ショートストーリー 恋と豚汁

ごろごろの野菜が家庭っぽさを感じる。
大きくてホクホクの里芋からは、にぎやかな家族の声が聞こえるような気がした。
椀から伝わる暖かさからは、優しさや絆を感じる。

僕の家は、いわゆる普通の家庭ではなかった。
代々続く会社を持っていて、お金はあるはずだった。
だけど、それ以上に家族は皆忙しそうで、家に帰ってもお手伝いさんしかいなかった。

「家にお手伝いさんがいるなんて、漫画のキャラクターしか知らない」
高校に入学して出来た友人は、そう言って目をキラキラさせていた。
口うるさくて、良いもんじゃないと教えると、彼女は母ちゃんみたいだと笑う。

確かにそうかもしれないと、ふと思う。
うちにお手伝いさんは何人かいる。
どの人も、まずは学校の様子を聞き、何事もなければ宿題を促してくる。
小さい頃に聞いた話では、両親からの要望だということらしかった。

それを友人にいうと、笑い上戸な彼女はおかしそうにする。
僕はなにが面白いのかと問うと、彼女はなんでもないような顔をして答えた。
「だってさ、お前の母ちゃんはいるけど母ちゃんがするようなことは、そのお手伝いさん達がやってるってことだろ。なんか遠回りじゃん」
彼女の使う少し荒っぽい言葉は、最初こそ驚いたが、今ではそれも親愛の証として心地いい。
僕は彼女に、家族になりかわり両親が言いそうな説明をした。
確かにそうだが、家族は会社の経営で忙しい。こればかりは仕方がない。
そう言うと、彼女は金持ちって大変なんだなーとまだ不思議がっていた。

彼女は、自分たちの家庭環境のさを不思議がることはあっても、妬んだり、冷やかしたり、僕に奇異な目を向けることはなかった。
他の子達からは、月日が経つ毎に徐々に距離を置かれたり、色眼鏡で見られたりすることはあったけれど。
彼女には、そういうことをする気配は微塵も感じなかった。

だからだろう。
テスト前に勉強を見てほしいと、頼まれた時すんなり受け入れた。
むしろ、頼られたのが嬉しかった。
成績があまり良くない彼女のために、泊りがけで行われる勉強会。
そこで初めて普通の家庭というものを見た。

彼女の家族は、まず最初に僕が男であることに浮足だっていた。
その時、初めて僕は彼女が異性であることを認識した。
そして、彼女の弟の部屋で布団を敷いて貰った。
彼女の部屋も彼女の弟の部屋も、少し散らかっていて、同じようにパジャマが脱ぎ散らかされていた。
姉弟って、そこまで似るんだ。
一人っ子の僕は驚いた。

夕食を頂いた時にその話をすると、彼女のお母さんは二人に脱ぎ散らかすな叱っていた。
その叱られ方も、叱られて尖らせる唇ですする豚汁の飲み方も、そっくりで笑ってしまった。

彼女には、僕のせいで怒られたと責められた。
ごめんと笑いながら、彼女や彼女の弟と同じように唇を尖らせ豚汁をすする。
お手伝いさんが作るものより、少し濃い、しっかりと味噌の味が感じられる豚汁はすごく美味しかった。

この味は、高校を卒業した後もずっと記憶に残っていた。
彼女と結婚をした後も、時々たまらなく欲しくなる。
僕の初恋の味は、確実に豚汁だと言い切れる。
それを教えると、笑い上戸な彼女は色気がないと、屈託なく笑うのだった。

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