ショートストーリー 金太郎と鮭の塩焼き
かけすぎた塩を少し落とす。
焦げた塩は、視覚には美味しそうで名残惜しい。
実際、香ばしい香りだってする。
パラパラと散る塩を見届けて、赤い身にかぶりついた。
脂がジワリと滴り、熱さで口の中で身を転がす。
口いっぱいに広がる旨味と脂は、熱さの根源であるにも関わらず飲み込むのがもったいないくらい美味だった。
金太郎はマサカリを担いで山を歩く。
熊をお供に、一人と一匹でのしのし歩く。
なにをするわけでもない。
だけど、立派で意味ある散歩。
例えば、うり坊を虐める子供達には相撲で力を示したり。
狐と狸の喧嘩をしこを踏んで仲裁したり。
山の平和を守るには、とても大切な散歩だ。
この日も雲一つない晴れ。
そよ風が気持ちよく、小鳥が歌を披露してくれるくらい山は平和。
相棒の熊も大きな欠伸をするほど。
こんな平和な日には、川までおりてみようか。
そうと決まれば、金太郎は熊の鼻を頼りに川辺へ向かう。
金太郎にとって、川遊びはお手の物。
バシャバシャと大きな水しぶきを一人と一匹でたてて、遊びながら下る。
金太郎と熊が、水流をものともしない大きな力で飛び跳ねるものだから、川底で眠る河童が怒りだす。
反省する間も与えてくれないほど、河童はまくしたてた。
なにより河童は、金太郎と熊を弱いと決めつけていた。
昼の横綱だろうと、魑魅魍魎集まる化け物相撲で横綱を勝ち取った河童の眠りを邪魔するなと憤られた。
最初はシュンとしていた金太郎も、これにはさすがに黙っていられない。
金太郎は相撲で勝負だと、河童の胸ぐらを掴む。
河童も河童で頭に血が上っていて、その勝負を引き受けた。
河童と金太郎は一旦川から上がるも、鼻息荒く互いを見合っている。
金太郎がしこを踏んで地面を揺らす。
あたりの木々が振動で葉をかき鳴らす。
河童も負けずに、もっと強くしこを踏む。
木々は葉だけでなく、幹から右に左に揺れる。
騒ぎに鳥も狐も狸もイノシシも集まってきた。
はっけよい。のこった!
合図河童と金太郎がぶつかり合う。
二人の張り手のぶつかり合いは、崩れそうなほど山を揺らす。
小さな生き物達は、不安にかられながら二人の攻防を見守る。
それしか出来なかった。
自分達の住む場所が崩れるのではないかと思うも、力で勝てない二人を止めることが出来ないでいた。
互いに回しを取られないように、腰を入れて突っ張る。
力は拮抗。互いに譲らない。
張り手の音が山に響く。
地響きもするし、地面も揺れる。
地面の揺れで二人はバランスを崩した。
おっとっとっ。
手を付かないように、二人で踊るように手を繫いでバランスを取る。
そのとき、熊が二人に向かって猛突進してきた。
河童も金太郎も川にドボンと戻され大きな大きな水しぶきがたつ。
産卵に戻ってきた鮭が驚いて飛び上がり、何匹も打ち上げられ、飛沫で虹が描かれる。
河童も金太郎もしばらく何が起こったか分からず、ポカンとしていたら少しだけ流された。
熊は流れる二人を追いかける。
そして、頭が冷えたかと問うた。
自分達の行いが、愚かしいものだと気付いたあとは、仲直りの祭りだ。
ちょうど打ち上がった鮭と小鳥達が持ってきた小枝で火を焚べた。
狸と狐が人を化かして手に入れた塩をふって、皆で分け合う鮭の塩焼きは特別に美味しい。
空の色も、熱々のホクホクの紅い身と同じ色に染まりつつあった。
昼と夜の横綱が手を取るには、夕焼けはちょうど良かった。