ショートストーリー クロワッサン
バターが香る魅惑のサクフワ。
何層にも重なり軽い音を奏でる生地。
クルリと巻かれた可愛らしい姿。
通り過ぎる誰もを魅了する。
たくさんの商品が並ぶパン屋のショーケース。
サンドイッチはカラフルな彩りで人を誘い、チョココロネは大口開けて自慢のチョコを魅せ、食パンやフランスパンは堂々と佇み客を待つ。
彼らは、人に聞こえないような声で好き勝手喋っている。
あちこちで品定めする太っちょな男の子は、きっと美味しく食べてくれるとか。
どうせなら、リボンが可愛い女の子に食べて欲しいとか。
食パンとフランスパンは、品よく座って皆の話を聞くだけだが、暖かな家庭に招かれたいと思っている。
あんパンは顔についたソバカスのような胡麻を気にしながら、クリームパンの隣でひっそり待っている。
誰かがトングに掴まれると皆一様に、また会いましょうと笑顔で別れる。
とりわけクロワッサンは、どの子も自信満々な顔つきで、さも当然というような顔で別れを告げた。
今一番前に並ぶクロワッサンも身なりを整え、バターの艶を反射させ、誰よりも目立つように工夫する。
あんパンもクリームパンも、輝くクロワッサンに感嘆する。
「クロワッサンは、そんなに頑張ってアピールしなくても、もう人気者じゃない。いつも一番に売り切れるじゃない」
そう言うとあんパンとクリームパンは、互いの数を数え出す。
そう言われてもクロワッサンは、お客さん達の視線を逃すまいと、バターで輝く表面を照明で反射させるのをやめない。
「一秒でも早く手にとって欲しくて努力するのは当然のことでしょう」
ツンと澄ましながらも、クロワッサンはお客さん達へのアピールをやめない。
そういうものなのかと、あんパンとクリームパンは互いを見つめ合う。
そこに、スラリと綺麗な手を持つ女性がトングで、クロワッサンを掴んだ。
クロワッサンは、大人しくトングに連れられる。
「あなた達にもきっと分かるときが来る」
見送るあんパンとクリームパンにそう言って、また会いましょうと二人と別れた。
女性は、幸せそうにクロワッサンの香りを胸いっぱいまで楽しんで、頬張った。
パン屋の向かいの公園で。
香ばしい香りにあてられて、家まで待ちきれずに。
袋いっぱいに買い込んだパンの中でも、とりわけバターが香るクロワッサンにいち早くかぶりついた。
ポロポロと落ちる脆い生地を名残惜しそうに受け止めて、終始笑顔で彼女はパンを頬張っていた。
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