの全然だって言ったら、今どきありえないって言われちゃったんだよ」

年の離れた後輩に、そんな口の聞き方をされたら激怒するのが当然なところを、夫はそんな表情一つしないで、反省している旨を私に伝える。
こういうところに惹かれたのだ。
「炊き込みご飯が好きで作って貰うと言ったら、自分で料理もする彼が驚いてたよ。手間がかかるのをリクエストするのは、特別な日だけだって」
そんなことも知らないなんて、面目ないと夫は項垂れた。

今日は、特別な日になったから別に良いと答えた。夫は笑って、大事そうに炊き込みご飯を食べた。
手間がかかる。
でも、良い思い出も思い出すならたまには作りたいと思えた。

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小早川 胡桃
沢山の記事の中から読んで頂いて光栄に思います! 資金は作家活動のための勉強(本など資料集め)の源とさせて頂きます。