ショートストーリー チューリップとフォーチュンクッキー

パキッと子気味いい音ともに出てきたおみくじ。
その小さな紙に書いてある言葉は、どんな砂糖よりクッキーを甘く感じさせた。

私は毎日、フォーチュンクッキーを食べる。
毎朝必ず。
お菓子作りの上手な幼馴染みに貰った手作りのフォーチュンクッキー。
彼はある時、何十個と袋に詰めて私の家にやってきた。

面白いお菓子を作ったから、感想を聞かせて欲しい。
そう言って、彼は持ってきた。
その時の私は、ちょうど嫌な出来事があったばかりで、味なんて分かる状態じゃなかった。

夏の花が咲き終えて、寂しくなった庭の隅でウジウジしていたくらいだ。
お母さんには、花が育たなくなるからヤメロと怒られた。
花なんて先終わったのに、春に向けての球根があるとかなんとか言われた。
娘よりも花だなんて薄情だと、ますます私は機嫌が悪くなっていた。

だから彼には悪いけれど、最初は断った。

だが、頑なにせっかく作ったからと言われれば、受け取るしかできなかった。
彼は手短にフォーチュンクッキーの説明を私に施すと、試しに一つ割って見せてくれた。

中から出てきた彼の字で書かれたおみくじには、『手作りの甘い物を食べると吉』とあった。
彼の分かりやすい優しさに笑ってしまい、泣いていた理由も忘れておみくじが入っていたクッキーを食べた。
少し甘くて優しい味。
そんな風に感じた。

毎朝一つ。と釘を刺されたので、言うとおりに一つ必ず食べる。
朝食の週間のない私には、ちょうど良い量と甘さだった。
きっと、幼馴染みも私の体を思ってくれたのだろう。
朝ご飯はしっかり食べろと、お母さんみたいな小言をよく口にするのだ。
翌朝のおみくじは、『チェック柄を身につける人の側に吉あり』とあった。
次の日は『ジャケットを着た人の側』で、次は『夕暮れ時に会う人』、そんな調子のおみくじの中に、時々『ラッキーカラーは黒』とか『ラッキーナンバーは3』とかがあった。

どのおみくじになっても、不思議と彼の服装や会う時間に関係していた。
おみくじの内容を覚えていたとしても、私が引く順番までは分からないはずだし、運命的なものを感じるより先に謎だった。

彼に聞いてもいたずらっぽく『不思議だけど面白いだろ』と笑うだけだった。
そうしてフォーチュンクッキーの手品の謎が解かれぬまま、最後の一つとなっていた。
その頃には私の心も癒えていて、フォーチュンクッキーを貰う前に失恋したことなんて、遠い過去の話のように感じていた。

最後の一つのおみくじには、『ラッキーフラワーはチューリップ』とあった。
夕方に手作りお菓子を持ってきた彼は、チューリップを持っている様子は無かった。
「今日の手品は失敗?」
私は彼へ聞くと彼は自信たっぷりに答えた。
「そんなことはない。今日のおみくじはチューリップだったんだろう?」
とおみくじの内容を言い当てた。

そして、勝手知ったるというように庭へ歩いていき花壇を指差した。
『チューリップはココにあるから俺が用意しなくても良いんだ』
芽も出ていない花壇を指さされても屁理屈のようにしか思えなかった。
まさか今までの手品もたまたま私が気が付いただけで、種はそんな調子のものだったのかとガッカリした。

私があからさまに疑う態度を取ったので、言いたいことはみなまで言わずとも伝わったようだ。
彼は、私が思うほど適当な仕掛けじゃないと笑う。
私は腕組み考えても分からない。
その様子を見た彼は仕方ないとほほ笑み、種明かしの変わりにお願いを聞いてほしいと言ってきた。
幼馴染みの彼の改まった願い事なんて、気になる。
二つ返事で了承した。

ホッとした彼の顔に謎が増えたけど、お願いの前にまず種明かしをして貰う。
仕掛けはなんてことない。
彼は、やはり内容を覚えていた。
そして毎日ちょっとずつ服装を変えたが、すべてのおみくじの内容に合わせて、チェック柄やらジャケットを着合わせた。
夕方に会う人というのも、うちにお菓子を持ってくる時間はそのあたりだ。
ラッキーナンバーに至っては、彼の身長や出席番号だった。
ラッキーカラーなんて、服装でどうにでもカバー出来ると笑われた。

簡単に騙されて可愛いと言われても、むくれるしか出来ない。
さっさとお願いとやらを聞いて、彼に帰ってもらうことにした。
彼に背を向けて、苛立ちを隠しもしないで。
彼は、困ったように笑いながら、じゃあとお願いを何でもないようにしてきた。

「チューリップが咲く頃になったら、お前に告白させてよ」
ビックリして振り返ったけれど、また明日と庭から出ていってしまっていた。
明日からどんな顔で会えばいいのかと、私は頭を抱え込む。
秋に植えた球根が栄養を蓄えながら春を待つように、私の新しい恋も今日から芽が出るのを待つみたいだ。
今日、彼が持ってきたお菓子はまたしてもフォーチュンクッキーだった。

私は毎朝一つずつ、割るたびにドキドキと早鐘がなっていた。

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